兄貴の決断~中学入試
学校が終わり俺達は以前のように並んで帰る。
「また明日ね、今日もありがとう」
「また明日気をつけてね」
「へへへ、バイバーイ」
小走りで帰って行く由香を見送った。
「ただいま」
玄関を開けるとそこは自宅の仕事場。
生地を機械で決まった太さにカットする機械が数台並んでいる。
母さんは忙しそうにカットし終えた生地を機械から外し、また機械のスイッチを入れる。
母さんは生地の埃を吸わない様にマスクをしていた。
俺が帰って来た事に気づいた母さんが眉毛にまで埃をつけたままやって来た。
「お帰りなさい浩。
うん今日も大丈夫みたいね、元気になって本当に良かったわ」
そう言いながらマスクを外した母さんはホッとした顔だ。
そこに兄貴も帰って来た。
「ただいま、あ、浩もただいま。
ちょっと大切な話があるんだけど今日の塾が終わったら聞いてくれない?」
「良いわよ何時頃?」
「今日は8時位かな、自習室には行かずに授業終わったら直ぐに帰るよ。
じゃ塾の用意したり宿題するからまた後で」
兄貴は急ぎ足で2階の自分の部屋に戻って行く。
5年生になった兄貴は学校から帰ると塾が始まるまでの時間に宿題をすませ、早い夕飯を食べてから6時には家を出る生活を送っていた。
兄貴が相談する事ってなんだろう?。
前回も兄貴が5、6年生の頃に相談したかな?
そんな事は前回は無かったはずだ。
いや、俺が忘れてるだけかも知れない。
そんな事を考えながら宿題をする。
やがて時計は8時を指した。
「浩、今いいかな?」
兄貴が俺の部屋のドアをノックした。
「どうしたの兄ちゃん」
ドアを開けると真剣な顔をした兄貴がいた。
「浩にも話を聞いて欲しいんだ」
「いいよ」
兄貴と一緒にリビングに行く。
リビングには家族全員集まっていた。
兄貴がソファに座り話を始める。
「僕、岸島中学校に行かずに学芸中学校に行きたいんだ」
「岸島中学校に行かない?
学芸中学校って国立大附属の?」
母さんが驚いて兄貴に尋ねた。
「凄く難しいから、まだ受かるか分からないけど僕行きたいんだ!」
「急にどうしたの?
今まで中学校受験の話なんてした事なかったのに」
「僕も最近までそんな事考えてなかった。
けれど橋本さんから話を聞いて将来研究したい事が見つかったんだ」
「研究したい事?」
「うん。遺伝子工学だよ」
「「「「遺伝子工学?」」」」
兄貴の言葉に家族全員が声を合わせ頭をひねる。
「遺伝子ってあのメンデルの豆の...」
最初に母さんが兄貴に聞いた。
「うんその遺伝子。
専門分野ですごいんだよ!
今世界で研究されていて、僕医者になって遺伝子工学の勉強をしたいんだ」
「ち、ちょっと待って。
その研究から何で学芸中学校の受験に繋がるの?」
「それはね、研究室に入るには最低でも日本のトップの医学部の大学に入らないと駄目なんだ。
僕がこのまま今の環境で頑張っても先の未来は見えない。
だから確実に目標の大学に進学する為にしっかり中学、高校と勉強したいんだ。
だから塾も増やしたい。出来れば家庭教師も欲しい。
家族に金銭的な負担をかけるのは分かってる。
けれどやりたい事が見つかったんだ。
お願いします!」
兄貴の言葉に静まるリビング。
俺は兄貴の予想外な言葉に何と言って良いか分からない。
こんな展開は前回無かった。
兄貴は受験せず、地元の岸島中学に進んだのだから。
「...分かった」
静かにじいちゃんが口を開く。
「有一の気持ちはよー分かった。
金の事は心配せんでええ、じいちゃんの恩給を全部やる!
有一のやりたいようにやりゃええ!!」
「ち、ちょっとお義父さん待って下さい。
お金は何とかなりますよ。
家の仕事も順調ですし、そのくらいのお金は、なあ母さん」
「そうですよ。おじいちゃんのお金はおじいちゃんの物。
息子の教育のお金は親である私達が出しますから」
「いーや出す、出さしてくれ。
孫が世間様の為になる事をしたいと言っとるんだ、一部でええから出さしてくれ」
じいちゃんの言葉に父さんと母さんも諦めたように頷いた。
ばあちゃんはじいちゃんと兄貴を見てニコニコ笑っている。
「分かりましたお父さん。
いいわよね、あなた」
母さんはじいちゃんの意見を尊重する事に決めたみたいだ。
「分かりました、金額についてはまた話をしましょう。
宜しくお願いします、お義父さん」
父さんがじいちゃんに頭を下げた。
どうやら金銭の話は決着したみたいだ。
次は俺が兄貴に聞く。
「兄ちゃん」
「なんだい浩?」
「橋本さんから遺伝子の事を聞いたってどういう事?」
「ああ、浩も知ってるだろ橋本さんのところの志穂さん、美穂さんの姉妹」
「うん由香ちゃんの従兄弟だよね?」
「そうだよ。
そこのお父さんが大学で今遺伝子研究してるんだよ。
僕何度かお話しさせて貰ったけど凄く面白かったんだ」
「橋本さんの家に行ったの?」
そんなの聞いた事無いぞ。
母さんは驚いてないので知っていたのか。
「あれ、言った事なかった?
すっごいお屋敷だね、前に志穂ちゃんと美穂ちゃんの誕生日パーティーに呼ばれて......」
兄貴はその時の話を始める。
その話が一段落した所で次の話だ。
「兄ちゃんが岸島中学校に行かないのは分かったけど友達には言ったの?」
「うん言った。
みんな応援してくれたよ。
坂倉さんや橋本さん達は一緒に行くって張り切ってたよ」
嬉しそうに兄貴は笑うが、そうじゃない。
「いや、学校の友達だよ。
薬師兄ちゃんとか、十河さんとかさ」
「言ったよ、ちょっと寂しそうだったけどみんな応援してくれた」
言ったの?
順子ねぇちゃんと優子ねぇちゃん、杏子ねぇちゃんにも?
最近それどころじゃなかったから全く気づかなかったよ。
「そうなんだ、分かった頑張って兄ちゃん」
「ありがとう浩」
脳裏に寂しそうに笑う順子ねぇちゃん達の顔が浮かんでいた。
明日学校に行ったら皆に話を聞いてみようかな。




