お引っ越し騒動!
季節は流れ小学3年生になった。
ある日、父さんが俺達兄弟を自室に呼び出した。
「引っ越しが決まった。
2ヶ月後を目処にこの家を出る事になる。
お前達もそれまでにゆっくりで良いから出て行く準備をしなさい」
いつになく厳しい顔で言った。
しかし前回の記憶があるので、このやり取りも2回目だ。
前回の俺は、
『嫌だ、引っ越さない!』
『お父さんだけ出て行って!』
『僕はお父さん以外とみんなでここに住む!』
と馬鹿正直に言って、逆ギレした親父に引っぱたかれた苦い記憶がある。
実際は引っ越しといっても今住んでいる家から200メートル離れた住居付きの今より大きな空き工場に引っ越すだけ。
校区も以前と同じだから同じ小学校に通える。
つまり父さんは『引っ越しだ!』って息子達を驚かせ、混乱する様子を見て喜ぼうとしたのだ。
趣味が悪いな。
でも何の反応が無いのも悪いから、
「えー引っ越ししたら学校変わっちゃうの?
嫌だー嫌だー、ねー兄ちゃん!」
少し棒読みだが、なかなか我ながら良い反応をしてみた。
「...いやだ」
呻く様な声に振り向くと、兄貴が真っ青な顔で目に涙を浮かべていた。
「に、兄ちゃんどうしたの?」
兄貴の余りな様子に、俺は演技をするのも忘れていた。
「い、嫌だよ、僕みんなと離れてたくない」
「すまん有!直ぐそこに引っ越すだけだ、学校も今まで通りだから心配するな!」
兄貴のただならぬ様子に親父も慌ててネタバレをする。
「本当に学校変わらなくて良いの?
みんな一緒にいられるんだね」
「大丈夫、大丈夫だから」
父さんは必死で兄貴に謝る。
俺も兄貴のあんな様子初めて見たのでびっくりした。
この後、父さんは兄貴の様子を見た母さんに全てを知られ、こっぴどく怒られていた。
『バカモン!!』
じいちゃんの怒声も聞こえた気がするが、聞かなかった事にした。
翌日学校の教室で、
「僕引っ越しするんだ」
軽い気持ちでクラスの友達に言ってみた。
「え、嘘?嘘よね!
浩君が居なくなるなんて私絶対嫌よ!!」
間髪入れず由香ちゃんが俺にしがみつく。
「おいマジかよ!冗談きついぜ!」
別の友達と雑談していた佑樹が走ってきた。
「そんな遠くに行かないわよね、直ぐにまた会えるわよね」
「何処に引っ越するんだ、俺休み毎に遊びに行くからさ」
次々とみんながやって来る。
どうやら滅茶苦茶心配を掛けてしまったみだいだ。
前回の記憶が無いから、きっと友人達は軽く流したんだろう、けど今回の反応は意外だった。
「引っ越しといっても近所だから、学校も変わらないし、これからもずっと一緒だよ」
慌てて説明をした。
「酷いよ浩君、あんなに驚かすなんて!!」
由香ちゃんはしばらくご機嫌斜めだった。
仕方ないから学校の帰りに新しく引っ越す工場を案内する。
場所はもちろん覚えていた。
何しろ前世で19歳まで暮らした家だから。
「ここだよ由香ちゃん」
閉じられた門扉には空き工場と札がある。
懐かしいな。
「こんなに近くに?
ここなら一緒に行けるね!」
由香ちゃんは通学路が一緒になるのを知るとたちまち機嫌が直った。
でも学校から少し遠くなったんだけど、言わないでおこう。
「早く引っ越さないかな。楽しみね」
何度も俺に同じ事を言う由香ちゃんだった。
翌日の昼休み、掃除当番でゴミ箱を抱え焼却炉に向かっていた。
「ちょっと浩君、こー君」
焼却炉の手前で手招きする順子ねぇちゃん。
「なに?順子ねぇちゃん」
「ちょっと来て!」
「わっ」
いきなり校舎裏に連れて行かれた。
身体の大きい順子ねぇちゃんに腕を引っ張られ、校舎の壁に押し付けられる。
今で言うところの壁ドンだ。
男女逆だけど。
「な、何?」
見上げる先には鼻息荒い順子ねぇちゃん。
少し怖いよ。
「あのね今日、朝一番に有が私のクラスに来てくれて。
その時聞いたの、今度引っ越しするからって」
「うん。大丈夫直ぐ近くだから...」
「わかってる!
そこじゃなくって、その...有が言ってくれたの!」
「何を?」
兄貴は一体何を言ったんだ?
「引っ越ししても、学校は変わらないから
これからもずっと順ちゃん、一緒だよって!!」
顔が茹でタコみたいだ順子ねぇちゃん。
「良かったね順子ねぇちゃん」
「有も少しは私を意識してくれたのかしら?」
「きっとそうだよ!」
成る程、だから順子ねぇちゃん興奮していたのか。
兄貴、余程嬉しかったんだな。
「ありがとう浩君、その報告をしたかったの。
ごめんなさい手を止めちゃって。
それじゃまたね。バイバイ」
「うんバイバイ」
やるね兄貴。
いつの間に順子ねぇちゃんとの仲が進展してたのかな?
兄貴と順子ねぇちゃんはクラスが違うからその為だけに朝一番に会いに行ったって事だよな。
焼却炉にゴミを投入して空になったゴミ箱を持って教室に帰ろうとしてると、また声をかけられる。
「浩二君」
「あ、優子ねぇちゃん!」
校舎の角から顔だけ出して優子ねぇちゃんが手招きをしていた。
「ごめんなさい呼び止めて」
「ううん大丈夫だよ、なに?」
「あの、今日の給食の時に有一君から聞いたけど、引っ越しするって..」
「そうだよでも、近所で..」
「わかってる、それも有一君から聞いた」
あれ、何かさっきと同じ展開?
「でね、有一君が私と杏子に言ったの、みんなこれからも一緒だよ!って」
あれ?兄貴は昼休みに言ったの?
順子ねぇちゃんには朝一番に言いに行ったのに。
優子ねぇちゃんと杏子ねぇちゃんは兄貴と同じクラスだからかな?
「わかってる、わかってるよ浩二君。
さっき、順子と浩二君が話をしてた事もね。
有一君が朝一番に順子にも言ったのも。
ずっと一緒だよって順子に言たんでしょ」
「...そうです」
少し悲しそうな優子ねぇちゃん。
俺は頷く事しか出来ない。
「3時間目の合同体育の時に順子から聞いたの。
でもね浩二君、私まだ諦めてないよ!
いつか順子みたいに、ずっと一緒だよって言わせてみせるんだから!
それを浩二君に分かって欲しかったの」
「...わかったよ。優子ねぇちゃん」
優子ねぇちゃんの決意に俺は再度頷く。
「杏子ねぇちゃんの反応は?」
一応聞いてみた。
「あの子は相変わらずよ。
転校しないなら、これまでと変わらないんでしょ?って、杏子らしいね」
「はは、そうですね」
ぶれないね、杏子ねぇちゃん。
「ごめんなさい、それじゃ」
「はい」
兄貴の気持ちは分からないけど、優子ねぇちゃんの予感の通りなのかな?
「わからないや」
教室に戻る階段がいつもより長く感じた。
その日の夜小杉塾、自習室の休憩中。
「僕今度引っ越しするけど近くに移るだけだからね。
塾もこのまま続けるから心配しないで。
みんなずっと一緒だよ」
「ん、有一とはこれからもずっと一緒。
塾も一緒、中学に上がったら同じ校区になるから、もっとずっと一緒」
「ちょっと美穂今聞きました?有様がずっと一緒だよって」
「聞きましたわ志穂、まあどうしましょう?
私達の皇蘭学園は中等部も女子のみですわ。
もし有様が国立大附属中学に進むなら、お父様も私達の進路変更を許して頂けるのではなくって?」
「そうですわ、早速お父様に相談致しましょ。
後、浩二様のエンジェルスマイルにもまたお会いしたいですわ」




