表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
兄貴への恋を実らせてあげたい!  作者: じいちゃんっ子
宝物の思い出です。
225/229

良く頑張りましたよ。

扉の前に立つ坂倉唯さん。

着てらっしゃるのは高校の制服、Ⅲのバッジが襟に有るという事は3年生ですね。


「どうしたマスター?」


「...失礼しました」


懐かしい姿を見つめ過ぎて唯さんが小首を傾げてしまいました。

いつもの席に案内しましょう。


「どうぞ」


「マスター、今日はカフェオレじゃないから」


唯さんは鞄を横の椅子に置き呟かれました。


「は?」


「ホットミルク」


珍しいですね、唯さんはいつもカフェオレでした。

しかし記憶を過去を遡っているのですから有った筈ですが...思い出せません。


「ミルクだ」


「はい」


念押しされてしまいました、早速お作りしましょう。

(ミルクパンで温めるだけですが)


「どうぞ」


「ん」


唯さんは両手でミルクの入ったカップを見つめながら溜め息をします。

なにやら思い詰めていますね。


「マスター...今良いかな?」


唯さんの呼び掛け、もちろんOKです。


「良いですよ」


「来月卒業なんだ」


「はい」


どうやら今は2月なんですね。


「有一や順子、志穂と美穂ともお別れだ」


「そうですね」


唯さんは1人京都の大学に進まれるのです。

東京の大学に進まれる有一さん達と離れ離れになります。


「寂しくなるかな?」


「え?」


不意な唯さんの言葉に思い出しました。

この時、私が寂しくないか聞かれたと勘違いしたのです。

『唯さん達と離れるのは寂しいですね』

そう答えた私に唯さんは

『...違うんだ』

そう答えてミルクを飲み干し、待ち合わせしていた人が来る前に帰られたのです。

今度は間違いませんよ。


「私はいつでも唯さんをお待ちしてます」


「...マスター」


「もし寂しくなったら手紙や電話でも良いんです。

唯さんは決して1人じゃありませんから」


この答えが正解か分かりません。

でも旅立ちは不安で寂しいものです。

唯さんは親友や最愛の人(有一さん)と別れるのですから尚更でしょう。


「ありがとうマスター」


少し笑ってくれました、良かったです。


「私が牛乳好きなら有一と付き合えたかな?」


「はい?」


唯さん何を?


「私が順子みたいに3リットルの牛乳を毎日飲んでいたら有一と付き合えたかなと聞いたんだ」


何とお答えしたら良いのでしょう?


「ちょっと唯、私は毎日3リットルも飲んで無いわよ!」


後ろから聞こえた大きな声、もちろん誰か分かります。


「冗談だ、順子」


「いらっしゃいませ」


十河(そごう)順子さんです。

彼女も若いお姿、懐かしいです。


「全く唯は...で今日はどうしたの?」


「まあ順子、ここは喫茶店だ。先に何か飲め。1杯なら奢ってやる」


「何それ?」


唯さんの言葉に毒気を抜かれた順子さんもホットミルクを注文され、唯さんの向かいの席に座られました。

この先は過去に無かった展開です。


「どうぞ」


順子さんのミルクをテーブルに運びカウンターに戻ろうとした時、


「順子が知らない有一の事を教えてやる」


「え!?」


突然の唯さんから発せられた言葉、順子さんも思わず大きな声が出てしまった様です。


「もうすぐお別れなんだ、順子が知らない事を、中学時代の事や私だけが知ってる有一の事を教えてやる」


「唯、あなた何を?」


「唯さん」


「聞いてくれ...」


唯さんは真剣な目差しで順子さんを見詰めます。

そして手は私のズボンを掴んでます。


「分かった、唯教えて」


順子さんも真剣な顔で頷きました。

私は動けません、仕方無いです。


「有一はああ見えて嘘が苦手だ。

嘘を吐くとき左下を見る癖がある」


「そうなんだ?」


「中学の修学旅行で有一の隣の席の取り合いになって同じクラスだった志穂が助けたんだ。

『有様は皆のものよ!宜しくって』ってな」


「へぇ...」


唯さんは次々と有一さんとの思い出を話されます。

それは私も初めて聞く事ばかりで、順子さんも唯さんの意図を理解した様です。


唯さんは吐き出したいのです。

順子さんが知らない有一さんとの思い出を、有一さんへの想いを。


「...これで全部だ」


どれくらいの時間が経ったのでしょうか?

唯さんは涙を堪えて順子さんに呟かれました。


「ありがとう唯、本当にありがとう...」


順子さんも涙を堪えて微笑まれました。


「順子今日はありがとう、話は以上だ」


「分かった、唯元気で...またね」


「ああ」


順子さんは一気にミルクを飲み干しテーブルを立ちます。

唯さんの涙を見ない為、自分の涙を見せない為に。


「マスターごめん」


扉の閉まった音が聞こえると唯さんは私のズボンをようやく離されました。


「いいえ」


私はテーブルのカップを片付けてカウンターに戻ります。

そして1つのカップに飲み物を用意して唯さんのテーブルに戻りました。


「どうぞ」


「カフェオレ...」


「はい」


「...美味しい」


唯さんの涙が止めどなく流れます。


「もう1つあった」


「何でしょう?」


「有一はカフェオレに砂糖を1杯半入れるのが好きなんだ、『美味しい』って、いつも笑って...有一、いつも...」


「唯さん」


「何?」


「よく頑張りましたね」


「うん...有一...有...」


泣きじゃくる唯さん、今は辛いでしょうが大丈夫です。

唯さんは素晴らしい出合いをされて、幸せな結婚をされますから。


そう心で呟きながら唯さんに微笑みを...



また白い靄が...



「ふむ」


どうやらまた次ですか。

店内は最近になって来ましたね。

私の手も随分と皺が目立ってきました。


「マスター!」


「久し振り、これお土産」


「いらっしゃいませ、ありがとうございます」


私は遠慮なく土産の袋をいただきます。

この方達とは長い付き合いですから。


「浩二さん、薬師様、どうぞ此方へ」


すっかり成人されたお二人、さて何か有りましたかね?

そんな事を考えながら、いつもの席に案内をするのでした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ