俺のプロポーズ。 後編
ある日曜の昼下がり、私(山添由香33歳)は隣に住む伊藤律子さんの自宅に呼ばれた。
「せっかくの休みにごめんなさい」
律子さんは優しい笑みを浮かべ奥のソファに私を座らせた。
「気にしないで、今日浩二さんは朝から出掛けて留守だからお誘い嬉しいわ」
「あらそうなの?」
「市の主催する無料の医療相談会に私のお父さんと一緒に」
「由香さんのお父さんも?」
「ええ、浩二さんの影響かしら」
「そうかもね」
お父さんが浩二さんに影響されたのは間違いない。
あの人に影響されない人は殆どいないと思う。
「紅茶で良いかしら?」
「ありがとう」
慣れた手つきで紅茶を淹れてくれる。
それは優雅で、さすがは2度目の人生を歩んでいる貫禄を感じさせた。
「どうしたの?」
私が仕草を見詰めていると不思議そうな顔で聞いた。
「さすがだなって」
「さすが?」
「律子さんを見ていると自信無くしちゃうわ」
「あら?」
そう言って律子さんは静かに微笑んだ。
なんて美しいんだろう、今世では浩二さんと結ばれず悲しい運命に翻弄されたのに何故律子さんはこれ程美しく輝けるのだろう?
「由香さんと浩二さんのお陰よ」
私の胸中を見透かされたようだ。
「私と浩二さんの?」
「ええ、前世で浩二さんの妻だった事に後悔は全く無い。
確かに子供は恵まれなかったけど幸せだったもの。
今世では浩二さんと結ばれ無かったけど、再び浩二さんと出会えた。
そして由香、貴女に会えた。
だから私の人生は幸せになったのよ」
「律子さん...」
私は涙を堪える事が出来ない。
熱い涙が私の頬を伝った。
「ほら泣かない、2人の娘のお母さんでしょ」
優しく私の背中を撫でてくれた。
私は確信する。
間違いない、律子さんと前世で夫婦だったから今の浩二さんが出来たんだ。
前世も浩二さんと一緒の小学校に行っていたと聞いている私だが前回は結ばれ無かった。
(詳しく教えてくれないが)
きっと前世の浩二さんは今の浩二さんと違う性格だったのだろう。
私は前世の記憶が無い。
だけど間違いない、今の人生は前回の人生より絶対に幸せだ。
「それに浩一と知香ちゃんが結婚すれば...ね?」
律子さんはイタズラっぼく笑う。
娘の知香は律子さんの息子の浩一君と相思相愛で(決して狙っていた訳ではない)自然な流れで行けばそうなるだろう。
「そうね、そうなれば律子さんと私達は本当の家族よね」
「そして知香ちゃんと浩一の間に子供が産まれたら私達の孫よ、本当の血の繋がった家族が出来るのよ」
律子さんの嬉しそうな顔を見てると近い将来に起きそうな気がしてくる。
「待ち遠しいな」
「そうね、でもまだ浩一は高校生だし」
「知香もまだ中学生よ」
「こんな話あの人が聞いたら...」
「「大変な事よね」」
私達は顔を見合わせて笑う。
浩二さんは浩一君を認めている。
でも娘のお婿さんとなると踏ん切りがつかないみたいだ。
「でも由香さん、浩一の結婚より先にしなきゃいけない事があるわよ」
「何かしら?」
「浩二さんと由香さんの結婚式よ」
「え?」
律子さんの言葉に私の頭は真っ白になる。
確かに私達は結婚式を挙げてないけど、気付けば入籍して15年、子供も14歳と13歳になった。
周りの友人達の式を見ていると昔は確かに憧れはあった。
しかし今の幸せな生活を送っているとこれ以上の幸せは贅沢過ぎる気がして最近はあまり考える事が無くなっていた。
でも改めて言われると結婚式は挙げたいのが本音だ、でも...
「私は前世、浩二さんと素晴らしい結婚式を挙げたの。
だから由香さんも絶対にあの人と素晴らしい式を挙げて」
私が躊躇いを捨てきれないと見るや律子さんは畳み込む。
「で、でも式の準備となると大変な事よ、みんな忙しいから人数集まるかしら?」
律子さんに押されて私は結婚式を挙げる気持ちになって来た。
「実はもう準備を」
「え?」
更に意外な律子さんの言葉!
律子さんは1冊のファイルを私に差し出した。
「これは?」
「出席者名簿よ」
中を改めると沢山の名前が書かれていた。
「浩二さんの知り合いはみんな出席したいって大変だったの。
人数のキャパもあるから祐ちゃんや和歌子さん、瑠璃子さん。
そして順子さん達で選らんで貰ったの」
「でしょうね」
浩二さんは顔が広い、それに加えて皆浩二さんが大好きだ。
そんな浩二さんの結婚式となると何を置いても出席したくなるだろう。
名簿にある名前は全て欠かす事の出来ない人達だった。
「ありがとうございます...」
ファイルを胸に抱いて律子さんに頭を下げた。
「あの人からプロポーズは?」
「え?」
「まさか、まだ?」
律子さんは絶句しているが、
私はもう随分前にプロポーズをして貰っている。
それは子供が授かるずっと前に。
中学時代、浩二さんが意識不明から目覚めた時、そして高校時代、浩二さんが不妊の過去を告白して...初めて結ばれた時。
「ちゃんとプロポーズされましたよ、中学時代と高校時代に」
「そんな前に?」
「ええ」
「でも由香さんはまだ子供だったでしょ?」
「確かに子供の頃の話です。
でも受け止めたんです。
それは浩二さんからの大切なプロポーズでした」
私はしっかり律子さんを見つめる。
「成る程、だから由香さんは...」
そう言って律子さんはもう1度私をそっと抱き締めた。
「律子さん...ありがとうございます...」
「...いいえ、こちらこそ...」
そうして私と浩二さんは素晴らしい結婚式を挙げる事が出来ました。
『ありがとう律子さん、貴女が前世で浩二さんの奥さんだった事に感謝します』
番外編はこれで完結します。
沢山の感想とブクマ、評価ありがとうございました。
また書きたい事が出来ましたら更新したいと思います。
完結後にブクマが100件以上増えて私自身驚きの連続でした。
本当にありがとうございました!