兄貴達の卒業式 中篇
家族と分かれ、俺と由香は生徒会室に 向かった。
卒業式が始まるには、まだ時間がある。
「おはよう」
「おっす」
「おはよう由香」
「おはよう和歌ちゃん」
生徒会室にいは既に佑樹と花谷さんが来ており、新生徒会メンバーが揃った。
「資料の整理は?」
棚にある日誌を見ていた佑樹と花谷さん。
最初に先生から目を通す様、言われた。
「すっげえな!
去年の活動日誌の各項目に日付がついてあって活動内容が全て一覧出来る様に閉じてあるぜ」
「こっちも凄いわ。
運動部の備品の購入時に先生に提出する書類も、各備品の前回購入した日付から購入理由まで全て書き込んであるのよ。
これだけの活動しながら学芸中学校に合格する勉強していたなんて、浩二の兄さん凄すぎるわ」
「和歌、俺達に出来るかな?」
「分かんないわ」
「あら、大丈夫よ」
由香は微笑みを浮かべ、不安そうな佑樹と花谷さんを安心させる。
「どうしてだ橋本?
自信ありげだな?」
「なにか分かったの由香?」
「分かったよ。
浩二君、言っても良い?」
さすがは由香だ、もう気づくとは。
「いいよ」
「なになに教えて?」
「それはね、お兄さんを浩二君が手伝ったからよ」
「え?」
「本当か浩二?」
佑樹と花谷さんは驚いた目で俺を見た。
「兄さん忙しそうだったから少しね」
「そうなのか。
でも橋本良く分かったな、浩二から聞いてたのか?」
「いいえ」
「じゃなんで?」
「このファイル、浩二君の書いた物だからよ」
「マジか?」
由香の言った言葉に佑樹達は驚く。
「この字って浩二が書いたの?
滅茶苦茶きれいじゃない!」
「普段書いてる字と全然違うじゃねえか」
佑樹はノートを開いて俺に迫った。
「普段と書類じゃ、字を書き分けてるからね。
でも由香はどうしで分かったの?」
「書き分けても僅かな字の癖は一緒なのよ」
「すっげぇな橋本」
「由香、さすがに少し怖いわ」
俺も怖い。
「おい生徒会、そろそろ講堂に来てくれ。
最後の打ち合わせするぞ」
先生が呼びに来た。
これから卒業式の最後の打ち合わせをした後本番に望む。
打ち合わせといってもステージ上でやる準備は前日までに終わっており、式の進行は教職員の仕事だ。
俺達が当日にやるのは今日来ている来賓の挨拶の時間に併せ、在校生が行う送辞のタイミングの調整だけ。
俺達4人は講堂に着くと先生に呼ばれた。
何やら相談があるみたいだ。
「何ですか先生?」
「すまんな山添。
実は卒業式での来賓者の紹介なんだが、今年は新しい方が来られるから順番がな....」
先生達は困り果てた顔をしている。
大人の事情ってやつだな、去年の順番を変えると、変わった人の中には面白くない人も出るだろう。
かといって、新しい来賓者の順番を安易にずらすのも出来ない。
元おっさんが1つのアイデアをあげよう。
「....言う感じでいかかでしょう」
「成る程、こうすれば来賓者に波風がたたないな。
山添お前凄いな、大人の事情まで配慮出きるのか?」
「じいちゃんとばあちゃんがいますし、家が商売してますから」
そんなのは余り関係ないけどね。
「打ち合わもこれで終わりだ、お前達も在校生の席に戻って良いぞ。
後は送辞2つ前になったらステージ脇に来てくれ」
先生に言われ、俺達は在校生徒席に座る。
しばらくして卒業式の開始時間が来た。
「これより1981年度岸里小学校卒業式を始めます。
卒業生入場」
司会役の先生の声に続き、厳かな曲が講堂に流れ、講堂の正面扉が開く。
卒業生達が続々と入場する、1組から順だ。
拍手の中、卒業生は胸に赤い花を着けている。
泣いている子、笑っている子、緊張で無表情な子、みんな表情もそれぞれ。
富三兄さん1組だったんだ...無表情だね。
次は兄貴と順子姉さんが居る6年2組。
入場はあいうえお順だから兄貴は最後の方だね。
順子姉さん、やっぱり大きいな...
なにが大きいかって?体がだよ。
由香よ、睨まないでくれ。
順子姉さん泣いて無いよ、意外だな。
しっかり前を見つめ、少しだけ笑みを浮かべて在校生席を通りすぎて行く順子姉さん。
由香を見ると小さく頷いた。
そして、兄貴だ!兄貴が来た。
小柄な体をしゃんっと伸ばし、心無しか緊張した顔。笑顔は封印だね。
そして次の組へと続く
薬師兄さんは泣いてる。
頭を振りながら泣きじゃくってる。
あれは最早号泣だ、なにがあったんだ?
そして卒業生は全員席に着いた。
杏子姉さんの姿が見えなかった。
休みかな?
「全員起立!国家斉唱」
進行の先生が読み上げるプログラム。
俺達も立ち上がり、壇上を見つめる。
やがてピアノの音が聞こえて来た。
随分と音が綺麗だ。
これはテープ音じゃない、先生の生演奏かな?
ステージ脇を見ると2台のグランドピアノが置かれていた。
君が代を歌いながらピアノを演奏する制服姿の女の子を凝視する。
『杏子姉さん...』
そこには誰よりも輝く杏子姉さんがいた。
国家斉唱が終わり、卒業生と在校生以外の方は着席する。
引き続いて校歌斉唱。
杏子姉さんのピアノは上手すぎる。
学校のイベント毎に聞いてる校歌のピアノ演奏とレベルが違い過ぎる。
楽譜通りとかじゃない、表現力といったら良いんだろうか?
しかも今日は2台のピアノだ。
もう1人の方もうまい。
あれは小学校の先生じゃない。
きっと杏子姉さんの関係者だ。
こんなの兄貴から聞いてなかった。
みんなを驚かす為に黙ってたのだろう。
凄いピアノ演奏に生徒と出席者は静かになる。
そのまま校長先生やえらーい人の挨拶と続く。
その後は卒業生達全員の言葉。
一言づつ立ち上がり、座るってやつ。
誰がどのタイミングで言うか聞かされて無いから興味がない。
その次は卒業証書授与。
名前を呼ばれた生徒は大きな声で返事をして壇上まで歩き、受け取ってから席に戻る定番スタイル。
富三兄さんは緊張して無い、あの人らしいね。
順子姉さん、堂々としてるな。
泣いてないし、なんと言うか風格を感じるよ。
たがらなぜ俺を睨むんだ、由香?
薬師兄さん、大丈夫か?
返す声が震えている。
よろめきながら壇上に...あっ転けた!
授与されて、先生に抱えられながら自分の席へと。
続いての兄貴は良い返事だ。
証書受け取って、あれ?
校長なに握手してるの?
贔屓はいかんだろ。
最後はピアノの席から直接杏子姉さんが呼ばれた。
卒業証書授与は参加するんだね、当り前か。
校長がまた握手しようと手を...無視した!
杏子姉さんは気がつかない振りして無視した!
壇上から降りる杏子姉さん、小さくガッツポーズはいけません。
授与が終わり、次はPTA会長の挨拶。
送辞の2つ前だ。
そっと立ち上がり、ステージ脇にみんな集合する、
先生方の話題は杏子姉さんの握手無視と薬師兄さんの惨状だった。
在校生代表で俺達新生徒会役員が並び、話す。
出来るだけゆっくり、たまに笑顔を見せながら由香のアドバイス通りに。
最後に生徒会メンバーで頭を下げて締めた。
『厳かな場だから笑顔を少し抑えて』
練習で何度も由香に言われた通りにした。
さあ次は兄さんの答辞だ。




