本当の気持ち
学校に着いた俺は由香と分かれて5年2組の教室に向かう。
この教室に順子姉さんがいる。
「すみません十河順子さんいますか?」
教室の入り口付近にいた男子聞いた。
「ん、誰だお前?
おっ、珍しいな4年生か?
え、山添って有一さんの弟さんですか?」
俺の名札を見るなり態度が変わる。
「どうした?」
「誰か来たのか?」
「誰だこいつ?」
男子生徒数人がやって来た。
「バッカ野郎!!
有一さんの弟さんだぞ!」
さっきの男子が怒鳴る。
「「「失礼しました!!」」」
「いつも有一さんには御世話になっております。
有一さんは1組です、ご案内いたしましょう」
一体何を御世話したんだよ兄貴。
「いえ、あの十河さんに用事が...」
「十河に用事ですか?」
「浩君...」
騒ぎを見た順子姉さんがやって来た。
「どうしたの浩君?」
「ちょっと来て!」
俺は順子姉さんの腕を引っ張って廊下に連れ出す。
「話しがあります、昼休み終わったら校舎裏のゴミ焼却炉の前まで来て下さい。お願いします」
俺は頭を下げた。
「え?こ、浩君」
しばらく俺の様子をみていた順子姉さんは何かに気がついた様だ。
「分かったわ、お昼休みに焼却炉前ね。
私だけ?」
俺はコクリと頷く。
「優ちゃんや杏ちゃんは?」
「呼んでない、今日は順子姉さんだけ。
来てね、絶対だからね」
順子姉さんと別れ、自分の教室に戻る。
教室で由香に昼休みの約束を話した。
「さて行くか」
給食を食べ終え、焼却炉前に向かう。
ここは週3日稼働しており、稼働しない日は人が滅多に来ない内緒話をするには最高のロケーションだ。
「浩君」
既に順子姉さんは壁にもたれかかり俺が来るのを待っていた。
「来てもらってありがとう」
「ううん、で話って何?
有の受験の事?」
無言で頷く。
寂しそうな順子ねぇちゃ...順子姉さんに言葉が出ない。
「そっか、そうだよね。
浩君私の事応援してくれてたもんね」
「...うん」
「どうして?」
「えっ?」
「どうしていつも私を、十河順子を応援してくれたの?」
まさかの逆質問。
真剣な順子姉さんに言葉が見つからない。
「じ、順子姉さんが兄ちゃんの事を好きだったからだ...と思う」
ダメだ、上手く言えない。
「でも有は私の事を好きにならなかったよ。
私がどんなに有の事好きでも駄目だったんだよ?」
涙で潤んだ瞳、完全に飲まれてしまう。
「だからね、有の事は諦めたの。
有は自分の夢を見つけた。
私も有を忘れて違う道を歩む事にするわ...」
「違う道?」
「そう違う道。
有のいない新しい道よ。
これで私の初恋の終わりかな?
ありがとう浩君、最後まで気を使わしちゃたね。
そろそろ行くね!...バイバイ」
順子姉さんは俺から顔を背けながら行ってしまった。
「やっばり駄目だったんだ」
由香は戻って来た俺の顔を見るなりそう言った。
「由香、順子姉さんは...」
俺は経緯を話そうとした。
「待って、今は聞かない。
浩君の顔を見たら大体の想像はつくから。
今は浩君も冷静に先の事を考えられないでしょ?」
「確かに」
「私が知りたいのは話のやり取り、それだけ聞きたいの」
「分かった」
なんて冷静なんだ。
素晴らしいよ由香...
「じゃあ家に帰ったらランドセルを置いて、直ぐに私の家に来てね」
「へ?」
今なんと?
「話を聞く為によ。
私の家は医院だから昼間は誰もいない。姉さんも中学校のクラブで遅いし」
『誰も居ないの』って。
それって...いや、バカな事は考えるな。
「分かった、一旦帰ったら直ぐに由香の家に行くよ」
学校が終わり、家に一旦帰ってから直ぐ由香の家に向かった。
「いらっしゃい、上がって」
「おじゃまします」
由香は玄関前で待っていてくれた。
そのまま先に進む由香、考えてみれば由香の部屋に入った記憶が無い。
いつもリビングだったし。
「はいどうぞ」
「うん」
由香はある部屋の扉を開けた。
ここが由香の部屋なのか。
綺麗に整理整頓された部屋、何故かベッドに目が行きそうになるのを堪える。
「いいの?いきなり部屋に入って」
今さらながら心配になる。
由香の家族はどう思うのか?
『なんて奴だ、この悪い虫め!』そんな風に思われないかな。
「大丈夫よ、ちゃんとママには浩二君が今日遊びに来るって言ったから」
「言ったの?」
「言ったよ」
そんなアッサリと...
「お母さんはなんと仰有ってました?」
思わず丁寧な言葉になる。
「『浩二君ならいいわよ』って。
ふふ、信用されてるね浩二君」
イタズラっぽく由香は笑うけど、いいのか俺?
「さ、それより十河さんの事!
聞かせて今日のやり取りを」
「うん、昼休みに......」
由香はクッションを降ろし、俺は床に正座の姿勢を崩さず話す。
「嘘ね」
俺の話を聞き終わって由香が一言言った
「嘘?」
「そうよ十河さん嘘をついてる。
諦めてなんかいないよ。
だって、そんなに簡単に諦めるって言える?
そんな人が小学校の1年生から5年間もお兄さんの傍に居られると思う?
『お兄さんのいない違う道』何それ?
具体的になにも言わないで違う道って一体何?」
一気に捲し立てる由香。
いつもの由香じゃない、いや最近はこうか。
「順子姉さんも兄ちゃんに言われたばっかりで、ね」
「浩君も最初に質問を返されたくらいで話の主導権を取られちゃうなんて、もう!」
「はいごめんなさい!」
「でも浩君だからここまで聞けた訳だから後は対策ね」
顎に手をやり考える由香。
凛々しいですよ、頼りになります。
「まずは改めて本音を聞き出す事ね。
その場で説き伏せるの、十河さんの本音は大体分かったからいかに引き出して、どう説き伏せるかよね」
頼りにどころじゃない由香さん...怖いです。
その日の話し合いは5時迄行い、そして翌朝の登校中も続いた。
そして俺はまた5年2組の教室にいた。
「おはようございます、また十河さんを...」
「あ、浩二さんじゃないですか?
十河ですね、おーい十河ー!」
順子姉さんは俺の顔を見ると驚いて、悲しそうな顔をした。
無言で教室を出て、廊下を少し前を歩く順子姉さん。
重苦しい空気が包む。
「今日は何?」
廊下の隅で順子姉さんは呟いた。
「お願いです、もう一度話を」
「いやよ、もう話は終わってるでしょ」
順子姉さんははっきり拒絶する。
でも昨日由香と予想していたから焦りはしない。
「順子姉さんは終わったつもりかも知れないけど僕が終わってないんです。
もう一度、もう一度だけお願いです」
頭を下げた。
「...分かった、最後にもう一度だけよ。
これで最後だから」
苦しそうに順子姉さんは頷いてくれた。
「ありがとう順子姉さん」
一つ目の関門をクリアーだ。
「それじゃ体育館横の渡り廊下で、昼休みに」
ここも、体育館に移動する生徒以外は昼休みは誰も通らない場所だから内緒話に向いている。
教室に戻り、由香の顔を見て親指を立てた。
昼休み。俺は廊下で順子姉さんを待っていた。
10分経ち20分経ち、いよいよ昼休みの残りが僅かになった頃、順子姉さんが現れた。
「...まだ待ってたの?」
順子姉さんは俺が待っているのが意外そうだった。
「必ず来るって思ったから」
「そっかー、話なら昨日で終わっ...」
「待って順子姉さん!質問の答えをやり直したいんだ」
順子姉さんの言葉を遮る。
ここで話す隙を与えてはダメだ。
自分のペースに持っていかないと。
「質問?」
「どうして僕が順子姉さんの応援をしたかだよ」
「...っ!!」
大きく目を見開く順子姉さん。
まさか昨日の答えが今日来るとは考えてなかったのだろう。
「僕は兄ちゃんが大好きだ。
勉強も出来て、人気者で何より優しい兄ちゃんが大好きなんだ。
だから兄ちゃんを好きになる人は兄ちゃんの事が一番好きで優しくて、僕も大好きになれる人って決めてたんだ!
だから順子姉さんを応援したんだよ!!」
順子姉さんは目を見開いたまま俺を見ている。
しっかりと俺の言葉を受け止めている。
そのまま続けた。
「簡単に諦めるって言わないで!
僕は兄ちゃんの傍にいて優しく笑う順子姉さんが好きなんだ。
なんで兄ちゃんから離れて違う道を歩くの?
一緒に歩いて、共に兄ちゃんと歩いてよ!
学校が違っても良いじゃないか!
僕は山添有一の弟だよ。
家族なんだから、僕が味方なら大丈夫だよ!
だから、だから...諦めないで!!」
俺が言い終えると順子姉さんは手で口を押さえて俯いていた。
「ずるいな...そんな事聞いちゃったら諦め切れなくなっちゃったじゃない。
有が超々鈍感人間でもこんな最高の味方が私にいたら諦める何て出来る訳無いよ...」
顔を上げた順子姉さんは静かに涙を流し泣き笑いしてた。
俺も同じ顔をしていたからだろう。
「何があったの?」
順子姉さんの言葉、まさか?
「浩君昨日と違う、誰からかアドバイス貰った?」
「あ、え、うん...」
やっぱり気づいたか。
「もしかしたら橋本由香ちゃん?」
「えっ、何で分かったの?」
まさか由香の事まで?
「だって由香ちゃん浩君の事ずーと好きだったでしょ。
こんなに上手く浩君の気持ちを引き出せるアドバイス出来る人って、...もしかして付き合ってるの?」
「はい...もしかしてです」
「良いなー由香ちゃん!
由香ちゃんも諦めずにアタックし続けて浩君を捕まえたなら私だって!!」
順子姉さんは最高の笑顔で教室に走っていった。




