それじゃ...また
あれ?...今何時だ?
体が動かない、意識が混濁する、俺は長い夢を見ていたのか?
俺は山添浩二で確か医師?
いや会社員だったかな?
兄貴が居た。
医師で研究者、何か凄い賞を貰っていたな。
いや待て、確か町医者だったような気もする。
兄貴は結婚はしていたよな。
相手は順子さんで、子供もが...そう、光希ちゃんだ。
兄貴と順子さんに似て、凄く可愛い子で...
何故か忌まわしい女の顔も浮かんで来たが気のせいだ、考えない様にしよう。
俺にも子供達が居たよな...
知香と藍香だ。
これは間違いない...いや養子を迎えていた気もする...何故だろう?
『浩二さん!』
ん、俺を呼ぶのは誰だ?
ぼんやりだけど、聞き覚えのある声...
もしかして、俺はまだ夢の中にいるのか?
だとしたら、目を開けてみるか...
「あなた!」
視界に入って来たのは可愛いお祖母ちゃんが3人。
誰だろう?
『誰ですか?』
あれ?話したいけど喋る事が出来ない。
喉だけじゃない、全身の力が全く入らない...
「あなた...分かりますか?」
一人のお婆ちゃんが俺の手を握りしめ、耳元で呟いた。
見覚えのある...まさか?
口が動かないので、目に気持ちを籠めて念を送った。
(由香だろ?)
「...そうよ由香よ」
やっぱりか、随分と可愛いお婆ちゃんになったな。
でも綺麗だよ、うん由香はずっと綺麗だ。
「私は分かりますか?」
由香の隣に居るお祖母ちゃんが言った。
勿論分かるよ。
(律子)
「...そうよ...律子ですよ」
やっぱり由香と律子か...
2人は俺の妻だからな、間違えたりするもんか。
...いや待て、何で俺に2人の妻がいるんだ?
一度離婚したのか?
そんな事する筈無い、俺は由香と結婚して...
何故だ?
律子との結婚生活も記憶にあるぞ?
「...浩二さん...あなたと会えて幸せ...でした」
「ありがとう...私も、またあなたと会えて幸せだったわ..」
何で二人は泣いているんだ?
由香は凄い泣きっぷりだ、相変わらずの泣き虫さんだ、もうお婆ちゃんなのに。
「笑ってる!
浩二ったら、由香ちゃん見て笑ってる!」
3人目のお祖母ちゃんが何か言ってる。
まさか、このお婆ちゃんも俺の?
...いや、記憶にない。
過去に間違いを犯したりした訳じゃなさそうだ。
「僕は分かる?」
だから誰なんだ?
分からない...目を凝らしてよく見てるんだが。
ん?あれは...ひょっとしたら?
(祐一か?)
「良かった!祐一だよ!」
そっか...やっぱり祐一だった。
あいつは歳をとっても変わらないな、本当にお婆ちゃんみたいだ...
「浩二さん...」
「あなた...」
「浩二...」
三人から手を強く握られ、意識が少しはっきりしてきた。
俺は山添浩二で、年齢は75歳だ。
えーと、確か俺は1ヶ月前からホスピスに居るんだったな...
全く医者の不養生とはよく言ったもんだ、気づいたら手遅れで、三人を始め家族や、親友を随分悲しませてしまった。
でも人間の最後はこんな物だろう。
ちゃんと両親も見送ったし、子供達や孫も元気だ。
親より先に逝った家族がいないから充分だろう。
悔いは無い、佑樹や孝達家族は先日来てくれて、お別れをしたからな。
また同じ人生をやり直すのか?
いや次は新しい人生かもしれない、そうなれは、これまでの記憶は全部消え失せるだろう。
それで良い充分だ、みんなのお陰で素晴らしい人生だったよ。
楽しかった、念願の我が子も抱けたし、孫まで...律子とまた家族になれたんだ。
あ...また意識が...
「「あなた!」」
警報音が鳴っている...三人の叫び声が遠く...最後に何とか一言だけでも...
「え?何?」
「何を?」
「浩二!」
「ありがとう....」
感謝の言葉を伝えて、静かに目を閉じる。
全身から力が全て失われて行った...