ひとつの終わり。
その夜、昨日の自習室ではなく塾が用意してくれた小さな別室に俺と祐一、吉田の3人が顔を揃えた。
初日に吉田と揉めた俺を心配してと、また騒がれると他の生徒に迷惑になるとも考えた塾の配慮もある。
「俺と一緒にテストでもやって実力差を笑うのか?」
吉田は部屋に入るなり俺と祐一に絡んで来た。
「久、そんな事僕は...」
「うるさい!!
祐一、お前口止めしただろもう絶交だ!!」
吉田は俺達を怒鳴り付けるが、顔はもう涙目だ。
仕方ない、さっさとけりをつけよう。
俺は吉田に話し掛けた。
「あのな吉田、お前勘違いしてないか?
何で俺の実力をお前に見せなくてはいけないんだ?」
「えっ?浩二君?」
祐一は態度が変わった俺を驚いた顔で見た。
「何でお前が周りの人を苦しめてまで勉強するのか、その訳を俺は聞きたいんだよ」
「祐一に聞いてないのかよ」
「お前から直接に聞きたいんだ」
「言いたくない...」
うつむき目を合わそうともしない。
さっきまでの威勢はどうした?
少し腹が立ってきた。
「なら言うな、俺も聞かない。
話は終わりだ、帰るぞ祐一」
「ち、ちょっと待ってよ!
浩二君、僕ちゃんと言ったよね?
理由を話したよね?
何で意地悪するの?
久が言えないの分かっていたから浩二君を信用したから僕は言ったのに!」
祐一は泣きながら俺の腕を掴み抗議する。
なかなかの力だ。
結構痛い...いやかなり痛い。
「祐一、吉田の話をじかに聞いたのか?」
「ひ、久から直接聞いたよ...」
「そうじゃなくて、吉田が言った事を吉田の家で吉田の家族の中で祐一も一緒に聞いたのかって聞いてるの?
そんなの聞ける訳無いだろ?
だから吉田の口から直接聞きたかったの」
「.........」
それでも久は口を開こうとせずに俺を睨む。
頑固だ、祐一から聞いた以上の頑固者だ。
「『女にうつつをぬかす一族の恥』っていきなり言われたのか教えてくれ」
少し俺も態度を変えて優しく言ってみる。
「いきなりじゃねぇよ。
そうだいきなりじゃなかった。
俺が親父に言い返したら『お前は一族の恥だ!』って.....」
ようやく重い口を開いた、これでやっと話が出来る。
「『お前は兄さん達みたいに何故本気でやらないんだ?』とか言われて、
『俺は兄貴達と違うんだよ、出来ないよー』とかすぐに言い返したんだろ」
「な、何でそんな事が分かるんだよ!」
顔を赤くして俺を見る。
どうやら図星の様だ。
「それで、『お前はいつも何も努力しないし拗ねてばかり、女に助けてもらわないと何も出来ない一族の恥だ』って言われたんだろ」
「...そんなに、違わねぇよ」
観念したのか久は認めた。
「あのな、吉田。
いや久よ、他の兄貴達が学芸大学付属行ってて今さら久がその辺の私立で親はさ納得するか?
はっきり言って、どこの中学校でも良いと思っているはずだぞ?
根性見せないでる拗ねてるお前を見かねて私立中学校に行けって言ってるんだろ。
女だの、交際だのは単なる口実だと思うぞ」
「...そんな事はない。
親父は『名の知れたって学校にいけ』って」
「じゃあそれどこの学校だよ?」
俺は更に続ける。
「久の自己紹介の時に具体的に学校名言ったか?
聞いてないぞ」
これは祐一から聞いた事。
俺は知らない他人の自己紹介を覚えるのは苦手なんだ。
「まだ5年だから決まってなくて当然だろ...」
「お前は俺に言ったな、
『5年のこの時期の俺の頭じゃ仁政は無理』って。
『上を目指す』とか言いながら、先に限界決めてるのはお前自身だよ。
更に追い込まれてるのは律子の事もあるだろ?」
「なんでそこに律子が出てくるんだよ!」
急に律子の名前が出てきて久は怒りだした。
名前で言ったのは不味かったかな?
でも今更言い直せないから、そのまま行こう。
「良いから聞け。
だぶん今回の入試の話の時、お前は律子に弱音を吐いたろ?
きっと優しい律子の事だ
『無理しないで、久君は久君だよ』って言ってくれると思ったら、
『勉強頑張って』とか言われたんだろ。
俺と離れる事になるのに律子は寂しくないのかよって、久また拗ねただろ?」
「お前に律子の事が分かんのかよ.....」
分かるんだよ。
律子はどうしようもない時になったら気持ちに寄り添い、支えてくれるけど。
今頑張らないとダメになるって時には励ます女だった。
「さあな?
だけど律子も寂しくないはずは無いと思うぞ」
「何でだよ」
ここらで話を纏めるか。
「どうでも良いなら律子まで塾に行かないだろ?」
「何だと?」
「すまん祐一、さっき聞いた律子との秘密を言うぞ。
律子...いや彼女はな、お前がどこの学校に挑戦しても良いように別の塾へ行ってるんだ」
「何で祐一、俺に言わないんだ?」
「だって...りっちゃんが久君には言わないでって」
「泣かせるね。
お前の彼女はお前の為に懸命に努力して...久!お前は家族の事、彼女すら知ろうともしないで拗ねてたんだ」
知らなかった事実に久は項垂れた。
「...何だよ律子の奴、同じ学校を受験して俺が落ちてあいつが受かってたら、どうする気だったんだよ...」
「そりゃ入学辞退して、お前と同じ中学校に行く気だったんだろうな。
まあ逆に律子が落ちて、久が受かるって可能性もあったけども」
「それはないな、律子は俺よりずっと頭が良い」
「うん。
りっちゃんなら本気で勉強すれば仁政も夢じゃないよ」
「俺には夢の仁政第一だがな。
ありがとよ山添、いや浩二」
久は晴れ晴れした顔になって笑った。
やはり男前は絵になる。
「礼はいいよ、単なる俺のおせっかいだからな」
「ああ確かにおせっかいだ。
でも助かったよ、うまくいったら律子と改めてお礼を...」
とんでもない事を言う。
「止めろ!
そんな事がバレたら俺が殺される」
「何だよあの子可愛い顔してそんなヤキモチ妬きか?」
「久、浩二君の彼女知ってるの?
そんなに可愛かった?」
由香を知らない祐一も食い付いた。
「まあ律子の次くらいに...だな?」
「わー!その子も仁政狙いだよね僕楽しみ!」
「何で祐一が楽しみなんだ?」
意味が分から無いぞ。
「今日の事教えてあげるの。
きっと浩二君に惚れ直しちゃうよ」
「止めろ!さっき言ったろ?
本当に殺されかねないから」
まったく心臓に悪い事を言うな。
「ありがとう浩二、祐一。
あのよ、明日からさ...良いかな?」
「何が?」
「...勉強一緒にしても」
久はおずおずと俺達を見た。
「自習を?
もちろん!良いよね浩二君」
「ああ大歓迎だ。
でも明日一日しかないぞ?」
「なら今から今からやろ?
まだ9時前だよ、後3時間出来るよ」
「最後までか、体力持つかな?」
「無理かな?」
上目使いで俺を見る祐一に不覚にもドキッとする。
「分かった、付き合うよ」
その後自習室に3人で行き、他の生徒と一緒に時間一杯まで自習をした。
こうして合宿2日目が終わった。
その後順調に合宿が過ぎて4日目の最終日を迎えた。
最終日は朝の授業のみで終わり。
その後解散式になった。
式が終わると俺はたくさんの生徒に囲まれてしまった。
「淋しいよー!」
「俺やっとコツを掴めた気がしたのに!」
「自習の時間の記憶が薄れない内に帰らなければ」
「私浩二君の教室に移ろうかな...」
「私も!」
「俺も!」
みんな別れを惜しんでくれた。
マイクロバスがセンターを出て最寄り駅に着く。
先程から俺達3人は何も話さない。
いや話せないのだ。
祐一はしゃくりあげて泣いてるし。
久は何か話そうと口を開けたら涙が出るようだ。
仕方ないので俺はそんな2人を微笑んで眺めてる。
やがて上りの電車が来る。
俺は下り線、二人は上り線。
ホームに残る俺に2人は電車の窓を開けて全力で手を振る。
「絶対また会おうね!来年も絶対参加してね!!」
「浩二、参加しないと全て彼女にばらすからな!」
泣いてる2人を乗せて電車は行く。
おいホームにいるのは俺だけじゃないんだ。
何だよ『参加しないと彼女にバラす』って周りの視線が痛いだろ。
20分程すると今度は下りの電車が来た。
対面の椅子に一人座り、窓に肘を置きながら色々考える。
清水祐一。
吉田久。
そして、伊藤律子。
記憶の律子は前回の時間軸での大人の姿だ。
今回は子供の律子で、会ったのも遠足での10~20分程か。
前回は20年以上連れ添った律子。
俺は気づくと泣いていた。
律子との思い出が涙に変わり、溢れるみたいだ。
律子と出会った日。
交際した日々。
結婚式。
...そして20年以上の結婚生活の日々。
もう律子と俺の運命は交わる事はないだろう。
この先お互い誰と結ばれるか分かりませんが、あなたの幸せを祈ります。
『さようなら律子』
またいつか...




