大丈夫ですよ。
「さあこちらに」
落ち着かない様子の祐一さんをテーブルに案内します。
これから何が始まるか、もちろん覚えていますよ。
「あ、あの...」
「はい」
「注文を...」
「はいどうぞ」
「......」
黙ってしまいました。
前回もこうでしたね、でも私は焦りません。
笑顔で祐一さんが話せるまで待ちます。
しかし可愛いですね、柚さんが言ってました。
『祐ちゃんは男の娘の元祖なんだよ』と。
「ぼ、俺はホットで」
「はい、かしこまりました」
聞き終え直ぐにカウンターに戻ります。
どうしましょうか、祐一さんはコーヒーが苦手なんですよ。
前回は結局1口だけ飲んで、
『やっぱり僕はダメなんだ...』
そう言って項垂れてしまいました。
理由は後で分かったんですがね。
「お待たせしました」
「あ、ありがとうって、これは?」
祐一さんは目を丸くしています。
テーブルに置いたのはホットコーヒーではなくホットケーキですから。
そしてホットミルクも並べます。
「さあ温かいうちに」
「あ、はい...」
バターを塗りシロップを掛けホットケーキを切り分け口に運ぶ祐一さん。
その仕草は本当に女の子の様ですね。
「美味しい...」
そう呟き微笑まれますが寂しそうです。
幸いにも店内には祐一さん以外のお客様は居ません。
食べ終わった頃に私はそっと声を掛けました。
「余り無理をなさらないで」
「え?」
「祐一さんはそのままで良いのですよ」
「何故?僕、え?」
驚いてますね、前回は分かりませんでしたが祐一さんはこの頃悩まれていたのです。
高校生活をこのまま浩二さんと過ごして良いのか、男らしく振る舞い、男友達として一生付き合って行った方が浩二さんの負担にならないのでは無いかと。
「大丈夫ですよ、浩二さんはそのままの祐一さんを受け入れてくれますから」
「な、何で分かるの...?」
唖然とされる祐一さん。
それは私がこの後30年以上貴方達を見てきたからと言いたいですが...どうしましょう。
「好きなんだ」
「祐一さん...」
「僕、浩二君が好きなんだ。
でも僕は男だし、浩二君に気持ちを知られたらと思うと怖くて...」
困りました、祐一さんは涙を浮かべてしまいました。
ここは私の考えを伝えましょう。
「私も少し分かります」
「え?」
「私も高校の頃に寮で同室だった男性に憧れの気持ちを持ちましたから」
「そうなの?」
「ええ、凄くハンサムで勉強も出来て学校の皆から慕われる人気者でしてね」
「それでマスターはどうしたの?」
食い付きましたね、少し恥ずかしい記憶ですがさらけ出しましょう。
「毎日コーヒーを淹れました」
「コーヒーを?」
「はい、私の淹れたコーヒーを『旨い』そう言って笑ってくれましてね。
料理人になった原点はこれでした」
脳裏に浮かぶ懐かしい光景、私の心に熱い物がよみがえります。
「その人とは?」
「卒業以来会ってません」
「え?」
「彼は医者になる為、遠い大学に進みました。
私も料理の道に進む為、遠く離れたホテルに就職しましたから」
「後悔しなかった?」
「ありますよ」
「やっぱり有るんだ...」
「全く後悔の無い人生はつまらないですよ、でも今の人生は決して悪くありません。
素晴らしい人達と出会い、結婚もしました。
なにより浩二さんを始めとする皆さまと出会えましたから」
「そうだよね、僕も浩二君と出会えたもん」
「ええ」
気持ちの整理が着いたのでしょう、祐一さんは素敵な笑顔を見せてくれました。
「浩二さんは祐一さんを受け入れてくれます。
浩二さんだけでは無いです、由香さんも佑樹さん、和歌子さん皆そのままの祐一さんが大好きですから」
「ありがとうマスター...」
本当に綺麗ですね、もし祐一さんが女の子なら由香さんもうかうか出来なかったでしょうか?
いや由香さんはそれでも受け入れたでしょうね。
「飲み物をお持ちしますね」
食器を下げてカウンターに戻ります。
作るのは勿論、
「どうぞ」
「え?」
「大丈夫ですよ」
祐一さんはテーブルに置かれたコーヒーに固まってしまいました。
大丈夫、これは薬師さんも飲めたあのコーヒーです。
ミルクと砂糖もあらかじめ入ってますから。
「いただきます」
おそるおそるカップを口に運ばれます。
「美味しい...」
笑顔の祐一さん、眩しいですね。
「ありがとう、僕このまま浩二君と一生付き合って行きます」
「良かったです」
良かった、そう思っているとまた目の前が...
「ふむ」
またカウンターで私は1人立っています。
今度は...
「マスター、久し振り」
扉が開き懐かしい顔が覗きました。
これも嬉しい再会ですね。
どんな記憶が始まるのでしょうか?
「いらっしゃいませ唯さん」
坂倉唯さんの姿に胸が踊る私でした。