さよなら優子姉さん
優子姉さんの送別会をする日がやって来た。
いよいよ優子姉さんはアメリカに行ってしまう。
『送別会なんてしなくていいよ』
優子姉さんはそう言ったが、
『駄目、ちゃんとお別れさせて』と順子姉さん達が説得してアメリカ出発を3日後に控えた日曜日、家のリビングを開放して行われる事になった。
参加メンバーは優子姉さん、順子姉さん、杏子姉さん、薬師兄ちゃん、扇本(富三)兄ちゃんの兄貴の同学年メンバー5人。
そして俺、由香、花谷さん、佑樹の総勢9人が集まった。
優子姉さんの妹の恭子さんは、
『私は姉さんのお友達と親しくないから』と参加を断られてしまった。
兄貴の塾や優子姉さんの出発前の準備等でみんなの予定が合わず、ギリギリのお別れ会になった。
「久し振り!」
「久々に全員集まったな」
みんな久し振りに顔を会わせた気がする。
兄貴が3年生くらいまで週に2、3回は遊んでいたのに、最近は月に1回誰か1人が来るくらいだ。
兄貴達のメンバーが全員が揃うのは、ここ1年では1回も無かった。
「みんな揃ったわね。ジュースは皆持った?」
杏子姉さんの仕切りで準備が整い、いよいよ始まる。
「それでは西村優子さんのアメリカ行き送別会を始めます。
はい拍手~」
「ほら優子、挨拶挨拶」
順子姉さんが優子姉さんを促した。
「えっと...今日は私の為にみんな忙しい中集まってくれてありがとう。
みんなと過ごした5年間は私の宝物です。
みんな、今まで本当にありがとう」
拍手の中、照れながら優子姉さんは席に座った。
みんな思い出話に花を咲かせ始める。
懐かしい入学式、初めての運動会、誕生会。
俺がまだ保育園にいた頃の懐かしい話。
小さかったみんなの姿を思い出す。
「そう言えば杏子、音大付属中学校に決めたって本当?」
順子姉さんが杏子姉さんに聞いた。
「まだ完全に決めた訳じゃないけどね。
ピアノ教室の先生がやたらと進めるのよ、自分の出身校だからかな?
母さんも特待生だから学費が要らないって先生から聞いてから、やたら薦めてくるし」
「学校のスカウトみたいなもんじゃないの?」
「詳しくはわかんない。
でも演奏だけでご飯食べてる人って一握りだよ。
運良くプロになってもスポンサーが付かなきゃコンクールのエントリー代金や楽器の搬送費、メンテナンス等々、みんな自分の自腹なの。
それでやっとコンサートまで漕ぎ着けても客が来なきゃ大赤字、自分の評価もだだ下がり。
音大に行っても結局教員免許取って、小学校か中学校の音楽教師になるか、高校で音楽教師しながら、自分のリサイタルのパンフレットを細々生徒に配るって事になるパターンかな?」
杏子姉さんは紙を配る仕草をしながら笑った。
「そんな事言いながら、ピアノしたいから音大付属中学校に行きたいんでしょ?」
「うーん、確かに学校の設備や環境ってあるけど、やっぱ色々な人の教えを乞いたいからかな?」
「教えを乞う?」
杏子姉さんの言葉にみんなの視線が集まる。
その表情は真剣さが漂っていた。
「音大にはピアノに限らず、色々な楽器のプロ奏者が講師にいるの。
演奏テクニックだけじゃなくて表現力、普段心がけてる事、それらを乞いたいのよ。
それに本当なら絶対に近づく事も出来ない世界中の演奏家と直に話せるチャンスもある。
まあ私程度レベルの人間はいくらでもいるんだけどね」
杏子姉さんはそう謙遜するが、最近は各地のコンクールを席巻し、全国の音大を始めとする音楽関係の学校からスカウトが杏子姉さんの家に殺到していると、以前順子姉さんや優子姉さんから聞いた。
「私の事はもう良いの、薬師って仁政受けるって本当?」
「仁政第一な、有一みたいに学芸大学付属は雲の上過ぎて無理だが仁政第一なら頑張ればチャンスがある。
俺も上に行く挑戦はしてみたいんだ」
話を振られた薬師兄さんは少し照れながら言った。
初めて聞いたぞ?
そうなれば、薬師兄さんは仁政第一中学で先輩になるのか。
心強いな、まだ受かってないけど。
「格好良いこと言って、例の家庭教師に言われたんじゃないの?
『明信ちゃん一緒に入試頑張らない?受かったらごほうびあ、げ、る』みたいな?」
「あるか!んなもん。
家庭教師のお姉さんは去年大学卒業して今は男の先生だよ!」
「あら明信ちゃん残念?」
「うるせい!
俺より扇本、お前受験はしないのか?」
「ああ、別にどこでも勉強は出来るしな。
俺は有一みたいに明確な将来の目標があるわけじゃないし」
静かな目をした富三兄さん。
最近は口数も少なくなり、すっかり落ち着いていた。
「もったいないな、俺と違って無理しなくても何処でも行ける頭なのに」
「さすがにどこでもは無理だ。
でも無理してまで勉強する意味が俺には分からないんだ」
「やっぱ、富三は富三ね」
「うるせい!富三って言うな!
で、十河お前も俺と同じ岸島中に行くんだろ?
水泳はまだ続けるのか?」
「うん、私は特技も無いし、勉強も特別出来る訳じゃないからね、水泳は続けるよ。
折角県大会3位まで行ったんだし。
有一みたいに明確な目標がある訳じゃないけど、少しでも有一に近づきたいな」
順子姉さんは少し寂しそうな視線を兄貴に向けた。
「僕の目標と言ってもまだまだ先にある物からね。
その過程においての学芸中学校受験な訳だし、先は長いよ。
それにしてもみんな自分を持ってるから凄いよ。
ちゃんと自分の今を見た上で先を考えてるんだから。
漠然としか将来が見えてない僕より中学校生活を現実的に考えて足下をしっかり固めているみんな大したもんだ。
みんな輝く力をみんな持ってるんだね」
兄貴はそう言ってみんなを見た。
「...有一以外持ってないよ」
それまで黙ってみんなの話を聞いていた優子姉さんがポツリと呟いた。
「有一みたいに周りの人に影響力を与える人間なんて滅多にいないよ。
杏子はなんの取り柄も無く、だらだら過ごしていたのにピアノを始めてからぐんぐん実力を伸ばして行ったんだよ。
有一が輝くから私も輝きたいって思ったからよ」
「な、なんの取り柄も無かったって。まあそうか」
認めるのか杏子姉さん。
「薬師君もそうよ、きっかけは家庭教師のお姉さんの色に当てらたからだった。
でもそれだけでは努力は続かないよ。
有一が常に目標で輝いていたからこそよ」
「お姉さんの色...あったな。
最初は特に、最近は...違うが」
あったんか!
「富三君だって、普段は一見マイペースで不気味な感じだけど、有一のように、常に自分を見失わず努力は決して怠らない。
塾に行かずあの成績、普通ありえないでしょ!」
「不気味って...そうだな。
あと富三言うな」
富三、良いじゃん!
「私も...私も有一、あなたを見ていた。
ずっと見てた。目標でした。
あなたみたいに輝きたかった。
自分に自信を持ちたくて剣道も頑張ったんだよ。
もちろん勉強もね。
アメリカに引っ越しを聞いた時すごく嫌でした。
いつ皆に、有一に話そうか悩んだの。
でも先に有一から中学校受験の話を聞いた時、私の中学校での居場所は最初から無かったって知ったの。
悲しかった、悔しかった。
有一....私はあなたが好きです。
返事はいりません。
私は3日後にはいなくなりますから忘れて下さい。
でも安心して、私よりもっと有一の事が大好きな女の子が近くにいますから。
これだけ言ってもあなたは気づかないかな?
皆ごめんなさい今日はありがとう。
もう見送りは良いよ、さよなら!」
優子姉さんは一気に捲し立てて帰って行った。




