富三言うな!
学校から帰って由香から聞いた話を家族にすると、案の定全員呆気にとられていた。
「こ、浩二...それいつ頃になるの?」
母が震える声で聞く。
「まだ詳しい日程は分からないけれど、1ヶ月以内じゃないかな?
本当なら半年前に申し込まなければいけない所を支配人の権限で調整するみたいって言ってたし。
決まれば招待状を配ると思うって由香が言ってた」
「招待状?」
「うん、招待状の無いお客は会場に入れないんだって」
「エンペリアルホテルか、
とんでもない場所でやるんじゃな~」
じいちゃんが目を細める。
利用した事があるのかな?
「どうしましょ?
そんな高級なホテルのレストランって
ドレスコードとかあるんじゃないかしら?」
「ドレスコードってなんじゃ?」
じいちゃんが母さんに聞いた。
「つまり服装のチェックよ。
変な格好だけじゃなく、きっちりした格好をしてないと会場に入れないの」
「きっちりした格好ちゅうたら、男は背広で女はドレスかのう」
「嫌ですよ、おじいさん70歳越えてドレスなんて」
確かに、ドレスを着たばあちゃんは想像出来ない。
「おばあちゃん大丈夫、着物もOKだから」
「おやそうかい。
日が決まったら教えておくれ、着付けの予約をしないとね」
「私、お洋服入るかしら...」
そんな感じで祝賀会の話は終わりました。
兄貴の合格騒動も落ち着き、学校にも日常が戻りました。
これから受験をする6年生を除いて、だけど。
2月の昼下り、日曜日の山添家リビングに久々の人達が集まった。
「大丈夫かな...いよいよ明日だよ」
「明信、あんた何回同じ事言ってるの?
そんなに心配なら家に帰って最後の勉強したら?」
不安な顔でジュースを飲む薬師兄さんに杏子姉さんはタメ息を吐く。
「今更一緒だよ。
お前は良いな、さっさと音大附属決めたんだから」
「ふふん、望まれる才能と、選ばれる側の才能の違いよ」
杏子姉さんは片手でピアノを演奏する素振りをした。
成る程、絵になるな。
杏子姉さん、最近は女の子っぽさが抜けて来てるし。
「まあまあ、久し振りに有一君の家に集まったんだし、楽しく過ごしましょ」
朗らかに笑う順子姉さん。
この方は女の子っぽさが抜けたどころでは無い。
身長、体型、色気、最早大人の女性と比べても遜色は無いだろう。
「そうだね、順ちゃんの言う通り楽しくお喋りしよう」
兄貴はテーブルで書き物をしながら笑う。
隣にはもちろん順子姉さん、やるね!
「そうしたいのに、明信が辛気臭いのよ」
「白石さん、薬師君の気持ち僕には凄く分かるんだ。
やるべき事はしたはずだけど、やり残しがある感じだね。
薬師君、リラックスだよ。
プレッシャーは実力を妨げる天敵だからね」
兄貴は薬師兄さんを励ます。
順子姉さんは兄貴と一緒に頷いていた。
なんだかその様子って...
「どうしたの白石さん、さっきからニヤニヤして?」
「いや別に、良かったね順ちゃん」
杏子姉さんも気づいたらしい。
順子姉さんの顔が赤くなった。
「あ、ありがとう杏子」
女同士の会話だ。
兄貴は全く分かってない様子だ。
俺は少しだけ分かる気がする、由香のお陰かな?
「何?何の話だ?」
富三兄さんが割り込む。
普段無口なのに、独特な空気感の持ち主だ。
「煩い富三!
女同士の会話に入るな富三が!」
「と、富三言うな!」
杏子姉さんの一喝に富三兄さんは撃沈した。
「有一、何をさっきから書いてるんだ?」
薬師兄さんが兄貴の背後から覗き込んだ。
「卒業式で読む答辞原稿の草案だよ。
中々良い言葉が浮かばくて」
「...もう後1ヶ月後だな」
「そうだね」
「そうなんだよね」
『卒業式』兄貴の言葉にみんな遠い目をした。
「今こうして過ごしてる時間も5年10年経つと、かけがえの無い時間だった、って気づくんだろうな」
杏子姉さんがポツリと呟いた。
なかなかの詩人だね。
「杏子、私はもう気づいてるわよ」
「そうね、順子はそうだよね」
順子姉さんにとって小学校卒業までが兄貴と同じ学校で過ごせる最後かもしれない。
それは大切な時間だろうな。
「最近ね、ほんの少しづつだけどね」
「本当?あ、でもそうよね!良かった順子!」
何やら盛り上がる女の子同士。
兄貴は原稿作りに夢中で、順子姉さん達の会話は耳に入って無い。
俺は(自称)空気を読む男。
薬師兄さんも一緒か、俺と視線を合わせ頷いた。
「何が少しなんだ?」
その時順子姉さん達に割り込む1人の男が!
「「煩い富三!!」」




