佑樹のプロポーズ。 前編
私(花谷和歌子22歳大学4年)は地元の小学校で3週間の教育実習を行う為に帰省していた。
昨日で実習も終わり今日はゆっくり休んで明日大学に戻る予定だった。
久し振りに地元へ戻った私はちょうど同じく帰省していた小学校以来の親友山添(旧姓橋本)由香と長女(知香ちゃん)の3歳時検診に同行していた。
「ありがとう和歌ちゃん。助かるわ」
由香は私に感謝をするが、私の方こそお礼を言いたい。
こんな可愛い子と手を繋いで一緒に歩けるなんて
「浩二はいつ大阪に戻ったの?」
嬉しくてにやつく顔を引き締めて由香に尋ねた。
「2日前よ、どうしても外せない実習があるんだって」
由香は寂しそうにベビーカーを押す。
教育実習が忙しくて由香に会えないまま今日を迎えてしまい浩二に会えなかったのは残念だ。
バギータイプのベビーカーの中には下の子(藍香ちゃゃん1歳8ヶ月)が寝ていた。
学生結婚で同じ大学に通う由香と浩二は本当に仲が良い。
「2人の子持ちなのに由香の所は相変わらず熱いね!」
少し親友を冷やかす。
「あら、和歌ちゃん達は冷めちゃったの?」
「う!」
見事な由香の切り返し、私は胸を押さえて後ずさる。
「おねーたん痛いの?」
可愛い知香ちゃんの健気な言葉に泣きそう(嬉し泣き)になる。
「大丈夫よ、知香ちゃんのお陰で痛いのどっかに行っちゃった!」
「しょー良かった!」
「はう!」
ニパッと笑う知香ちゃんの笑顔に思わず変な声が出る。
さすがは由香と浩二の子だ。
普通に3歳児と言うだけでも可愛いのに、由香と浩二のエッセンスが足され、とんでもない破壊力を持っていた。
由香は私の様子を微笑みながら見ている。
「...由香、あなたまた綺麗になったわね」
思わず呟いた。
お世辞でも何でも無い。
由香は元々綺麗だ、しかし結婚し(披露宴はまだだけど)母となった由香は包み込むような優しさが加わり女の私でさえ心を奪われそうになる。
「あら和歌ちゃんありがとう」
由香はさらっと流した。
「あれ否定しないのね?」
「うん、幸せが私の中から溢れてのが分かるもん!」
「そうなの?やっぱり更に綺麗になったのには訳があったのね?」
思わず由香に迫った。
「そうよ、和歌ちゃんも川口君と結婚したら...ね?」
「な!何言ってるの由香!」
「おねーたん、お顔真っ赤」
「もう2人共からかわないの!」
賑やかにお喋りしながら私達4人は病院に着いた。
受付を済ませ待ち合い室の長椅子に座る。
話題の尽きない私達、いくらでもお喋りできちゃう。
知香ちゃんも楽しそうにお喋りする由香に嬉しそうだ。
賑かな私達に関わらず藍香ちゃんは寝たまま、手のかからない子だね。
「山添知香ちゃん」
診察室の引き戸が開き中から看護婦さんに呼ばれる。
「はーい」
長椅子から知香ちゃんは元気に降りると診察室に駆け出す。
転ばないか心配な私も一緒に付いて行く。
「知香ちゃん気を付けて」
「うん!」
私の言葉に振り返りニッコリ笑う知香ちゃん。
やはり子供は天使だ。
私も佑樹との子供が欲しい...
(な、何を考えてる私?)
呆然とする私に看護婦さんが、
「お母さんもご一緒に」
と言われてますますパニックになる。
「お母たんはあっち、おねーたんはママのお友らち」
「あ、すみません!」
慌てて謝る看護婦さん。
私の方が母親に見えるのかな?
見た目?そりゃ由香より私の方が『お袋!』って感じは否定しないけど
「和歌ちゃんの母性よ」
笑顔の由香はベビーカーを押しながらすれ違い様に小さな声で私に囁き診察室に入った。
(そうか私が知香ちゃんを心配して追い掛ける様子に看護婦さんは間違えたのか!)
すっかり納得して1人長椅子で由香達を待っていた。
「あれ和歌?」
不意に名前を呼ばれた。
その声を聞いた途端私の心臓は早鐘を撞きだす。
「佑樹?」
「やっぱり和歌か?どうしたんだ、体の具合でも悪いのか?」
心配そうな顔で私の元に駆け寄る一際体の大きな青年。
長い足、鍛えぬかれた体、一目見れば誰もが振り返る精悍な顔。
「違うよ、今日は由香の上の子の知香ちゃんが3歳の定期検診で一緒に来ただけだよ」
思わず佑樹の顔に見とれそうになりながらなんとか事情を説明する。
「そうか良かった、てっきり怪我でもしたかと心配したぜ」
「ありがとう。ところで佑樹は何でここに居るの?佑樹こそ体の調子が悪いんじゃないの?」
「いや...たまたまだ」
私の言葉に佑樹は少し困った顔をする。
16年の付き合いだ、佑樹の心の中など透ける様に分かる。
「たまたまね、平日の昼間に100キロ以上
離れた同じ大学に通う2人が地元の病院で会うって、凄いたまたまだね」
少し圧を掛けた私の言葉に佑樹は溜め息を吐く。
何をしても佑樹は絵になる。
困った奴だ、佑樹も私も。
「分かったよ、説明する」
「宜しい」
佑樹は諦めた顔で隣に座った。
「昨日から実業団の設備の見学に近くに来ていたんだ」
「実業団って決めたの?」
佑樹はサッカーの大学選手権で毎年大活躍していた。今年卒業を迎えるに当たって熾烈な実業団のスカウト合戦に巻き込まれていた。
「まあな。やっぱり1番地元に近いこの実業団にするよ、設備やバックアップも悪くないし。
でも『やっぱりお前は要らない』って言われたら終わりだがな」
佑樹は少し笑う。
卒業したら私も地元で小学校の教師を目指している。
(もし採用されたら佑樹と2人一緒に地元で過ごせる!!)
私の笑顔は隠せる物で無くなっていた。
「和歌ちゃんお待たせ」
その時診察室から由香達が出てきた。
「おっす」
佑樹が由香達に手を上げる。
「あれ?」
「おにーたんだ!」
佑樹の姿を見た由香は目を丸くし、知香ちゃんは嬉しそうに駆け寄って来た。
「知香ちゃん久し振り、正月以来だな」
嬉しそうに佑樹は知香ちゃんを抱き上げた。
「川口君どうして病院に?誰か具合でも悪いの?」
不安そうな顔で由香は聞いた。
そうだ佑樹がここに戻った理由は分かったが、なぜ病院にいるのか理由は聞いて無かった。
「うん、ばあちゃんの見舞いだ」
気まずそうに佑樹は言う。
「おばあさま入院されているの!?」
思わず大声で佑樹に聞いていた。