兄貴のプロポーズ。 中編
その日俺(山添浩二25歳)は兄貴の話をする為、橋本の本家を訪ねていた。
「浩二君、久し振りだね」
「ご無沙汰しております」
本家の母屋の応接間。
扉の向こうにいたのは橋本隆一さん。
俺の妻、由香の伯父で兄貴が所属している研究室の代表だ。
「まあ座りたまえ」
隆一さんに促され俺はソファに腰を降ろす。
相変わらず柔らかいクッションだ。
「これはつまらない物ですが」
「いつもすまんね」
俺が差し出した紙袋を隆一さんは嬉しそうに受けとる。
「ほう!これは凄い!」
紙袋の中に入っていたのは2本の洋酒の箱、本場のスコッチウイスキーだ。
「一体どうやって毎回仕入れるのかね?これはかなりのレア物だよ」
箱を開けて洋酒の瓶を眺めながら隆一さんは聞く。
確かにこの時代(90年中頃)本場のスコッチウイスキーは高価で特に30年物は日本では中々手に入れるのが困難だった。
しかし俺は前世の記憶がある。
前世で珍しい酒を取り寄せる時に利用していた老舗の洋酒専門店に現世でも足しげく通いつめ店主と懇意になる事でようやく手に入れたのだ。
「まあ色々です」
「それも前世の記憶かね」
俺の前世の記憶を信じないと言いながらこの時ばかりは信じる隆一さんだ。
「後で飲まして貰うよ、で今日の話だが」
「ええ隆一さん、ありがとうございます」
「いや私は大した事はしてないよ、式場を押さえただけだからね」
隆一さんは何でも無い事の様に言うがエンペリアルホテルの教会と会場を押さえるのは普通に考えて1年以上前から予約をしなければ無理だ。
いや橋本家の力が無ければ予約すら取ることは出来なかったろう。
「それに有一君は私の期待を遥かに超える活躍だ。素晴らしい後継者を迎える事が出来て私は幸せだよ」
「そうですか」
満足気に笑う隆一さん、確かに兄貴は日本中の研究室から誘われたが橋本教授の研究チームに入ったから言葉に実感がこもっていた。
「しかし浩二君、有一君はまだプロポーズを済ましてないそうだね」
「ええ、僕もそう聞いてます」
「ふむ、確かに有一君は忙しいが相手の方とは一緒に暮らしているんだろう?」
「はい」
確かに兄貴は順子さんと大学から同棲を始めてもう10年近く一緒に暮らしている。
兄貴はここまで奥手だったのか。
俺も由香と式を挙げて無いが。
「余り有一君がモタモタしていると諦めきれなくなるよ」
「諦めですか?」
「私の娘達との結婚だよ」
「え?」
「冗談だよ」
驚く俺に隆一さんは不敵な笑みを浮かべる。
その目は冗談を言ってる目ではない。
「「お父様」」
部屋の扉がノックされ外から声が掛かる。
勿論聞き覚えのあるこの声は、
「志穂、美穂、帰ったのか?」
「はい失礼します」
扉が開くと志穂さんと美穂さんが姿を現した。幼い子供達と共に。
「おー帰ったか、じいちゃん寂しかったぞ」
先程までの厳しい目付きから一転して好好爺になった隆一さんが幼い孫達に抱き付く。
4人の孫に囲まれた隆一さんは本当に幸せそうだ。
「志穂さん、美穂さん、お疲れ様でした。順子さんどうでしたか?」
「ええ、順子ったら目を見開いたまま固まってましたわ」
「本当、その後の嬉しそうな顔、余程待ち焦がれていたんでしょう」
志穂さん達は嬉しそうに報告をしてくれる。
兄貴の事が好きだった2人だけど順子さんの事も本当に大切友人なのが分かる。
「ありがとうございました、それで由香は?」
「ああ、由香なら自宅に戻りましたわ」
俺と由香はまだ大学のある大阪に住んでいる。
もうすぐ地元に戻る予定だが新居はまだ家具が置かれたままで生活は出来ない。
だから今由香と子供達は由香の実家で生活している。
「浩二さんに伝言です。『渡したお酒を調子に乗って一緒に飲み過ぎないように』と」
「え?由香にお酒の事は言ってないのに」
俺は由香に分からない様にへそくりで購入した事がバレていた事に唖然とする。
「由香は流石だね」
「ええ」
「まったくです」
3人は唖然とする俺の顔を見ながら嬉しそうに笑った。
幸せそうな笑顔の志穂さんと美穂さん。
そして可愛い子供達だ。
提供された精子は誰の物か分からないが2人の母性は本物で隆一さんも孫達を完全に受け入れている様子に心底嬉しくなる。
「隆一さん借りを返せず申し訳ありません」
俺はお世話になりっぱなしで何1つ返せて無い事が申し訳なくなる。
「借りは返して貰ったよ」
隆一さんは有一郎君と有二郎を抱っこしながら満面の笑みで言った。
「え?」
隆一さんの予想外な言葉に驚いていると美穂さんの子供達がヨチヨチ歩きで俺にしがみつく。
「可愛いですね」
俺は思わず2人の子供達を抱っこする。
「「パーパ」」
「え?」
浩一郎君と浩二郎君が言った言葉に俺はまた唖然とする。
「今何と...」
「何も言ってません」
「はい何も聞こえませんでしたわ」
「いや、確かに...」
「浩二君、この子達のお父さんは病院に精子を保管されていた人すべてに可能性があるんだよ...」
有無を言わせぬ隆一さんの言葉に俺は深く考えるのは止めた。