混乱
遠足帰りのバス。
車内は白けた空気が充満していた。
『どうした?疲れたのか?』
『特別に席の自由移動を許可する』
『何か歌え!特別だ!』
先生は静まる生徒達に色々と気を使うが、誰も席を立たない。
歌も誰一人手を上げなかった。
「みんな疲れた様だな、今日は早く帰って休め。
明日の宿題は提出を一日延長してやる」
そう言うと先生は座席のリクライニングを一杯に倒し寝てしまった。
学校に戻ったら家に早く帰りたい。
何もしたくない。
誰とも話したくない。
そんな事を考えている俺をみんな遠巻き見ている。
佑樹は何かを言いたそうに俺を見るが、話掛けて来ない事がありがたかった。
バスは学校に到着する。
校庭で遠足の総括と解散を告げた。
校門を出る時、後ろに花谷さんに肩を抱かれた由香ちゃんが見えた。
一瞬俺を見た花谷さんだが、俺は軽く頭を下げ自宅へと急いだ。
どうでも良い、早く帰りたい。
疲れ切った体を引きずりながら家にたどり着く。
「おかえり、遠足楽しかった?』
母さんの声も今はフィルターが掛かった様に聞こえる。
無言で背負っていたリュックと肩に掛けていた水筒を食堂の前に降ろす。
これ以上家族に心配かけては面倒だ、
「うん、楽しかったよ。
お弁当美味しかった、ありがとう。
今日は疲れちゃたから、このまま寝るよ。
晩ごはんいらないから」
一気に捲し立て、自分の部屋へ急いだ。
静かな部屋、ベット倒れ込む。
ベットの上で頭だけ起こし、今日起きた事を思い出す。
何を間違えた?
遠足に行った事か?
本来ならまだ会う筈の無い人に会った事か?
違う、そうじゃない。
もう気づいている。
今日間違えた事じゃなく、既に人の運命を大きく変えてしまっていた事に。
俺が大きく運命を変えた人[橋本由香]
前世も俺は由香と同じ1年生のクラスメートだった。
きっと由香は今回と同じように、一人ぼっちで岸里小学校に入学したんだろう。
性格は今と同じなら、不安で堪らないスタートだったはずだ。
前回の俺は由香と接点がほとんど無かった。
特に話した記憶も無い。
覚えているのは由香が1年の3学期に転校した事ぐらいだった。
突然転校した理由は、少し後で知った。
由香の7歳の誕生日。
前回も今回同様に誕生会を開いた。
由香は招待状をクラスの女子に配り、数人は行くと返事をしながら誰も行かなかった。
ドタキャンをしたのだ。
「あんまりしゃべった事のない子に急に招待されてもねー」
突然学校に来なくなった由香の机を見ながら話す女子達を見て、
『最初に断れよ、ひでえな』
と思った事を覚えている。
学校を転校してから由香がどうなったか、俺は詳しく知らない。
別の県のにある私立小学校に行った事を小耳に挟んだくらいだ。
そして俺が中学校3年くらいの時に母親から、
『橋本由香ちゃん覚えてる?』と聞かれた。
『名前くらいなら』そう言うと、
中学から家出を繰り返す様になり、ついに子供が出来て実家の病院に連れ戻された事が近所の人達から話のネタにされていると聞いた。
その後の由香を俺は知らない。
話に聞いたのはその1回だけだった。
その後も姿を見る事は無かった。
今回の出会いは偶然だった。
由香は俺に懐いた。
小学校だけでなく、外で遊ぶ時もずっと一緒だった。
優しい人柄に触れて俺は決めた。
由香を不幸な未来から助けると。
今、由香は孤独じゃない。
男女問わず友達もたくさんいる。
本気で心配して、俺の胸ぐらを掴んで来る親友もいる。
そして由香の隣には俺がいつも居た。
由香が俺に好意を持っているかもしれない事は以前から感じていた。
でも所詮は小学生、今は他愛もない感情だと甘く見ていた。
だから今回の様な事態になったのだ。
由香は本気で俺に恋をしていた。
今日間違いなく思った。
巻き戻ったこの時間を兄貴の運命を変える事だけに使おうとしたのに、由香の運命まで大きく変える事になっていたのだ。
俺はどうしたら良かったのか?
今日の事の説明なんか出来ない。
『未来の嫁と今日偶然あって由香を忘れてました。
本当なら10年後に会う筈だったんです』
言ったところで頭を疑われるだけだろ?
由香を酷く傷つけてしまった。
「嫌われただろうな...」
何だこの気持ちは?
失恋した時みたいじゃないか。
混乱した頭を抱え、眠りに落ちた。




