佑樹のプロポーズ。 後編。
入院しているばあちゃんを見舞うため訪れた地元の病院。
そこで俺(川口佑樹21歳)は1人長椅子に座る和歌を見つけた。
「大丈夫だよ、少し風邪を拗らせて念の為の入院だから」
俺のばあちゃんが入院していると聞き和歌は酷く取り乱した。
宥めるが『大丈夫』って言葉を和歌は信用しない。
和歌の祖父は2年前に大丈夫と聞かされて入院したが結局そのまま帰らぬ人となったからだ。
だけど今回のばあちゃんの入院は実際にたいした事ではない。
もし重症なら和歌に言わないはずがないだろう。
和歌は勘が鋭い、いや和歌に限らず橋本(浩二の嫁)や川井(孝の彼女)の勘も鋭い。
今年の正月、地元に帰省した俺や浩二は、孝と合流して3人で酒を飲みに行き(女の子達は浩二の娘達に夢中だった)続けて孝の案内でスナックに行った時も帰宅するや忽ち3人ともバレて大変な目にあった。
「和歌ちゃん、川口君を見てごらん」
隣で静かに話を聞いていた橋本(いや今は山添か、面倒だから橋本で良いや)が言った。
和歌が俺の顔を静かに見つめる。
綺麗な目だ。試合の時に見せる野性的な物でなく慈しむ目に俺の鼓動は速くなる。
「本当ね、嘘じゃないみたい」
「だから単なる風邪だって!」
和歌に見つめられ顔が赤くなった俺は思わず語気が強くなる。
「和歌ちゃん、川口君と見舞いに行きなよ。
私は幼児を連れてるし、許可なく病室に見舞いに行けないから待ってるよ」
橋本は知香ちゃんを抱っこしながら笑顔だ。
「うん。佑樹お見舞い大丈夫かな?」
「ああ、もちろんだ。ばあちゃんも和歌を見たら喜ぶぜ」
「ありがとう、由香少し行ってくるね」
「行ってらっしゃい、下の待ち合い室にいるね」
橋本に見送られ俺と和歌はばあちゃんを見舞った。
ばあちゃんは俺より和歌の訪問に喜び抱き合って2人泣いていた。
「和歌ちゃん、佑ちゃんをお願いね」
「ええ。ですから、おばあさまも早く良くなって下さい」
「もちろんよ。佑ちゃんの結婚までは何としても元気でいたいと思っていたけど、次は佑ちゃんの子供を抱くまでは元気でいたいに変わりましたよ、ってすぐに抱けそうな気もするね」
イタズラっぽい目でばあちゃんは俺と和歌を見る。
「いや、あの、おばあさま、それはさすがに...」
「そうだよ、ばあちゃん和歌が困ってるだろ?」
「冗談ですよ、冗談」
そう言って笑うばあちゃんの顔は元気一杯で俺は嬉しくなった。
そうして見舞いを終え、下に降りると橋本は子供達と手遊びをしていた。
輝く笑顔で3人仲良く手遊びしている光景に俺と和歌は声が出ない。
いや病院に診察に来た人や看護婦や医師、事務員にいたるまで全ての人達は橋本と2人の子供達が笑顔で遊んでいる光景に目を奪われていた。
「あ、おにーたんとおねーたんが来たよ!」
俺と和歌に気がついた知香ちゃんが大きな声で呼び掛けながら手を振る。
「どうだった和歌ちゃん?」
「うん佑樹の言う通り元気だったよ、やっぱり会えて嬉しかった!」
「俺が1人行くより遥かにばあちゃん孝行が出来たぜ、ありがとう」
にこやかに笑いながら俺達は病院を後にした。
橋本はベビーカーを押している。
ベビーカーの中には下の子の藍香ちゃんが寝ていた。
ベビーカーに乗せるなり眠った藍香ちゃん、手の掛からない子だな。
俺は知香ちゃんの右手を握っている。
「なあ知香ちゃん」
「なーに、おにーたん?」
「知香ちゃんのママは強いな」
「うん。おとーたんより強いの!」
「そうだろうな」
「あら酷い、そんな事ないわよね知香?」
「ううん、おとーたん、いつも言ってるよ、ママは世界一らって!」
「知香ちゃんそれは意味が違うよ」
知香ちゃんの左手を握っている和歌が優しく言う。
「違うの?」
「うん知香ちゃんのお父さんはママが世界一好きだって意味よ」
「そうなんだー!」
「こら和歌ちゃん何を教えてるの?」
そう言いながら橋本は笑顔で頬を膨らました。
何て幸せそうな笑顔だろう。
[俺も和歌にあんな笑顔をあげたい]
いや何を考えているんだ?落ち着け!
自分の頭の中に和歌との結婚が離れなくなっていた。
「ここで良いわありがとう」
橋本は実家の医院の前で手を振る。
「おにーたん、おねーたん、またね!」
「おうまたな!浩二に宜しく言っといてくれ!」
「またね知香ちゃん、由香また連絡するわ!」
元気な知香ちゃんと手を振って別れ俺達は2人っ切りになる。
「...せっかく会えたんだし喫茶店でも行くか?」
「そうね。そうしましょ...」
言葉少なに喫茶店に向かった。
「こんにちは」
俺達は喫茶店の扉を開けた。
「おや、これは嬉しいお客様ですね」
マスターは変わらぬ笑顔で迎えてくれる。
昼下がりの店内、客もまばらでちょうどいい。
俺達は昼を食べて無かったので先に食事を済ませ飲み物を注文した。
俺の前にコーヒー、和歌の前に抹茶が置かれる。
「佑樹は今日帰るの?」
「いや今日は実家に泊まるよ。和歌は?」
「私も明日戻る予定よ」
「そうか...」
会話が止まってしまう。
さっきのばあちゃんの言葉が思い出されて俺達はなかなか話せない。
気がつくと店内には俺達以外の客はいなくなっていた。
「知香ちゃん可愛かったね」
和歌がポツリ呟く。
「ああ、さすがは浩二と橋本の娘だな」
「佑樹、由香はもう橋本じゃないよ」
「そうだ山添だよな」
「うん...私も川口に...」
和歌の言葉に俺は息を呑む。
「待ってくれ、そこからは俺に言わせてくれ」
和歌の言葉止めて手を握る。
「和歌子、結婚しよう。
俺と一緒に人生を歩んで下さい」
静かに和歌を見つめた。
目に涙が浮かび、やがて涙が静かに流れる。
「ありがとう佑樹。これからもお願いします」
和歌は静かに頭を下げた。
俺が見つめながら笑うと和歌も涙を流しながら微笑んだ。
「ありがとう和歌子、絶対幸せにするぜ!」