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また会いましょう 前編

 

 山添浩二が亡くなり5日が経った。


 藍香が浩二の部屋で遺品整理している。

 由香は脱け殻のように、ハンガーに掛けられている浩二の白衣を眺めていた。


 お通夜から葬式が終わって、食事も殆ど摂らず、ただこうして浩二の部屋の中を眺め、時折涙を流している由香。


 心配した家族が何を言っても生返事を返すだけ。

 律子と祐一も自宅に籠り、ずっと泣いている。


「お母さん」


「...なに?」


「これって知ってる?

 お父さんの書斎から出てきたんだけど」


「ノート?...この字は、浩二さんの文字...」


 藍香からノートを受け取り、表紙に書いてある文字を見た由香の目が輝く。

 急いでページを捲った。


「これは....」


「どうしたのお母さん?」


「お母さん、ちょっと律子さんの家まで出掛けるから」


「え?」


 勢い良く立ち上がる由香、先程までの脱け殻ではない。

 浩二の病気が分かる前に戻ったかの様だった。


「ち、ちょっと!」


 藍香の声も耳に入らない、律子の自宅は浩二と由香の暮らす家から僅か数メートルしか離れていない。


「律子さんいる?」


 玄関のベルも鳴らさず、由香は家に上がる。

 部屋の中は先程までの由香と同じ様な、脱け殻となって椅子に座る律子と祐一がいた。


「...あら由香さん?」


「こんにちは....」


 まるで生気のない2人、由香は先程のノートを2人の前に置いた。

 ノートの文字を見た二人の目に輝きが戻る。


「これは?」


「浩二の文字?」


「ええ」


 力強く由香は頷いた。


「読んでいい?」


「勿論よ、私もまだ殆ど読んで無いの。一緒に読みましょう」


 浩二が残したノートに期待が高まる。


「先に何か食べようよ、しっかり読みたいし」


「そうね」


「直ぐ作るわ」


 簡単な食事を済ませ、改めてノートを見る。

 ノートは全部で6冊。

 一番古いノートの表紙には[兄貴の小学校生活改善計画]と書かれてあり、後の五冊は[俺の新しい人生日記]と書かれてあった。


「早速読むわよ」


 由香が静かにノートの表紙を開いた。


[1975年6月9日

 どうした事か分からないが俺は44年前に来てしまった。

 何が何やら分からないがとにかく懐かしい家族に会えた事には感謝だ。

 まずは俺が何をすべきか考えながらこの人生を歩みたいと思う。]


「この日に巻き戻ったのね」


「1975年って事は...」


「五歳よ、浩二さんもやっぱり混乱していたのね」


「本当」


「でもさ、記憶が戻ったその日にさっそく何をしようか考えていた所が浩二らしいね」


 最初のページから浩二を思い出し、笑い合いながら次のページを捲った。


[1975年6月10日

 決めた、俺は兄貴の人生を絶対に後悔無いものにしてやる。

 兄貴に相応しい女性とめぐり会わして恋をして貰うんだ。

 俺が恋の応援をして兄貴の幸せな人生を!!]


「早速宣言してるわ」


「お兄さんが大好きだったからね」


「これも浩二らしいな」


 その後も日々の暮らしや、有一の相手には誰が良いか等の記述が続いた。

 読み飛ばす事は一切せずに読み進める。

 そして浩二が保育園の卒園を迎え、小学校入学のページに来る。


[1976年4月5日

 今日は俺の小学校入学式。

 2回目な訳だったが、やはり少し緊張した。

 入学式の前に校庭で困っている女の子を助けた。

 可愛い女の子だ。

 前回の記憶では殆ど覚えてないけど、今日は何か凄く印象に残った出来事だった。]


「あら、これ由香さんの事よね?」


「本当だ、でも酷いわ余り覚えて無いですって」


「前回の記憶では、でしょ。

 でも可愛いって書いてあるよ」


 祐一の言葉に由香は照れてしまう。

 お祖母ちゃんになっても懐かしい思い出に気分は若返るのだ。

 その後のページには、佑樹や花谷さんの事や新しい学校生活等、数ヶ月置きに書かれていた。


「懐かしいな...」


 由香がポツリと呟く。

 この辺りの記述は律子や祐一には分からない、しかし浩二の几帳面な性格が現れていて律子や祐一も内容に目が離せなかった。

 そしてページはあの日に来た。

 小学4年生、春の遠足。


[1978年4月18日

 俺は大変な事をしたのかも知れない。

 今日俺は律子に会った、いや正確には出会ってしまった。初めて見る小学生の律子はとても懐かしく俺はつい由香を...

 いや言い逃れはしまい、律子に出会えて嬉しくて舞い上がっていた。

 由香を酷く傷つけてしまった。]


「「あなた....」」


「この日浩二はりっちゃんに再会したんだね」


 祐一の言葉に由香と律子は涙ぐみながら頷いた。

 そしてページを捲る。


[1978年4月19日

 由香は今日学校を休んだ

 今まで病気以外は休む事が無かった由香だ、間違いない俺のせいだ。

 嫌われたかもしれない。

 俺はどうしたら良いんだ?]


[1978年4月20日

 由香は今日も学校を休んだ。

 由香がいないだけでこんなに毎日が味気無いとは。]


[1978年4月21日

 由香、今日も休み。]


[1978年4月22日

 今日は俺にとって一生忘れ得ぬ日になった。

 由香に想いをぶつけた。

 由香に先を越される形になったが俺の気持ちと由香の気持ちは一緒だった。

 由香、好きだ。]


「.......」


「良いなあ」


「由香、良かったわね」


 真っ赤になって固まる由香、少し羨ましそうな祐一に優しい笑みを浮かべる律子。

 浩二の日記を読み進めている内に3人はもうお祖母ちゃんでは無くなっていた。

 勿論外見では無い、内面が気持ちは完全に若返っていた。


 その後また日々の暮らしや出来事を綴る内容が続いた。


「ふふ、あったわね」


 楽しそうな由香、もう完全に気持ちは10歳の頃に戻っていた。

 その様子を見て嬉しい半面少し淋しさも覚える律子だった。

 やがて1冊目を終えようとしていた。


「あれ最後の2ページ?」


「あら?」


「あなた....」


 そのページには律子の名前が最初に掲げられていた。

 律子に対して、日々の事や、走り書き、律子を忘れはしないが由香との事が大切に変わって行く心境等が書かれていた。

 最後のページに[伊藤律子1975年9月15日]そう記していた。


「浩二はりっちゃんの事を決して忘れてなかったんだね。」


「....私はその頃はあなたの記憶が無かったのに....」


 当時の浩二の心境が分かり熱い物が込み上げるのを抑えられず涙を流す律子。


「律子さんは浩二君の記憶が無いと分かっても、浩二君は律子さんを心配する気持ちはずっと持ち続けていたのね」


 由香はそう言いながら律子の背中を擦った。

 日記は2冊目に入る。

 内容は佑樹の悩み、花谷さんへ佑樹の気持ちをどう伝えるか、等の友人の事や兄さんの友人関係の出来事が綴られていた。

 そして日記は小学校5年の夏休みに入る。


「あ、これ僕だ!」


 それは塾の夏合宿から帰宅後に書いたと思われる内容だった。


[1979年8月16日

 合宿より帰宅。

 色々あって律子の恋人の手助けをした。

 清水祐一と言う少年に頼まれたからだ。

 吉田久は律子を幸せに出来るのだろうか?

 少しガキっぽい所があり分からないが、律子なら大丈夫だろう。幸せを祈ります。]


「無理よ、私何も知らない11歳の女の子だったんだから...」


「そうよ、11歳の女の子に託すのは無茶よ」


「僕はどうしたら良かったのかな?」


 律子の呟きに由香が答えて最後に祐一の言葉になった。


「祐ちゃん、あなたが浩二さんに相談して私は久さんと交際を続ける事になった、その事に後悔は無いわ。別れていたなら浩一は産まれていないもの。

 そう...あのまま破局していたら私は前回と同じ人生を歩んでいたでしょうね、今度は浩二さんと出会わない人生を...」


 下を向き考え込む祐一に律子は優しく言った。


「律子さん...」


「由香、誤解しないで、あなたを恨むとかじゃないの、これは運命だったのよ。

 全ては現在に結び付く...ね」


「そうだね、ありがとう」


「さあ由香、先を進みましょうか」


 律子の言葉に由香はページを進めた。

 兄達の中学校受験や、6年の夏の合宿の話や修学旅行の話と続いていた。


「懐かしいな...」


「そうだよ僕、合宿で浩二の踊りを見せられてさ、帰ってから暫く脳裏を離れなかったんだよ」


「あの人前回は宴会部長って言われていたもんね」


 3人は感想を言い合いながら次のノートに進む。

 そして中学校に入り青木孝や川井瑠璃子と言った面々も登場して、感想を言い合う3人は益々盛り上がる。


「こうして読み進めていると私の知らない頃なのに、まるでその時代を一緒に過ごしていたみたい」


 律子はそう言って笑う。


「それは浩二の周りに集まる人が、みんな一生の友達になるからだよ」


「そうね、浩二君の人間としての魅力に離れられずに生涯の友達になるのよね」


 祐一と由香もそう言って笑った。


 ノートはいよいよ後半になって来る。

 自分の性癖を由香に見破られたページでは由香がまた真っ赤になって、祐一にからかわれたり、祐一と一緒に映画に行った所では祐一が懐かしさの余り泣き出したりと、大盛り上がりだった。


 そして高校時代に入った、ノートの残りからすると高校で終わる様だ。


 唯の恋の終わりの話には切なくなり3人涙を流し、薬師さんの失恋の危機に何とか奮闘する話に結末を知る3人とも興奮する。


 やがてページは律子の妊娠、自分の不妊の過去や検査の話になる。


「あなた...」


「悩んでいたのね....」


「浩二君...」


 律子の出産のページには少しだけ滲みがあった。

[1986年3月14日

 朝8時頃に律子が出産したと聞き由香と一緒に病院に。

 元気な男の子だ!母子ともに健康。

 本当に良かった。

 律子、俺では前回果たせなかったが、こんな形になったが自分の子供が抱けて良かった。

 俺は由香と子供が出来るのだろうか?]


「ありがとうあなた...」


「大丈夫よ、ちゃんと産んだんだから」


「いいなあ...」


 律子と由香の涙の呟きと祐一のよく分からない言葉が聞こえた。

 いよいよノートは最後のページを迎えていた。


[1988年3月18日

 いよいよ今日俺はこの家を発つ。

 医師になり由香と結ばれる事には全く不満も不安も無い。

 次の人生は誰と出会うか分からないが、きっと幸せな人生が俺を待っていてくれると信じてこのノートを終わりにする。

 由香、律子、俺が出会った全ての友人達、次回の人生にも幸あれ。]


 由香は静かにノートを閉じた。


「絶対にまた巡り会ってみせる」


「私もよ」


「僕もだ」


 3人は立ち上がり固い握手をする。


「でも故意に死ぬのは駄目よ」


「分かってるわ」


「それは浩二が怒るからね」


 頷く三人。

 こうして運命の日は終わった。


 その後、間もなくして由香達三人は高齢者マンションへ移り、幸せな老後を過ごし最期まで仲良く暮らしたのだった。

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