俺のプロポーズ。 前編
「今日は忙しいところありがとうございます」
私(伊藤律子32歳)は自宅に1組の親子を呼び出した。
「いいのよ、一度は2人でお話してみたいと思ってたから」
山添有一の奥さんで現在は眼科医の山添順子さんはそう言って微笑んだ。
因みに娘さんの光希ちゃん(1歳)はベッドでお休み中だ。
浩一のお古だがまだまだ使えるね。
「そうですか、私もです」
「で今日は?」
「ええ浩二さんと由香さんの結婚式の件です」
まだ結婚式を挙げてない浩二さんと由香さんの為に一肌脱ぐつもりで順子さんを呼び出した。
「...凄いわね」
順子さんは私を見ながら呟いた。
彼女は私の秘密を知っている。
[前世で浩二さんと夫婦だった事]
「私は由香さんに深い大きな恩があります。
彼女が居なければ私は今日こうして幸せに暮らせている事は無かったと分かってますから」
私は真剣な眼差しで順子さんを見た。
「そう、分かった。貴方は本当に凄いわね」
順子さんはふっと笑いながら頷いた。
「確認なんだけど律子さんは前世の私が...」
言いたい事は分かるけど知らないんだよね。
「ごめんなさい、聞いてると思いますが分かりません。
ただあの人が言うには中学に上がる頃には有一さんの前にあなたは姿を見せなくなってしまったと」
「諦めたんだ」
「だと思います」
「前世では同じ岸島中学だったと聞いているのにね」
「ええ」
「前世も(有一さんは)鈍感だったのね」
「そうでしょうね」
返事をしながら私は前世の有一さんを思い出す。
人当たりがよく、優しい性格に独身である事が信じられなかった。
「ねえ律子さん」
「はい」
「もし良かったら教えてくれる?」
「教える?」
「ええ前世の浩二さんの事、そしてプロポーズを」
順子さんの言葉に私は昔を思い出す。
前世、浩二さんから貰った言葉を...
「ごめん言いたくないよね」
「いえ、由香さんには言いましたから」
「え?」
「私が妊娠して記憶が戻った時に」
「あの時?」
「はい」
私は高校1年で妊娠してしまい相手方の家から堕胎を迫られ逃げて、その時に順子さんに助けて貰った。
あの時順子さんに会わなかったら由香さんと会えなかったかもしれない。
何も出来ず地元に連れ戻され酷い運命に翻弄されていただろう。
だから順子さんも私の恩人なのだ。
「出会いは23歳の時です」
私は前世で23歳の時に浩二さんと出会った。
前世の浩二さんは大阪にあった大学の4年生。
私は普通のOLだった。
ある日同僚に誘われた飲み会。
人数合わせで参加した私は特に期待する訳でなくただ場の空気を壊さない様に振る舞っていた。
しかし初めて会った浩二さんはお酒ばかり飲んで
周りと会話もせず何しに来たのか不思議でならなかった。
『上手い(酒)ですね』
私の視線に気づいた浩二さんは照れる事無く赤くなった顔で笑った。
『...はあ』
これが私と浩二さんの初めての会話だ。
何とも締まらない話だが事実だけに仕方ない。
「何それ?」
話を聞いた順子さんが目を丸くした。
信じられないよね、『あの浩二さんが?』って思うよ。
「でも惹かれたんです」
「惹かれた?」
「ええ、あの笑顔にです」
「笑顔か...納得ね」
「ええ、でも前世の浩二さんは今(現世)みたいに余り笑わなかったんですよ、自分の事も『俺』だったし」
「...信じられないわ」
「それで何故この人はあんな魅力的な笑顔を見せないのか?って疑問に思っちゃって」
「それで?」
「お金を返しに来た時に私からご飯を誘ったんです」
「お金を返す?」
「はい、あの人飲み会の酒代は別途支払なのを忘れて飲み続けて足が出たんです」
「何それ!?」
順子さんは呆れた顔をした。
そうだよね由香さんも呆れてたもん。
「あの人は途中から仕送り無しで学生生活していたんです」
「え?」
「何でも実家の事業が苦しくなって言えなかったそうです」
「へえ」
「それでアルバイトを掛け持ちしながらの学生生活だったんです」
「有一さんも?」
「有一さんも学生でアルバイトを掛け持ちしていたそうですよ。
でも有一さんは実家から大学に行ってましたし家庭教師を複数していたから浩二さん程苦しく無かったそうです」
「家庭教師か、あの人らしいわね」
「ええ、それで浩二さんも家庭教師を」
「したの?」
「でも有一さん程は貰えなかったと当時ぼやいてました」
「どうして?」
「学歴格差と言ってました」
有一さんは現世の東大程では無いが地元の国立大学の医学生、浩二さんは地方の公立大、当然格差は出たのだろう。
「それで私は社会人でしたからご飯を奢ったり、デートも殆ど私が持ってましたね」
「凄いわね律子さん」
「まあ好きでしたから」
「あらご馳走様」
「ありがとうございます」
私が笑うと順子さんも笑い出して暫く2人で笑い合った。
「それで浩二さんは卒業してから地元に戻らず関西で勤め出して」
「どうして地元に帰らなかったのかしら?」
「『俺は逃げてしまった』って言ってました」
「逃げた?」
「はい、兄から逃げて、家族からも逃げたって」
「まさか...」
「私も詳しくは聞けませんでした。寂しそうな顔でしたから」
「有一さんと仲が良くなかったのかな?」
「それは無かったです」
「即答ね」
「ええ」
浩二さんは有一さんを慕っていた、
いつも『兄貴は凄い』と私に何度も言っていた。
実際有一さんとお逢いした時も現世同様優しくとても浩二さんを気にしていた。
「それでプロポーズは?」
「そうでしたね、あれは私が24歳の時です。
浩二さんの転勤が決まって」
「転勤?」
「はい福岡に」
「福岡?」
「ええ、それで私に言ったんです。
あの人の誕生日をお祝いした後、
『律子俺は離れたくない。一緒に来ないか』って」
「それで?」
「.....」
「どうしたの?」
「す、すみません」
私の脳裏にあの日の事が浮かんできた。
あの日プロポーズを受けた夜に初めて私は浩二さんと...
「素晴らしい想い出みたいね」
顔が熱い。きっと私は顔を真っ赤にしているのだろう。
もう30歳を越えてるのに恥ずかしい。
「ええ、だからこそ私は由香さんに式をしてほしいんです」
「分かった、ありがとう。ぜひ協力させて」
「ありがとうございます順子さん」
こうして私達は浩二さんと由香さんの結婚式に向けて準備を始めた。