なかなかの告白でしたよ。
「さあこちらに」
懐かしい姿のお二人を席に案内します。
おいくつ位でしょうか?
私服では歳がよく分かりません。
先ほどの記憶では佑樹さんと和歌子さんは中学生でしたから、おそらく薬師さん達もそれくらいでしょう。
(おや?)
すれ違い様に薬師さんは私に目配せを...何かありましたかね?
とりあえず頷いておきましょう。
「何にいたしましょう?」
「そうね、私はいつもの」
「はい、かしこまりました」
白石さんの『いつもの』とはココアですね、これは大人になっても変わらない定番でしたから。
さて薬師さんは何を頼むのでしょうか?
まだコーヒーは早かったですね。
「マスター俺ペッパーを」
「はい?」
はて、ペッパーとは何でしょうか?
「だからドクターだよ」
「明信それ美味しいの?テレビでコマーシャルしてるけど」
お二人の会話に1つの飲み物を思い出します。
そう言えば短期間ですが有りましたね、余り人気が出なくて直ぐに姿を消したドクターが。
「かしこまりました」
カウンターに戻り早速飲み物を作ります。
と言っても作るのはココアだけです、薬師さんの飲み物は冷蔵庫から缶を取り出し氷の入ったグラスに移すだけです。
「懐かし臭いですね」
缶から立ち上がる臭いと共に今回の記憶が甦って来ました。
そうですよ、今日薬師さんは白石さんに告白するんです。
もちろん白石さんのお返事は...
「また見られるなんて」
思わず顔が綻びました。
カウンターからお二人の様子を見ます。
仲良く鞄から出したパンフレットを見ています。
あれは今日二人が映画館で観た映画のパンフレット、そうコーラスです。
「お待たせしました」
「ありがとうマスター」
「サンキューマスター」
テーブルに飲み物を並べます。
薬師さんは勢いよくストローに吸い付きます。
緊張で喉がカラカラなんですね。
「ウップ」
やはりですね、馴染みの無い臭いが当時の日本人に受け入れられなかったのです。
でも私は正直好きでしたよ、アイラウィスキーのスモーキーなピートに少し似ていて。
「大丈夫明信?」
頬を膨らませる薬師さんを見て心配そうな白石さん、お優しいですね。
「どうぞ」
薬師さんのテーブルにもう1つ飲み物を置きます。
「ま、マスターこれは...」
「コーラです、こちらにしましょう」
「ありがとう...」
少しばつの悪そうな顔で薬師さんはコーラを飲みます。
「やっぱりこれだよな」
薬師さんがほっとした所でカウンターに急ぎ戻ります。
前回はペッパーを無理して飲んで青白い顔での告白になりましたから。
「さて」
私は壁際に置かれたステレオセットに向かい薬師さんから事前に渡されていた音楽を流すのです。
CDの再生スイッチを押してカウンター奥に引っ込みます。
告白の瞬間を見るのは行儀が悪いですから。
「あれ?」
「おや?」
「なにこれ?」
スピーカーから流れてきたのはバルボアのテーマ。
何故です?確か薬師さんから預かったのは映画コーラスのサントラ盤のレコードの筈...
「いけない!」
うっかりしてました、この時代(1985年)はまだLPレコードが一般的でした。
このCDは浩二さんから借りたんです『感動するからマスターも聞きなよ』と。
「や、薬師さん...」
恐る恐る薬師さん達のテーブルに向かいます。
「ああ」
「マスター、明信が...」
薬師さんは上体を倒してテーブルに頭をぶつけたまま微動だにしません。
白石さんが心配そうに、でも呆れたような顔で薬師さんを見てます。
私はなんと言うへまをしたのでしょう。
これでは薬師さんの未来が、柚さんに会えなくなってしまいます。
それは絶対に不味いです。
「白石さん申し訳ありません」
「マスター?」
私が頭を下げると白石さんが驚いてますが、構わず続けます。
「幸せな時間に水を差してしまいました」
「え、幸せな時間?」
「はい、薬師さんと映画に行かれたんですね。
白石さん、幸せなお顔をされて...」
「あ、え?何で?」
思わず両頬に手を当てられる白石さん、この時点で薬師さんの『告白はまだかと待っていた』と後日ソッと教えてくれましたから。
「薬師さん、頑張って」
去り際にソッと薬師さんの肩に手を置いてカウンターに戻ります。
「き、杏子、あの、俺...」
聞こえません、後は運命ですね。
「マスター良いですか?」
数分後、薬師さんの声に急いでテーブルに駆けつけます。
「はい」
「あの、マスターありがとう...」
「マスターありがとう、やっと1つ進めたよ...」
真っ赤なお顔のお二人。
良かったです、未来は守られましたね。
(私が招いた危機でしたが)
「それでは飲み物を」
私はテーブルに温かな飲み物を2つ並べます。
「え?俺コーヒーは...」
「明信まだ駄目なの?」
コーヒーを見ながら固まる薬師さんです。
でも安心して下さい。
「大丈夫です、美味しく頂けますよ」
「本当に?」
「はい」
私は自信一杯に頷きます。
「あ、美味しい」
先ず先に白石さんが口を着けました。
さりげなく薬師さんの為に確認して上げる優しさが微笑ましいです。
「そうか?それなら」
薬師さんも漸く口を着けます。
「本当だ...」
びっくりした様子の薬師さん、これは柚さんと作り上げたコーヒーなんです。
豆の焙煎を浅くした物を使い、温度も時間も柚さんと研究して...
「(柚さん)お待ちしてますよ...」
薬師さんと白石さんに語り掛けます。
「え?」
「何を?」
お二人は不思議な顔で私を見つめます。
「内緒です」
これは言えませんよね。
「おや?」
そうですか、また次なんですね。
目の前の霞みに私は期待を膨らませます。
「ほう」
カウンターの中から店内を見渡します。
「まだそれほど時間が経ってませんね」
余り変化の無い店内です。
「こんにちは...」
「あなたは...」
遠慮しがちに扉が開き、現れた意外な人に私は絶句します。
そう、何度か来店はされてましたが1人で来られたのはこの時だけでしょう。
「いらっしゃいませ、祐一さん」
可愛いお客様をお迎えするのでした。