エピローグ2 前編
俺達の結婚式から10年が過ぎ、俺達夫婦は43歳になっていた。
「はあ~...」
「あなた何回溜め息するのよ?」
「いやいや分かっているんだがな...」
「お父さん諦め悪すぎ」
俺の溜め息に由香や藍香が苦笑いする
「私お姉ちゃん見て来よっと」
藍香はそう言って控え室を出ていった。
そう今日は知香の結婚式、相手は...まあ分かるよね浩一君だ。
浩一君と知香の結婚式は滞りなく行われた。
会場は地元から少し離れた有名ホテル。
遠方から来る友人達の為、新幹線の駅が近くにあるホテルを選んだそうだ。
式の後新郎新婦と友人達や藍香も一緒に2次会に行った。
俺達夫婦は今日このままホテルで1泊してから明日自宅に帰る事にした。
やはり歳を取ると飲酒の後、移動が億劫になってくる。
俺は部屋にある椅子に腰掛けて今日の結婚式を思い出していた。
親族の出席者は俺達夫婦に律子と律子と同居する祐一。
後は俺達の両親に律子の両親、祐一の両親は呼ばなかったそうだ。
じいちゃんとばあちゃん?
....5年前にじいちゃん、後を追うように4年前にばあちゃんも旅立ってしまった....
でも前回と違い最後のその日までお世話が出来たので余り後悔はない。(それでも号泣したが)
今日は土曜日だから明日も医院は休みだ。
由香のお父さんの医院を引き継ぎ5年、儲ける気が無い俺と由香は医院を大きくする事もなくのんびり町医者を楽しんでいる。
「あなたご苦労様」
「うん」
俺の横に由香が座りコーヒーを淹れてくれる。
先程まで黒留袖を着ていた由香は、今ラフな服に着替えて相変わらず綺麗だ。
とても40歳を過ぎているとは思えない。
それに引き換え俺はすっかり歳を重てオッサンになった。
そう、前回の時間軸の最後の頃の姿に...
「いいかしら」
「はい」
ノックの音と共に律子の声がする、由香が返事をしながら部屋の扉を開けた。
扉の向こうには律子と祐一が並んで立っていた。
2人とも結婚式の衣裳からから着替えて普段着になっていた。
俺は2人の前に立ち頭を下げる。
前生でもそうだったが40歳を過ぎると人は堅苦しくなるものなのだ。
「本日は本当にありがとう....」
「急に浩二、どうしたの?」
「ふふ、今回も変わらないわね」
「あら前回もそうだったの?」
俺は律子に挨拶をすると祐一は少し驚いた顔をしたが律子と由香は優しく目を細めて笑った。
「あなた律子さんと祐ちゃんに堅苦しい挨拶は要らないわよ」
「でも今日の式で新郎の...」
「最初から浩二と由香ちゃんの家族みたいなものだったでしょ」
「そうね」
「まあそうだな、律子、祐一今日は帰るのか?」
「今日は僕達もこのホテルに泊まっていくよ」
「ええ」
どうやら俺達がホテルに泊まる事を知ってから2人も泊まる事にしたみたいだ。
この4人は俺と律子の秘密を共有しているので会話が凄く楽だ。
「まあ座ってくれ」
「ええ」
「うん」
1つのテーブルを囲むように4人座り歓談する。
「律子さん、今日の出席者は何人位いたのかしら?」
「浩一の友達と職場関係の人で20人位かしら?」
浩一君は今26歳。教育大学に進み卒業後は地元の小学校の教師に採用された。
子供の扱いが上手く人気の教師だと聞いている。
「知香も同じ位呼んだって言っていたわね」
知香は23歳。短大を卒業後、市役所に勤めている。しかし卒業と同時に浩一君と同棲したのには参った。
まだ早いと言いたかったが、知香は小学校1年から浩一君を想い続けていたし、何より親である俺達が18歳で入籍して19歳で出産しているので強く言えなかった。
『浩一君、世間の目もある。式は3年待ちなさい』
俺はこう言うのが精一杯だった。
「浩一君、吉田家との面会拒んだって?」
「ええ」
「あんな横柄な手紙が来たら誰でも拒むよ!」
由香の質問に律子と祐一が答えた。
吉田家から浩一君に手紙が来たのは1年前の事だ、
内容は『吉田家は今、駅前の再開発に着手しているので橋本家を通じて資金援助するようにお願いして欲しい、橋本家と血縁ある者と交際しているお前なら橋本家も嫌とは言わないはずだ。
上手く話をつけてくれたら伊藤家との過去を水に流してやっても良い』
そう書かれていた。
「馬鹿らしい話よ」
「何が伊藤家との過去だよ」
律子と祐一は鼻で笑う。
律子の実家は俺達の地元に移ったが祐一の実家は今も吉田家のある石山市だ、だから吉田家の詳しい現状が伝わって来る。
「吉田家はバブルで動産に手を出して巨額の赤字出し本家の屋敷も貯蓄も全て失ったんだよ、
それだけじゃない輪善寺の檀家から集めたお金も私的に流用していたのがバレて今は総代から外されて地域からも総スカンされてるよ」
「ええ私も中学校時代の友達に聞いたわ、子供達からも縁切りされたって」
吉田家には4人の息子がいた。
上の3人はそれぞれ有名大学を卒業後、有名企業に勤めて結婚したが、吉田家の力を背景に奥様方の実家を馬鹿にし続けていた。
今回吉田家が窮地になると奥様方は一切の援助を断ったそうである。
『実家と縁を切るか?離婚するか?』そう迫られて吉田家の息子達は吉田家との縁切りを選んだ。
「久はどうしてる?」
俺は気になっていた事を聞いた、ここ数年全く話を聞かないからだ。
「うん...」
「...まあ...」
明らかに律子と祐一の様子が変わった。
「律子さん祐ちゃん何かあったの?」
由香も心配そうに聞く。
「こんなめでたかった日に話すのもどうかと思うんだけど...」
「私が言います、あの人は亡くなりました...」
「え?」
「亡くなった?」
律子から聞かされた衝撃の事実。
俺と由香は顔を見合わせた。
「いつだ?」
「去年の9月だよ」
「随分前だな」
「ええ私達も知ったのは先月なの」
去年の9月に亡くなって知ったのは先月って8ヶ月近く分からなかったのか?
俺は祐一と律子の話に更に驚いた。
一体久に何があったのだろう?
「久が数回結婚したのは知っているよね」
「ああ」
俺は律子から久が結婚を繰り返し、何度も離婚をしているのは聞いていた。
原因は久の浮気だったり、相手の浮気だったり、商売の失敗もあった。
最近は吉田家から勘当されて行方知れずだった。
「あの人最後はフィリピンに居たの」
「フィリピン?」
「ええ日本で知り合ったフィリピンの方と結婚して心機一転奥さんの実家で商売を始めて...」
ここで律子の話が止まる。
「失敗したのか?」
「ああ日本料理の店を出したが失敗したんだよ」
俺の質問に祐一が答えた。
(久が日本料理店?)
今まで聞いた話では飲食店の経験は無かったはずだ。
まあ誰かの入れ知恵だろうな。
「それでまた借金作って、金策中に倒れて...」
ここで祐一の話が止まる、後は大体は想像がついた。
「そうだったのか、久の身元は?」
「久の奥さんが吉田家に連絡を入れたけど無視してたんだよ、『金が欲しいのか?』って、
相手の方も怒ってしまって今、久の遺骨がどうなったかも分からないんだ」
「成る程、でもよく律子さん分かったね」
「ええ吉田家の関係者から手紙が来たの」
「手紙?」
「久さんの1番上のお兄さん、お兄さん達の中では1番可愛がっていたの。
私も良くしてもらっていたわ。
そして中に書いてあったの、久の事を詫びる内容と一緒にね」
そう言って律子は目を閉じた。
律子の目に涙が流れる、その涙の意味は律子にしか分からない。
(最後まで久は久だったな)
逃げて、都合の悪い事から目を背け、良い話には飛び付き、最後には騙される。
「俺が傍にいたら久は破滅しなかったかな?」
俺はポツリと呟いた。
「分からないわ」
「そうだね、久は変わったかも知れない、でも終わった事だよ」
由香と祐一はそう答えた。
「私は嫌よ」
律子はキッパリ言った。
「だってもしそうだったら私の記憶は戻らなくて今の幸せは無かった。
あなたに会っても分からなかったままよ、それは絶対に嫌」
そう言って律子は淋しそうに笑った。