これもあいつの運命さ!
6年生の卒業式を2日後に控えた小学校の講堂。
卓球台に布を被せた特設テーブルが8台並べられている。
テーブルの上にはお菓子を乗せた紙皿とジュースが入った紙コップが置かれていた。
現在壇上では生徒会長にして卒業生総代の山添有一が挨拶をしている。
今日はPTAが主催する茶話会が行われていた。
殆どの生徒達の雰囲気は明るく楽しげだ。
一部を除いて。
「は~...」
先程から何度もため息を吐いているこの男の周りの空気だけは暗く重い。
「ちょっと明信、あんたいい加減にしなさいよ、いつまで落ち込んでいるのよ!」
「だってなあ。
は~あ...分かるだろ?」
「分かんないわよ。
いい加減その暗い顔もどうにかしなさい!」
「まあまあ白石、薬師の気持ちも考えやれよ」
「うるさいわね富三!
そう言うならそいつをどこかに連れて行ってよ。
明信のせいでこのテーブルの周りだけお通夜みたいになっちゃって、誰も近づかないんだから!」
ジュースを片手に白石杏子が叫ぶ。
その様子を薬師明信は悲しそうにみつめていた。
「富三言うな!
けれど薬師が落ち込むのも分かるよ、残念だったな」
薬師明信、彼は期待と希望に胸を膨らませ仁政第一中学校を受験して...落ちた。
「だってさ、俺の最後の模試B判定だったんだぞ。
つまり合格率60~80%だったのに...」
「またそれ?
つまり100人あんたがいたら20人から40人は落ちる計算なんだから全然不思議じやないわ」
薬師の言葉を突き放す杏子。
富三は肩を竦め薬師を見る。
そこに有一のスピーチを聞き終えた十河順子がテーブルに戻って来て、会話に参加する。
「そうね、そう考えたら不合格は不思議でも何でも無いわ」
「ぐぉ、十河お前もか...」
ガックリと項垂れる薬師。
誰1人、暖かな言葉を彼に返さなかった。
「でも白石、薬師が落ちた時に電話受けて真っ先に行ってあげたそうじゃんか。良いとこあるな」
「うるさいわね富三!
いきなり電話がかかって来て『終わったよ...俺はもうだめだ。
今までありがとう、さよなら』死にそうな声で言われて無視出来る?」
「富三言うな!
いや確かにそんな電話は無視出来ないが、俺には電話すらなかったぞ」
「私も」
富三と順子は口を揃える。
確かに薬師が電話をしたのは杏子だけだった。
「だってよ、扇本にあれだけ仁政の素晴らしさを話て自信たっぷりに行くって言ったから恥ずかしくさ。
それに十河は電話したら何か悪いじゃん、卒業の辛さを誰よりも感じているし。
でも最近幸せそうだな、十河その胸に顔を埋めて泣かせてくれるか?」
恥ずかしげもなく、とんでもない事を言う薬師。
僅かな同情を自ら打ち消す愚行をしてしまうのが彼だった。
「.....明信」
「なんだよ白石」
「死ねばか!!!」
「今のは薬師が悪い」
「うん、こいつが悪い」
「十河にまでこいつ呼ばわりされた...」
罵りを受け、薬師は益々項垂れた。
「今のは薬師君が悪いよ」
挨拶を終え、壇上から有一がみんなのテーブルに戻って来た。
「お疲れ様、有一君」
素早く有一の隣に行く順子、彼女に隙は無い。
「ありがとう順ちゃん。
こんなに優しい順ちゃんの胸に顔をなんて失礼だよ。
確かに順ちゃんの胸は魅力的で....」
口ごもる有一は自分で言って恥ずかしくなってしまった。
「おい有一最後聞こえないぞ。
どうしたんだ顔が真っ赤だ?」
「あら、有一が珍しい順子まで顔が真っ赤よ」
富三と杏子は2人を見て笑う。
理由はちゃんと分かっていた。
「本当だ、どうして?」
「薬師、お前のせいだ!」
「そうよ、あんたは黙ってなさい!」
1人理解していない薬師に再び非難の声が浴びせられた。
「でも薬師君、仁政は確かに残念だったけど秀星中学校には受かったんでしょ?
秀星も偏差値は仁政と大きくは変わらないよ、どうしてそんなに落ち込むの?」
有一は順子の胸から話題を変え、薬師に質問をぶつけた。
「そうだよ薬師、お前がそこまで仁政に拘った理由教えてくれ。
何かあるんだろ?
好きな子が行くとか、女の子の制服が可愛いとかよ」
「富三、そんなんじゃねぇよ!
そんなんじゃねえ...」
「富三、言うなって。
じゃあなんだよ?お前が仁政に拘った理由は」
「そこまで聞くなら教えてやる、俺が仁政に拘り続けた理由を。
...それは運命を感じたからだ」
「「「運命を感じた?」」」
顔を見合せ、薬師を見た。
意味が分からないのだ。
「俺も最初は仁政第一中学校を目指さないかと言われた特に何も感じなかったさ。
だが願書を取りに行った時、仁政の校門をくぐり抜けた瞬間に最初の運命を感じたんだ。
『俺は6年間この校門を潜るんだ』って。
そして、受験の日も運命を感じた。
机を見た時に『俺はこの校舎のこの机で勉強するんだ』って。
しかし発表の瞬間、俺の運命は断ち切られてしまったんだ!」
薬師の話を聞いた有一達は唖然としている。
もちろん呆れていたのだ。
「...真面目に聞いて損した」
順子が呟く。
「全くだ」
富三は呆れ。
「こら明信!
さっきから聞いてりゃ全部あんたの思い込みじゃないの!
運命、運命って本当バカだね」
そして杏子は叫んだ。
「薬師君、僕も付属中学校の門や校舎は感じる物はあったけど、実感したのは受かってからだったよ」
有一は薬師の言葉を真面目に答えた。
面倒見が良い男だ。
「思い込みだったとしても運命を感じたんだ」
「話は戻るけど秀星には運命を感じないからもう行かないの?」
順子は真面目に聞いた。
有一がちゃんと心配している以上、突き放す事が出来ないのだ。
「行きたくないと言ったけどゃ、母ちゃんが『折角受かったんだから行け、寧ろ学費も通学費もこっち(秀星)の方が安いから絶対行け』って」
「なら諦めるしかないわね」
「そうだな」
杏子と富三には同情が無かった。
当たり前だ、僅かな同情は、順子の胸発言で吹き飛ばされてしまったのだから。
「残念ね、一緒に岸島中学校に行けるかなって思ったのに。
でも秀星でたくさん友達作れば良いのよ」
「そうだよ、秀星中学校で新しい友達作ったら楽しくなるよ。
薬師君なら大丈夫!」
順子と有一は明信を慰めた。
「ならねぇよ」
二人の言葉に明信は悲しみの目で訴えかけた。
「楽しくなんてなるかよ!
秀星はな...秀星はな...」
「「「秀星は?」」」
「中高、男子校なんだよ!」




