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兄貴への恋を実らせてあげたい!  作者: じいちゃんっ子
番外編みんなのプロポーズ。
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兄貴のプロポーズ。 後編

その日僕(山添有一27歳)は友人の薬師明信君に呼ばれて研究室の帰り喫茶店に寄った。


「こんにちは有一さん」


「こんにちはマスター、いつもお元気そうでなによりです」


「ありがとうございます、薬師様がお待ちですよ」


僕は研究に行き詰まるとこの喫茶店に来る事がある。

マスターと何気無い会話をしたり研究資料を見直したりすると良いアイデアが浮かんで来る事があるんだ。

マスターと軽く挨拶を済ませた僕はいつものテーブルで先に席に着いていた薬師君の向かいに座りカフェオレを注文する。


「悪いな有一」


「大丈夫だよ、それより薬師君こそ良いの?」


「何が?」


「まだ新婚でしょ?」


薬師君は去年結婚式を挙げた。

なかなか式を挙げるまで大変だったみたいで式場では薬師君も白石さんも凄く泣いていた。

(そう言えば珍しく浩二も泣いてた)


「まあな、でも杏子は1ヶ月前からイタリアだよ」


「イタリア?」


「ああ、オーケストラのツアーで指名されてな」


「ごめん」


僕は軽はずみな事を言ってしまった。


「良いよ、来週には帰って来るし。俺も先週まで北海道だったからそんなに寂しくは無かったよ」


「北海道?」


「ああ、昆布と鮭の買い付けだ」


「昆布と鮭?」


「商社マンて言っても下っ端はそんなもんだよ」


薬師君は自嘲気味に笑うが明らかに悲しそうな笑顔だった。


「お待たせしました」


話が一段落した所でマスターは飲み物を持ってきた。いつもタイミングが凄い。


「有一こそ忙しかったんだろ?」


薬師君がカフェオレを飲む僕に聞く。


「大丈夫だよ、何とか仕上がったからね」


僕は紙袋に入った荷物をポンと叩いた。


「論文か?」


「うん。次の学会で発表するんだよ」


「学会って日本のか?」


「ううん、アメリカだよ」


「それじゃ英論文か?」


「まあ一応ね」


「凄いな!」


薬師君は驚いているが僕は少し気恥ずかしさを覚える。


「どうした?」


「まだチェックが残ってるんだ」


「チェック?」


「うん持って帰ってから順ちゃんのチェックをね」


「順ちゃんのチェック?」


不思議そうな顔の薬師君に僕は説明をする。

順ちゃんがチェックしてくれた英語の論文は僕の書いた物より分かりやすく理路整然な物になる。


元々英語が得意だった順ちゃんは僕の為に論文の添削方法を一生懸命勉強してくれた。

更に家で発表のリハーサルまで付き合ってくれる。


十河(十河順子)は凄いな」


「まあね」


順ちゃんが褒められるのは素直に嬉しい。

僕の評価は順ちゃんと一緒に得たものだから。


「有一、十河を幸せにしないと駄目だぜ」


「もちろんだよ」


「ならプロポーズはしたのか?」


「え?」


「結婚する気はあるんだろ?」


薬師君の真剣な眼差しに僕は怯んでしまう。

なぜなら僕はまだ順ちゃんに結婚の話をした事は無いからだ。

漠然と『結婚するんだろうな』と考えているが忙しさにかまけて順ちゃんに何も言った事がなかった。


「有一?」


「あ、ごめん」


黙りこむ僕を見て薬師君は想像がついた様だ。


「有一、お前のやっている事は素晴らしいよ。大勢の人を助け夢や希望を与える素晴らしい研究だ。

だがな十河の幸せも考えてやれよ」


「うん。順ちゃんが何も言わないからつい...」


「言わないのは相手の事を考えて自分の感情を殺して出してないだけだ。

もちろん世の中の人全員が結婚したい人ばかりじゃ無い。

だがな有一、十河...いや順子さんはお前のプロポーズを待ち焦がれているぞ」


「薬師君...」


「俺もそうだったよ...

『待つのは得意だ』なんて強がっていたが本当は杏子といつも居たかった。

考えてもみろ6年だぞ?

高校、大学の青春時代の6年間殆ど会えなかったんだ。

辛かったよ、幸せそうに付き合っている奴を見るのが」


「ごめん...」


「謝るなよ、そんなつもりで言ったんじゃない。

俺の場合辛かったのは杏子も同じだったんだしな。

だからこそ分かるんだよ。

結婚して行く友人達を見てただ待つしか出来ない十河順子の気持ちがな」


「ありがとう薬師君」


「早くしてやれよ、指輪より先に言葉だけでも充分だから」


「分かった!」


薬師君に頭を下げて喫茶店を出る。

店を出るとき薬師君とマスターが握手をするのが見えた。


「ただいま!」


「おかえりなさい。どうしたの?」


家の扉を開けると順ちゃんは汗を一杯掻いた僕の顔を見て驚いた顔をした。


「あ...えーと、論文出来たよ」


「お疲れ様、早速後で見ます。先にお風呂どうぞ、夕飯の支度しますね」


「ありがとう」


(いきなり玄関で『結婚しよう』は無いよね)

僕は荷物を順ちゃんに渡して部屋に上がりお風呂に入りながら1人プロポーズの言葉を幾つか口ずさむ。


「待たしてごめん、順ちゃん結婚しよう」


うん、これが1番シンプルで良いよね。

プロポーズの言葉も決まり着替えてからリビングに行くとテーブルの上にはご馳走が並んでいた。


「どうしたの?」


「まさか忘れてるの?」


「え?」


うっかりしていた、今日は2月14日バレンタインデーで順ちゃんの誕生日た。

研究室にここの所ずっと篭っていたから日にちの感覚が狂っていたみたいだ。


「忘れてたのね」


「うん」


僕が頭を下げると順ちゃんは少し笑った。

席に座りグラスにワインを注いでくれる。

僕はお酒は余り強くない。

(けど順ちゃんは凄く強い)


「順ちゃんお誕生日おめでとう!」


「ありがとう」


グラスを合わせ順ちゃんの作ってくれたご馳走に舌鼓をうちながら会話を楽しむ。


「誕生日を忘れちゃう位だから仕方ないよね...」


途中でふと洩らした順ちゃんの言葉、いつもの僕なら気づきもしないが今日は気づく。


「順ちゃん、いや順子さん」


僕は姿勢をただして順ちゃんを見つめる。


「何?」


「僕は凄く幸せです。それはあなたと一緒に居るからです。

あなたが好きです。愛してます。

結婚して下さい」


「ゆ、有一さん...」


順ちゃんは涙を流しながら僕の傍に来る。


「私も愛してる!!」


「わ!」


膝立ちになった順ちゃんは僕を胸に抱き締めた。


「これから式場を決めなくっちゃね」


順ちゃんが泣き止んだ頃を見て呟いた。


「あの有一さん...」


「何?」


「実は式場ですが...」


順ちゃんは少し気まずそうな顔で紙袋を持ってきた。

その紙袋には[エンペリアルホテル]と印字されていた。


「これは?」


「由香さんと志穂と美穂が私にって、

でも有一さんが嫌なら良いのよ!」


順ちゃんは真っ赤な顔で俯く。

そんな顔されちゃ嫌なんて言えないじゃないか(嫌じゃないけど)


「見せて」


僕はテーブルの上に結婚式場のパンフレットを広げる。

成る程凄いな、流石はエンペリアルホテル。

東京の1流ホテルにも引けを取らないな。


「ん?申込書?」


僕は書き込まれた申込書を見つけ唖然とする。

そこには僕の名前と順ちゃんの名前が書き込まれていた。

何より驚いたのは


「この字...」


「ええ、橋本教授が申込書を書いたそうよ」


「やっぱり」


挙式予定日も調度研究室が暇な頃にしてある。

今日の薬師君の事といい式場の事といい、これは完全にやられたな。


「有一さん...ごめんなさい勝手に決められて嫌なら...」


「嫌な訳ないじゃないか!」


「え?」


満面の笑みで僕は順ちゃんを見つめる。


「こんなにみんな僕達を思ってくれてるんだよ、

嫌な訳無いよ!」


「有一さん!」


感極まった順ちゃんはもう一度僕を抱き締める。

僕も順ちゃんを抱き締めた。


「ありがとうみんな、ありがとう」


僕は何度も呟いた。



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