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佑樹の相談

 佑樹と約束した土曜日を迎えた。

 1980年代は土曜日も当たり前のように学校の授業があった。

 もっとも午前中に終わるから給食は無い。

 みんな自宅に帰ってから昼ご飯を食べていた。


「さて行きますか」


 昼食を終え、母さん声をかけて自転車に乗って佑樹の家に向かった。


「おーい!」


 5分後佑樹の家に着く。

 呼び鈴は押さない、いつも呼び掛けるだけで佑樹は気が付くのだ。


「オッス!」


「お待たせ」


「いや待ってねえよ。

 悪いなせっかくの土曜日に、約束とか無かったか?」


 玄関の扉が開き、普段着の佑樹が笑う。

 少し緊張してるのか、笑顔に強張りが見えた。


「大丈夫だよ」


「まあ上がれ、上がれ」


 自転車を佑樹の自転車の隣に停め、玄関を上がった。


「おじゃまします」


「今誰もいねえよ。

 先に俺の部屋に入っててくれ」


 佑樹の家は共働きだ。

 両親共に別々の会社を経営していて、俺も殆んど見た事が無い。

 普段の生活やサッカーの試合の時は近所に住む佑樹の祖母がしていた。


 佑樹の部屋に入る。

 意外と片付けられた部屋。

 壁には海外のサッカー選手のポスターが何枚か貼ってあったが、俺には誰か分からない。


ミカンジュース(ポン)で良いか?」


 佑樹がガラスの瓶に入ったジュースとガラスコップを2つ手に持って入って来た。


「ありがとう。

 久し振りに佑樹の家に来たな」


「そうだな、最近浩二も大変だったしな」


 佑樹はコップにジュースを注いでくれる。

 よく冷えてうまそうだ。


「まあね、でも佑樹の方が忙しそうだったじゃないか」


「あぁ、クラブ選手権や代表選考会とかあったからな」


「凄いじゃないか!

 代表、アンダーなんだっけ?」


「Uー12だよ、っても選ばれても控えだったけどな」


 何でもない事のように佑樹は言うが、サッカーに詳しく無い俺でも凄い事くらい分かる。


「選ばれたのか!佑樹は本当に凄いな」


「あんがと、でさ相談ってのはそれに関係あるんだけどよ。

 俺にサッカー留学の話が来てんだよ」


 佑樹は更に凄い事を言うが、聞いた俺の頭は大混乱に陥った。


「え、サッカー留学...どこに?」


「イタリアだ、クラブの監督から言われたんだ。

『お前にビッグチャンスが来た』って」


「本当に凄いな!

 でも相談って、なにか気がかりな事でもあるのか?」


 佑樹の顔が笑顔になりきれてないのは気にかかる。


「ああ、俺サッカーが楽しいのは変わらないんだけどよ...

 笑うなよ、離れたくないんだ」


「なにから?」


「みんなと...」


 ここまで話すと佑樹は下を向いて黙ってしまった。


「みんな?」


「ああみんなだ!

 特に花谷、花谷和歌子と離れたくないんだ!!」


 顔が真っ赤だ、こんな顔をする佑樹は初めて見た。

 ジュースの入ったコップの縁を親指でなぞっている。


「...笑わねえのか?」


「笑えないよ」


 真剣な顔で佑樹を見た。


「佑樹、好きなのか?」


「ああ、好きだ。

 気づいたのはつい最近だけどな」


「そっか...そりゃあ悩むよな」


 まさか佑樹が花谷さんをそこまで想っているとは知らなかった。

 最近ずっと一緒だし、たまに2人で学校登校してみたいたけど。


「知ってると思うが、あいつとは1年からの腐れ縁だ。

 最初はなんだこいつって、いつも喧嘩ばかりしてただろ」


「そうだったな」


 小学1年の頃は口喧嘩の絶えない2人だった。


「だがよ、いつからかあいつを意識するようになったんだ。

 ...この前あいつを試合に呼んだんだ。

 クラブ選手権の決勝戦に。

『良かったら観に来てくれって』って。

 そしたらあいつなんつったと思う?

『あんたがへましてるとこ観てやるのも楽しいかな?』だとよ。

 相変わらずの減らず口だよな。

 それでさ、...あいつ観に、観に来たんだ」


「試合に?」


「そうだよ、あいつどこで用意したのか分かんないけど俺達のチームのユニフォーム着て必死に叫んでたんだよ」


 想像出来る。

 花谷さんは熱い子だ、運動会や球技大会でも人一倍熱くなるんだ。


「試合には負けちまったんだけど、観客席見たらあいつ泣いてたんだ。

 応援団に混じってさ、わんわん泣いてさ。

 想像出来るか?初めて観に来た俺の試合だよ?」


「花谷さんなら、あるかも」


「...そうだな、あいつなら、そうだよな。

 俺、あいつと離れたくない!

 でも、サッカーのチャンスも逃がしたくねえんだ!!」


 呻く佑樹。

 俺は前回の時間軸での『川口佑樹』を思い出していた。


『佑樹、お前はサッカー留学したんだよ。

 俺達のヒーローだった』


『でも試合中に怪我をして、リハビリしたけど、結局治らなくって、志半ばで日本に帰ってきたんだ』

 その後『川口佑樹』の事を俺は知らない。

 同窓会にも来ないし、誰とも連絡を取らなかったからだ。

 でも、そんな事言えるか?

 今、目の前に居る川口佑樹と前回の時間軸で俺が未来を知っている『川口佑樹』は別人だ!


 人間としては同一人物だが、今回一緒に歩んで来た佑樹の小学校生活は間違いなく前回の『川口佑樹』と別の人生を歩んでいる。

 それは花谷さんとの関係1つを見ても分かる。

 だが良い言葉が見つからない。


 長い沈黙の時間が過ぎた。


「すまね、こんな事急に言われても浩二には余り関係ない話だよな。

 俺が結論を出さなきゃいけないのに、すまん」


「...なんで、謝るんだ」


 佑樹の一言に俺は怒りが沸き上がった。


「えっ?」


「なんで謝るんだ!

 関係が無いはず無いだろう!!

 お前が、お前が初めて俺に本当の気持ちをぶつけてくれたんだ。

 俺が返さないでどうする?

 俺達は親友だろ?

 きっと花谷もお前の事が好きなはずだよ!ぶつけてみろよ!」


「ぶ、ぶつける?」


「お前の本当の気持ちを花谷に伝えろよ!

 くよくよするなんてお前らしくないぞ!!

 それから結論を出せよ!」


「こ、浩二、し、喋り方がいつもと別人みたいだぞ」


 あ、またやってしまった!


「ご、ごめん佑樹」


「いや良いんだ。浩二の気持ちがいつもよりしっかり伝わったよ。

 花谷に話をする、俺の気持ちを伝えるよ。

 ありがとうな」


「そっか」


「でもよ、浩二に『俺』は似合わねぇな」


「そうか?」


 ちょっと最後にしくじったけど、佑樹に伝わったならそれでいい。

 後は佑樹の問題だ。


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