4年生の決意 後編
次の週から本格的な中学受験が始動した。
塾への入学届け、学力別クラス分けテスト。
そして家庭教師が週に2回、2時間俺にもつく事になった。
俺は辞退したんだが、
『長男と次男で差別をするなどもっての他!』
とじいちゃんの命令(?)で家庭教師が来る事になった。
兄貴が教えて貰ってる家庭教師は学生のアルバイトでなく、本業の家庭教師。
綺麗な女性の家庭教師だ。
月謝も非常にお高く、学生がアルバイトでする家庭教師の2倍以上はするとか。
中学合格までの限定らしいが、兄貴は良い生徒らしくサービスで授業の延長や、特定科目の強化に先生が知り合いの家庭教師を呼ぶ事もある。
その際の料金追加も無いから両親は恐縮していた。
俺の家庭教師は紹介所から呼ばれた普通学生アルバイトの家庭教師だ。
公立の教育大に通う大学生。
女かって?男だよ。
中々上手く教えてくれるが雑談も好きなようだ。
塾のテスト結果で何とか難関中学校コースには滑り込めた。
『何の準備も無しで、すごい!』
と兄貴は感心していたが、前回の記憶では大学を一応卒業までしていたし。
だから『俺が中学入試?』と少し甘く思っていた。
しかし30年以上勉強してないと、忘れている事だらけで驚く。
しかも中学校入試だが、難関中学校だけに応用問題の複雑さ、これも驚く。
本気で勉強し直さないと足下を掬われそうで油断は出来ない。
大学入試に向けた勉強の習慣を今のうちにつけないと間違いなく、また高校くらいで躓くのが目に見えている。
学力が復活してもアドバンテージは中学校卒業までくらいか。
そんな訳で俺は本気で勉強に勤しむ事にした。
佑樹は地元サッカーチームに入り、たちまちエースストライカーで大活躍している。
花谷さんも全国道場対抗剣道大会の小学生女子の部でいきなりのベスト8。
実力のある2人のポテンシャルの高さには改めて驚く。
由香は俺と違う塾に入った。
由香の姉さんが通う塾で、今で言うマンツーマン。
これが週に4日、加えて家庭教師が週に4日。
月曜日と木曜日は重なるので寝るのが11時を回るそうだ。
余りの凄まじさに体が心配だが、
『浩君と一緒の学校に行く為なら全く苦にはならない』そう言って笑う由香の寝不足の目が少し怖いです。
そんな日々を続けていた10月10日の祝日。
言わずと知れた由香の誕生日。
この日ばかりは受験勉強もお休み。
俺も楽しむために来ていた。
毎年新しい衣装でドレスアップした由香の姿に見とれてしまう。
例年通り11代当主橋本喜兵衛様と奥様にご挨拶をして、ひさしぶりにお会いする由香のお父さんにも挨拶をする。
「浩二君と言ったかな?」
そこで、恰幅の良いお髭の紳士に声をかけられた。
「はい山添浩二と申します。
どちらかでお会い致しましたでしょうか?」
丁寧に挨拶を返す。
挨拶は大事な物だからね。
「ああ、君には初めてお目にかかるね、橋本隆一だ。
君の彼女、橋本由香の伯父だよ」
笑うと目元が由香のお父さんにそっくりだ。
兄弟なら当たり前か。
「嫌だ伯父様彼女だなんて...」
ひさしぶりに見た真っ赤な由香、可愛いね。
伯父さんと聞いて思い出したぞ。
「あの兄がお世話になっていると言っていたのは...」
「そうか、有一君から聞いておったのか。
お世話と言う程ではないがね。
ところで浩二君、由香と仁政第一を狙っていると聞いてるが自信はどうかな?」
目付きが少し厳しくなり、纏う雰囲気も少し変わる。
「勉強はまだまだこれからです。
しかし必ず合格出来ますよう由香さんと頑張って試験勉強に励んでいるところです」
「ふむ中々良い答えだ。
では由香とは将来どうする気かね?」
「将来と言いますと?」
「わからんか?
由香と将来結婚を考えておるのかね?」
「おい、隆一!お前は急に何を聞くのだ?」
黙って聞いていた喜兵衛さんもさすがに口を挟む。
そりゃそうだ、だって小学生にする質問じゃないよ。
「そうですよ兄さん、まだ2人とも10歳ですよ?」
「お父さんも隆二も静かに!
これは橋本一族を代表して聞いているのです!
浩二君、君も知っているだろう。
家の一族は優秀な人間のみを必要としている。
もちろん優秀と言っても勉強だけでない同じぐらい人間性も必要だ。
浩二君、君の人間性に問う。
由香とは、どうなりたいのかね?
将来をきっちり答えられないなら私の前から今すぐ去りたまえ!」
最近こんな正念場ばっかりだ。
しかし取り乱す訳には行かない。
由香に恥をかかす訳には行かないのだ。
「分かりました、突然のご質問に驚きましたが誠心誠意お答えします。
私は由香さんとお付き合いをさせてもらってます。
知り合って4年近くになりますが、まだお付き合いして半年程です。
この先の事などはまだ若輩の身ですのではっきりとした事は申せませんが、私は由香さんを愛しております。
同じ学校で学び、この先同じ人生を歩めたら私にとってこれ程の幸せはないと思います。
まだ私自身将来どのような人間になるか分かりませんが、今は暖かく見守って頂けたらと思っております」
なにやら結婚を申し込んでいるみたいだな。
「そこまで考えているんだね、良く分かったよ。
すまない、君を試す事を言って。
君らの交際を橋本一族として許可しよう。
しかし君は本当に小学生かね?
まるで大人と話をしているようだ」
そりゃそうだ、中身はおっさんだもの。
「こ、浩ニ君、あ、あ、愛してるって....」
『驚かせてごめんね、でも俺の今の本当の気持ちだから』
口に出せないので無言で頷いた。
「ありがとう!嬉しい!」
「ほっほっ!こりゃ大変なもんを見たもんじゃ。
可愛い孫の恋人の交際宣言か!
かまわん、この橋本喜兵衛、山添浩二君との交際、私も許すぞ!!」
「お父さん!兄さんも何を考えてるんですか?」
「なんだ隆二は反対か?」
「いやそうじゃ無くて、まだその、由香はまだ10歳で...」
「パパ私は今日で11歳ですよ」
「いやそれでもまだ未成年で成人にはまだ9年あって、つまり」
「あなた、今は認めましょ」
「そうよパパ、こんなお似合いの2人なんだよ。
この先由香がこれ以上の人を連れて来るなんて考えられないわ」
「あら姉さん、私はこれからも浩二さんしか愛せませんよ」
「あ、愛してるって由香お前そんな...」
思わぬ展開になった誕生パーティーだった。
そして終わりに近づく頃、
「浩二君、帰る前にもう少しいいかね?」
由香の伯父さんに引き止められた。
「伯父さま?」
「大丈夫だ由香、もう変な事にはならんよ。
話が終わったら浩二君はちゃんと責任をもって家に帰すから」
「分かりました伯父さま」
「うん、ありがとう。
隆二も一緒に来てくれるかな?」
「分かりました兄さん」
「そうと決まれば母屋に行こう」
俺は初めて橋本家の母屋に通された。
応接間の中に置かれている豪華な調度品の数々に言葉を失う。
「さあ座ってくれたまえ」
由香の伯父さんに促され豪華なソファーに腰かける。
余りの柔らかさに体が中まで沈みこむ。
「急にすまないね、実は君に話がある」
「話?」
「うむ、話は君の兄さん山添有一君の事だよ」
「兄の事ですか?」
「君も知っていると思うが私は遺伝子工学を大学で研究している」
「はい」
「君の兄さんは娘の誕生会に来てくれた3年前に初めて会ったんだが、とても頭の回転の良い子だったね」
「ええ」
「私は気に入って色々な話をしてとても楽しかった。
その後も何度か娘を通じてここに呼んだ事があったんだが聞いてないかね?」
「すみません詳しくは聞いていません」
「そうか、いや構わない。
君のお兄さんは私の研究に非常に興味を持って、私の研究を一緒にしたいと言ってくれてね」
「それは兄から聞きました」
「それで本題だ、君の兄さんが欲しい」
「え?」
「つまり養子に迎え入れたいと言ってるのだよ」
「は?」
「もちろん今すぐでは無い。
ちゃんと大学を出て博士号を取り私の研究室に入ったらの話だ。私には双子の娘がいる、2人共君の兄さんが大好きだ。
一番の理想は娘のどちらかが君のお兄さんと結婚するのが理想だがね」
「なぜその話を私に?」
「なぜか?そうまず君は『何者』かね?
先程の受け答え、臨機応変な対応、君は本当に何者かね?」
「僕は由香さんのクラスメートで由香さんが好きな10歳の男の子です」
「今は『僕』で、さっきは『私』か。
まあいい、有一君が私の娘と結婚が駄目でも
隆二、由香と浩二君が結婚してくれたら良いと思わんか?」
「え?」
「に、兄さん」
「由香が浩二君と一緒になると、橋本家は有一君との縁は繋がる。
それが言いたかったんだよ。
話はここまでだありがとう。
すまない呼び止めてしまって」
「あ、はい。あの伯父さん?」
「なんだい?」
「質問ですが、なぜ兄をそこまで欲しいのですか?
兄はそんなに凄い研究者になれるのでしょうか?」
「ふむ、私の目が確かならなるね。
順調に育てば将来世界を代表する研究者になるだろう。
『そんな男を私が育て上げたい』
答えになったかな?」
「はい、ありがとうございました」
その後由香の伯父さんと別れて、
医院の前で由香の父さんと別れたのだが、道すがらずっと言われた。
「交際は認めるが、私が許可するまで手を出してはいかん。
いいかね、成人するまでは清い交際だ!約束だぞ!」
大変な1日だった。




