淋しさ
「浩二、少し良いかい?」
塾に行こうと準備している俺を兄貴が呼び止めた。
「何か用?」
「塾に行く前にちょっと話があるんだけど...」
ひょっとして、この前の写真の事か?
由香の追求に、『兄さんが撮ろうって言ったんだ』って逃げたからな。
いや、写真が順子姉さんの手に渡った件か?
それは由香が...
「話って?」
答えが出ないまま、兄貴の部屋に入った。
真剣な兄貴の目に緊張する。
我が兄ながら可愛い。
「小学校の生徒会の件なんだけど」
「生徒会?」
どうやら予想は全て外れたみたいだ。
俺達が通う岸里小学校は珍しい事に生徒会があった。
内容は児童会と同じなのだが、生徒会と呼ばれ兄貴は生徒会会長をしている。
忙しい受験勉強の中良くできたものだ。
「僕の任期も終わりで、後は卒業式で答辞を読むだけなんだ」
「そうだね」
毎日練習してるから俺まで答辞の内容を覚えてしまった。
「後任を決める生徒会選挙が来週あるよね」
「学年掲示板に候補者の公約プリントを見たよ」
候補者の名前と似顔絵、後は公約と、なかなか本格的な物だ。
「浩二、立候補してくれない?」
「何で?」
「今日立候補者達と顔会わせしたんだけど、みんな生徒会活動すれば内申書の評価が上がる事や、受験対策の一環と考えてみたいなんだ。
その事を少し考えるのは別に悪い事じゃないけど、その事しか考えてないのが嫌なんだ」
子供の役員ゴッコみたいな考えでして欲しくないのだろう。
珍しく兄貴の目は少し怒っていた。
「色々やって来たもんね」
「自分で言うのも何だけどたくさん実行したよ。
花壇の改修や運動会組織の見直し、それから生徒参加による近隣住民との清掃活動なんかだね。
新しい立候補者達に公約を尋ねても『活動の継続』としか言わないの。
継続も大事だけど、やる気が全く見えないんだ」
「それで僕なの?」
「浩二なら学校の事よく分かってるでしょ?
生徒会の資料作りも手伝ってくれたじゃない」
確かに手伝ったけど、凄い勉強のスケジュールをこなす兄貴の為だったからだ。
自分から進んでやりたかった訳じゃない。
「どうしたものかな...
今から立候補って出来るもんなの?」
「明日が締め切り」
「明日?ずいぶん急だね」
「今日が締め切り1日前って事で、各立候補者達と面談したから」
成る程、そんなに不満だったのか。
「弟の僕が急に立候補して周りは何も言わない?」
「それは大丈夫だけど、他の生徒会役員の協力がいるんだ」
「協力?」
そりゃなんだ?
何しろ前世では生徒会に無縁だったし。
兄貴は2回目だ、前回の記憶は無いだろうけど。
「一人じゃ手が回らないからね。
他のメンバーが協力してくれて、初めて生徒会は活動出来るの」
「他のメンバーって、生徒会選挙で会長候補と同じように演説してるあの人達の事?」
言われてみれば書記とか居た気がする。
まともに聞いた事無かったけど。
「そうだよ。
副会長や書記は会長との協力体勢を立候補の時点で決めてるの」
成る程ね、つまり兄貴会長派と別の会長派の対決みたいな物か。
役員選挙も大変だな。
「兄さんの時もそうだったの?」
何も考えず、兄貴以外の人は適当に書いたからな。
「僕は全役職立候補者から協力取り付けてたから大丈夫だった」
「そりゃ凄い」
「浩二も大丈夫、きっと協力取り付けれるって」
「締め切りは明日のいつ?」
「昼休みまでかな?
5時限目始まる前に立候補者リストを担当の先生に渡すから」
「分かった。
明日の3時限目の休み時間までに返事をしに行くよ」
「ありがとう。
明日は早く学校に行って、休み時間はずっと生徒会室にいてるからね」
さて、また由香に相談するしかないか。
困った時の由香頼みになるが仕方ない。
黙っていたら写真の時みたいに追及されちゃうし。
翌日の朝、俺は早速由香に相談した。
「また急だね」
「うん急だ」
「でもお兄さん生徒会活動凄く頑張ったから今後も続いて欲しいんだよね」
「それは強く言ってた」
「で、浩二君を支える協力者ね、役職の人数は確か...」
「副会長1人に書記が2人の3人だよ」
「丁度じゃない」
「丁度?」
「浩二君急いで学校に行くわよ、
もうみんな来ているはずだから!」
そう言うと由香は小走りで走り出した。
「先に和歌ちゃんの教室に行っててくれない?」
学校に着くと由香にそう言われた。
教室で佑樹や花谷さんと雑談をしていると間もなく由香がやって来た。
「そう言う訳よ、協力してくれない?」
由香は佑樹達に事情を話した。
まさか急に役員を頼むなんて。
「面白そうじゃない、やりましょ」
「浩二の手助けか、悪くねぇな」
あっさり了承する2人。
良いのかな?
「運動会の運営してみたかったのよね、
今まで不満点もあったし」
「ありがとう、じゃこれにサインして」
「これは?」
「立候補者の出願表」
「由香いつの間に」
「さっき生徒会室にお兄さんから直接貰ってきた」
「早!」
「なんだよ、橋本は俺達が了解するのは折り込み済みかよ」
「だって川口君が浩二君の頼みを断るはずないもの」
「そうよね、佑樹と浩二は親友だもんね」
「私達もね、和歌ちゃん」
「当たり前でしょ由香」
由香と花谷さんは手を握り合って笑う、本当に仲良しだ。
「書いてくれた?
ありがとう、浩二君行くわよ」
「どこに?」
「決まってるでしょ、お兄さんのところよ!
ありがとう二人共また後でね!」
「わっわわ、ちょっと待って引っ張らないで由香!
ありがとう佑樹、花谷さーん」
由香に引っ張られながら佑樹達の教室を後にした。
「ありがとう。
随分早かったね、助かったよ」
生徒会室で立候補の書類を兄貴渡す。
笑顔の兄貴は佑樹達の立候補まで予想していたみたいだ。
「お兄さん、最近どうですか?」
「受験も終わったから少し気が抜けちゃたかな。
最近妙に卒業するのが淋しいんだ」
「淋しい?」
「クラスのみんなや、順ちゃんと卒業式したら教室で二度と会えないのが妙に淋しくてね。
おかしいよね、二度と会えない訳じゃないし、会おうと思えば直ぐに会えるのに。
変な話しちゃったね、書類確かに預かったよ、ありがとう」
生徒会室を出て由香と2人教室に戻る。
さっき見た兄貴の姿が頭を離れなかった。
「淋しいか」
「兄さんもみんなと別れが近くて、センチになったのかな?」
「きっと楽しかった学校生活が終わりに近づくのが淋しいのよ」
「そうか、でも仕方ないよね」
「そうね、いつか人は学校を卒業するし
気がついたら学生の仲間と会わなくなる、
なんてなるのかな?」
「淋しい?」
「分かんないわ」
由香、それは当たり前にあるんだよ。
卒業して違う環境になれば前の友達と会うことは凄く減る。
次々新しい環境になって行くと、いつしか楽しかった時間も殆ど忘れちゃうんだ。
由香の横顔を見ながらそう思った。
生徒会選挙は無事行われました。
由香からのアドバイス。
『ニッコリ笑って「宜しく」だけ言いなさい』
を守り無事に当選しました。
ちなみに副会長は由香。
書記は佑樹に花谷さん。
三人の演説は一言、
『『『山添浩二を支えます』』』
だけでした。




