4年生の決意 前編
土曜の昼下がり佑樹に呼ばれ、彼の家にいた。
「本当に良いのか?」
「ああ。もう断った」
「佑樹の夢だったんだろ?」
「俺の夢は世界一のサッカー選手になる事だ。
イタリアに行く事が夢じゃない」
佑樹はキッパリとイタリア行きを断った事を言った。
その顔に後悔している様子は窺え無い。
「花谷さんは何か言ってたか?」
「和歌か?
『佑樹の決めた事だから、それでいい』ってさ」
「そうか、なら僕からは何も言えない」
花谷さんは佑樹の決断を受け止めてる。
その口振りから2人は既に強い信頼関係を結んだ事が分かる。
「それと俺は大きな決断をもう1つした」
「もう1つの決断?」
「ジュニアチームを辞めた」
「えっ?それって...」
意外な佑樹の告白だった。
やはりイタリア行きを断った弊害は起きていたようだ。
「浩二の言いたい事は分かってる。
確かに留学を断ってからサッカークラブで俺の居場所はなくなった。
監督にも言われたよ。
『小学生が女を取るのか?サッカーをバカにしてるのか』ってな。
だが俺がイタリア留学を前向きに考えたのは今のチームから離れたかったのもある」
「そうだったのか」
「あのクラブは実力重視なんて言ってるが全然違う。
監督の贔屓と後は協力費用、金がモノを言うんだ」
「まさか?」
少年サッカーは詳しくないが佑樹の話は意外なものだった。
「残念ながら本当だ。
もちろん全てのクラブがそうじゃない。
俺のいたクラブがそうだった、だけの話だ」
「信じられない」
「外から見てれば実力で試合に出てるように見えるだろ?
だけどチームには俺以上の選手もたくさんいたんだよ。
でもほとんどの奴は辞めちまった。
レギュラーより上手いのに監督やコーチは依怙贔屓ばかりじゃ、そりゃイヤになるよ。
だが俺が一番チームを離れたかったのは怪我への恐怖だ」
まだ理由が佑樹にはあったみたいだ。
「あのチームの監督は根性論主義なんだ。
選手の疲れが貯まって動きが悪くなると、練習が足りないって怒鳴るだけだ。
スポーツ医学を真っ向から否定してやがる。
実のところ俺も何時か怪我をするかも、って思う事があった」
佑樹はうんざりした顔で俺に言った。
本当に嫌な思い出らしい。
「知らなかったよ」
「特に酷かったのはイタリアの話が来てからだな、無茶苦茶な練習中プログラムを組まされた。
あのまま練習してたら間違いなく怪我したろうな」
「怪我の功名か?」
「怪我したら終わりだがな。
そんな訳だ。とりあえずこれから地元のサッカーチームに入る。
そして俺は仁政第一中学校に行く」
「仁政第一中学に?」
仁政中学と言えば地元では有名な私立の名門だから、俺でも名前位は知っていた。
「言ったろう、俺の夢は世界一のサッカー選手だって。
仁政第一のサッカー部は中高と全国で指折りの名門だ、実は俺のいたチームの先輩も何人かいるんだ。
みんな実力はピカ一だったが、さっきみたいな事情で辞めた先輩達だ。
その先輩達が
『設備も最新、監督コーチも素晴らしい人が揃っている』って言ってた。
そこで活躍した俺は実業団サッカーに進む。
そしたら次は外国でプロサッカー選手、そして世界一だ」
嬉しそうに夢を語る佑樹。
日本にも将来プロサッカーチームが出来るぞ。
佑樹にそう言いたい。
しかし佑樹の話には1つ気ががりな事があった。
「でも佑樹仁政第一って入るのが...」
「確かに偏差値はべらぼうに高いな、
俺の頭じゃ無理だ。
だがなスポーツ推薦枠がある」
「そうなのか」
スポーツの推薦があるなら佑樹の実力で申し分ないと思う。
他の選手の実力を知らないから軽はずみな事は言えないけど。
「もちろん推薦枠に入るにはかなりの技術レベルの高さが求められる。
でも俺は負けないよ、これ以上回り道をする気なない」
「花谷さんはどうなる?」
「それがよ、仁政の剣道部も全国レベルだから
『私も仁政に行く、どっちが早く日本一になるか競争だ』って。
俺は団体競技だっての!」
佑樹は楽しそうに笑顔で話した。
俺も釣られて笑う。
「なあ浩二、一緒に仁政に行かないか?」
佑樹の言葉に今日一番驚いた。
「何を言ってるんだ?
俺の頭じゃ無理だよ」
「本当にそうなのか?
俺は浩二の頭が悪いなんて思った事無いぞ」
「そりゃ一般的な小学校レベルでだよ。
仁政第一中学のレベルはこの県内じゃ学芸大学付属中学の次くらい高いぞ」
「いくら俺でも浩二に学芸中学に行けなんて無茶な事は言わないよ。
ありゃ天才の中の天才しか無理っていう事ぐらいは知ってる。
だがな仁政第一は天才の浩二と橋本なら行けるだろ?」
「軽く人を天才なんて言うなよ」
「すまん、だけど浩二、このままだと橋本と...」
「言わなくても分かってるよ」
「いや言わしてくれ。
和歌に聞いたよ、橋本が岸里小に来たのは幼稚園のいじめが原因だろ?
今の橋本ならどこの中学校でも大丈夫だ。
浩二も橋本の家が地元の岸島中学校への進学は許されない事ぐらい分かってるだろ?」
佑樹は畳み掛けるように身を乗り出し、俺に言った。
「俺はお前等と一緒にいたいんだ!
もちろん何時かバラバラになるだろうけども、小学校を出てからも後6年、中学高校と同じ場所にいたいんだ。
これも俺の夢なんだ」
佑樹の夢の中には俺や由香と一緒に過ごす事もあったのか。
俺も出来れば佑樹達と一緒に過ごしたい。
「この話を由香には?」
「和歌が話したよ。
『一緒の学校に行きたいね』って。
でも橋本は『ごめんなさい、私は浩君と同じならそこに行く』って」
「由香がそんな話したなんて全然知らなかった」
「浩二の負担になる事はいやなんだろ」
「由香らしいな」
しばらくの間沈黙が流れる。
「お互い簡単な事じゃないな」
「分かってるさ」
仁政第一のへの狭き門。
川口佑樹、花谷和歌子、山添浩二に橋本由香が一緒にすごす中学、高校生活か...
頭に思い描いた。
「よし佑樹、その夢俺も乗った」
「ありがとう浩二!」
俺と佑樹はしっかり握手で約束を交わした。
その日俺は家に帰り、早速仕事をしている母さんを呼んだ。
「明日話があるから夕飯の後で少し時間頂戴」
「大切な話?」
「割と」
「分かった、明日みんな呼ぶね」
「よろしく」
自分の部屋に戻り机に向かう。
確かに由香の家は名家だ。
橋本家の子供達は皆幼稚園から名門私立に入る。
そして将来は[名家橋本家]を支える人材に育てるのだ。
現に由香の父は医師だし、伯父さんも医学博士にして名門国立大学の教授だ。
まさにエリート一族といえる。
そして代々引き継がれる当主は世襲でなく、完全な実力主義の世界。
いくら先代が我が子可愛さに次期当主に指名しても一族の了承が取れないと認められない。
過去そういう事があって本家から外され分家に落ちた例があると由香から聞いた。
それくらいのエリート意識の高い一族だから由香の中学校は地元の岸島中学校となると風当たりが厳しくなるのは確実だ。
俺が由香の家に認めて貰えてるのは、学年では常に1番を取り続けているからもあるだろう。
ちなみに2番は由香だ。
俺の人格を何故か当主である由香の祖父(橋本喜兵衛さん)を始めとする家族の皆様にから気に入られている。
しかし何といっても今や学力は市内、いや県内で1番の山添有一の弟と言う看板があるからだ。
俺の学力はあくまで49歳だった記憶のアドバンテージがあったからだけ。
このまま前回と同じ努力だけなら、中学は地元、高校は滑り止めの併願男子校、大学は地元から離れた一応公立大学、但し一浪。
前回そんな平凡な人生を歩んだ俺が今回名家の由香と付き合っている。
逃げては行けない。
前回俺は逃げた。
塾から逃げて、学校生活も逃げて、大学は家族からも逃げる様に地元を離れた。
今回は違う。
部屋を出てた俺はリビングにある電話に向かう。
由香に電話をするためだ。
由香の家に電話を掛けたことは殆どないが、番号は見なくても覚えている。
ダイヤルを回す手が震える。
携帯と違い誰が出るか分からない固定電話は緊張感が凄い。
『プルルルルプルルルル』
回線が繋がり、受話器からの電子音が更に緊張を高めた。
『はい、橋本です』
よし由香だ。
「あ、もしもし浩二だけど?」
『えっ浩二?あ、浩二君?由香を呼ぶのね?』
しまった!!
今の声は由香の姉さん、梨香さんだ!
「はいそうです。
失礼してしまいました。
山添です、由香さんお願いします」
『アハハハ!
はいはいちょっと待ってね...ハハハハ!』
受話器から流れるオルゴール。
エリーゼのためにが心に沁みた。
『フフフ、もしもし浩君?』
「もしもし由香?」
『そうだよ梨香じゃなく由香だよ』
「聞いた?」
『聞いた』
「後で謝っといて」
『気にしてないと思うけど分かったわ。で、急にどうしたの?』
そうだ大事な用件を忘れるところだった。
「今日佑樹の家に行って来たんだ。
そこで色んな話をしてね、佑樹の中学校の話も聞いたんだよ由香の話も」
『...気にしないで私はどこの中学校でも浩君となら...』
「由香聞いてくれ。僕も仁政第一に挑戦する。
由香も一緒に頑張らないか?」
『えっ!!本当?』
電話口の向こうで喜ぶ由香の姿をが目に浮かんだ。
「ああ本当だ、由香達に肩身の狭い思いはさせない」
『分かった、電話の後皆に話しするよ?後で嘘でしたは駄目だよ?』
「前に言ったが僕はそんな嘘は吐かない。
用件はそれだけ、ごめんね急に」
『ううんありがとう!一緒に頑張ろう』
「ああ頑張ろう」
『バイバイ』
「ああ、ばいばい」
ちょっとしたアクシデントはあったが由香にはしっかり伝えた。
次は明日、家族の前で宣言する。




