告白~2人の想い
俺は通学路を学校と反対方向に歩いている。
問題は無い、これで良いんだ。
やがて一軒の家に着く。
看板に書かれた文字[橋本医院]由香の家だ。
由香が今日学校に来るのか分からない。
だが覚悟を決めた俺は待ちきれなくて来てしまった。
もう後悔は無い。
裏口にある呼び鈴に手を伸ばす。
しかしボタンの手前で指先が止まってしまった。
いくら何でも約束しないで女の子の家を訪ねるのは非常識過ぎないか?
そんな事を考えてしまうと、止まった指先は1ミリも動かない。
昔は女の子の家に電話を掛けるだけで緊張した。
それに似た緊張か...
「浩二君?」
突然呼び掛けられた声に飛び上がる。
慌てて辺りを見回すと、2階の窓から顔を出す1人の女の子が目に入った。
「由香ちゃん...」
見上げる青空の下、驚いた由香の顔。
緊張は解けない、更に高まり目眩すら覚えた。
「ちょっと待ってて、今日は学校に行く準備をしてたから。
すぐ、すぐに行くから!」
由香は窓から体を引っ込めた。
姿が消えると今度は寂しい。
間違いなく俺は由香の事が...
すると突然目の前の玄関ドアが開いた。
中から現れたのは由香のお母さん。
「あら、おはよう浩二君、迎えに来てくれたの?
昨日花谷さんから浩二君が来る約束してた事を由香ちゃん言い忘れてたのね」
上手い具合に勘違いしてくれたみたいだ。
「いえ、まあその...そんな感じです」
「由香ちゃん急にお休みしちゃってビックリしたでしょ。
学校だけは何があっても行く子だったのにね。
何があったかいくら聞いても、何にも言わないのよ。
クラスの子に聞こうとしたら凄く止められちゃってね。
そうしたら次の日に花谷さんが来てくれたの。
私帰る時に聞いたのよ、何があったの?って。
そうしたら、私にも詳しくは分かりません、でも由香は大丈夫です。
これを乗り越えたら今以上に輝けると思います』って真剣な顔で言うの。
私ビックリしちゃって。
でも由香ちゃんの様子が幼稚園の頃と違ってたし...って準備出来たの由香ちゃん」
「もうママ!浩二君にあんまり話さないで!」
「ハイハイじゃお邪魔なママは退散しますね、遅れないで学校に行きなさい」
由香のお母さんは楽しそうに2階へ上がって行った。
「...学校行こうか?」
「...うん」
由香の家を出て少し歩く。
途中で由香が俺の手を握った。
「あの浩二君、少しそこの公園でお話ししてもいいかな?」
「ああ、大丈夫だよ」
俺達はいつも学校には8時前に着いていた。
『少しでも早く着いてみんなと少しでも楽しくお喋りしたい』由香が言ったからだ。
学校が始まるのは最終の鐘が鳴る8時40分、
これより遅れると遅刻になる。
今公園の時計を見ると7時50分。
いつもより早く家を出たから、たっぷり時間はある。
朝の公園は近所のお年寄りが数人いるだけで、閑散としている。
話をするにはもってこいだ。
俺達は公園のベンチに並んで座った。
「「あの」」
二人の声が重なる。
「あっ浩二君先に」
「いや由香ちゃんが先に」
「あっ、え、うん、分かった」
由香は大きく息を吸い込んで俺に言った。
「...この前の遠足の帰りごめんなさい!
私、急に泣き出してびっくりしたでしょ。
あの後の事は和歌ちゃんに聞いたよ浩二君に和歌ちゃんが突っかかった事。
私が休んでる間浩二君に元気がなかった事。
ごめんなさい!みんな私が悪いの!!」
由香は一気に捲し立てる。
その目にはいっぱい涙を貯めていた。
『絶対に今泣くもんか!』
そんな由香の気持ちが伝わって来る。
「いや悪いのは僕の方だよ。
由香ちゃんにあんな態度を取ったから、由香ちゃんが泣くのは当たりまえだよ」
由香の気持ちを理解しながら無神経な自分の態度を詫びた。
「ううん、浩二君は悪くない。
せっかく伊藤さんと仲良く喋ってるのをみて嫉妬してみんなを...浩二君を困らせちゃって。
でもね、これだけは言いたいの。
例え浩二君があの子を...い、伊藤さんの事が好きでも...
私は、私、橋本由香は山添浩二君が、す、好きなの。
大好きなの!!」
突然の告白に俺は頭の中は大混乱だ。
...今なんて言ったの?
俺が好きって...
今日俺は由香に告白する予定だったのに、先に言われた!
女の子に先に言わせてしまった!!
しばらく沈黙の時間が過ぎる。
我に返ると不安そうに俺を見つめている由香の顔があった。
「俺も、俺も好きだよ...」
「え?」
「俺も好きだ!橋本由香が好きだ!!
今までも、これからも、ずっと一緒にいてくれ!!」
「...本当?」
「ああ」
「嘘や冗談じゃないよね」
「俺はそんな嘘を言わない」
「嬉しい!」
由香が俺に飛び付いてきた。
「ほ、本当ね?本当なんだね?
あの子が好きじゃないんだね?」
「ああ本当だよ。伊藤さんの事は...今は上手く言えないが、俺が今本当に好きなのは由香だけだよ」
「嬉しい...嬉しい、嬉しいよ!」
由香はとうとう泣き出した。
我慢していた涙は堰を切ったように勢いを増し俺の制服を濡らした。
どれくらいたったろうか、由香も落ち着いて来た。
「ほら涙を拭きなよ」
ハンカチを差し出す。
「...ありがとう、浩二君、このハンカチ貰ってもいいかな?」
「え?良いけど、由香が持ってるハンカチと違って安物だよ」
「ううん、これは記念のハンカチなの。
私には世界で一番価値のあるハンカチよ」
「そっか。良いよあげる」
由香は笑顔でハンカチを大切そうに胸のポケットに入れた。
「ありがとう。
あっ、そろそろそろ学校に行かなくちゃ!」
「あっ大変だ!もうすぐ8時30分だ」
「行きましょ」
「うん」
公園を離れて、学校へ急ぎ足で歩く。
「ところで浩二君」
「なに?」
「さっきから私の事を『由香』って」
「あっごめんなさい、由香ちゃん」
「良いの、これから私の事は由香って呼んで。
でも、自分の事を俺って言うのは浩二君には似合わないかな?」
「え?僕の事俺って言ってた?」
「言ってた」
「分かった、じゃあ僕で」
「宜しい」
由香は右手を差し出す。
もう躊躇わない、俺は由香の右手をしっかり握る。
見つめ合うと、どちらからともなく笑いながら込み上げる。
そのまま学校への道のりを走った。
少し思っていた告白と違うれど、俺は由香に、由香も俺に気持ちをしっかり伝える事が出来たんだ。
今日僕達は恋人になった。
 




