エピローグ1 前編
エピローグです。
兄貴と順子さんの結婚式から数年が過ぎた。
俺は今、控え室で暇をもて余している。
「よ!」
「佑樹来てくれたんだ?」
扉が開き佑樹が顔を出した。
佑樹は無事医師免許を取り、現在ある地方のJリーグのチームドクターを勤めている。
綺麗に整えられた髭がやたら似合うナイスミドルになっていた。
「あったり前だろ、昨日新幹線で帰って来たんだぜ。しかし随分待たせたな」
「まあ色々あったしな」
「まあそうだな」
「和歌子さんは?」
「新婦に会いに行ってるよ」
「新婦か.....」
もう由香も33歳だ、娘も中学生だし、新婦っていうのもアレかな?
「浩二、お前いらねぇ事考えてないか?」
「え、何でだ?」
「何年の付き合いだと思ってるんだ?」
佑樹はそう言って笑った。
今日は俺と由香の結婚式。
兄貴の結婚式の2年後くらいには結婚式を挙げるつもりだったが、色々あって結局6年も待たせてしまった。
会場は地元の中堅ホテル屋内のフリースペース。
「さっき孝の嫁さんに会ったぜ」
「川井さんも来てくれたの?」
今日の式に誰が出席するか俺は知らない。
来られなかった人への配慮だと聞いた。
「ああ孝も来る予定だ、今頃空港からこっちに向かってるんじゃねえか?」
「そうなのか?」
孝と川井さんは4年前に結婚した。
孝は親の会社は継がずに弁護士になった。
現在辣腕弁護士として東京の大手弁護士事務所に所属して日本中を飛び回っている。
瑠璃子さんは弁理士となり地元の特許事務所に勤めているが現在は一昨年産まれた子供の育休中と由香から聞いた。
「ああ、孝も忙しいみたいだな」
「そうみたいだ。あと兄さんも2日前に帰って来たよ」
「有一さんも帰って来たのか?」
兄貴はアメリカの研究室に招待されて2年前に日本を離れていた。
順子さんは日本に残り大学病院で眼科医として勤務している。
休み毎にお互い日本とアメリカを行き来している様だ。
「今回も帰ってから子供にベッタリだよ、また明後日にはアメリカに戻らなくちゃ行けないから凄い可愛いがりようだよ」
「有一さんらしいな」
兄貴と順子さんの間には1人女の子がいる。
今2歳で可愛い盛りだ、兄貴は嫁に行かせないと早くも言っている。
俺の娘?
もちろん嫁にはやらん!...とは言えないよな。
「新婦の準備が整いましたので控え室にお願いします」
ホテルのスタッフが声を掛けて俺と佑樹は控え室を出る。
式は人前式で行われるので神主も神父もいない。
出席者全員が結婚の証人となるスタイル。
「それじゃ俺は先に行ってるぜ」
佑樹は先に式場に向かい、俺は由香の待つ新婦控え室に着く。
「入るよ」
俺はそう言いながら部屋の扉を開けると、
「あなた...」
そこには純白のウェディングドレスを着た由香が立っていた。
由香の美しさに声が出ない。
誰だ30過ぎの花嫁はアレなんて言った奴は。
「綺麗だ...」
「ありがとう」
俺の言葉に恥ずかしそうに頬を染めて笑う由香、その美しさに改めて幸せを実感する。
「ハイハイ2人共自分の世界に入らないの」
「何時までも新婚さんなんだから」
折角俺がいい気分に浸っていると邪魔をする声がした、娘達だ。
「知香、羨ましいのか?」
今日の知香は中学校の制服を着ており俺の言葉に一瞬キョトンとした顔をする。
「な、何言ってんの!お、親の結婚式なんて羨ましいはずないじゃない!」
「あ、姉さん照れてる。ひょっとして浩一さんとの未来を想像したのかな?」
知香と同じ中学の制服を着た藍香が姉の顔を下から窺う。
成る程、図星の様だ。知香は耳まで赤くなっていた。
「こら~!」
恥ずかしさに耐えられなくなった知香は藍香を追いかけ始める。
最近藍香はよく知香をこうしてからかうのだ。
そろそろ止めないと由香の特大サンダーストームが来るぞ。
俺は2人を止めようとした。
「そろそろ来て下さいってスタッフの方が言ってますよ」
そこに高校の制服に身を包んだ青年が入って来る、浩一君だ。
「あ...」
藍香を追いかけ回していた知香が固まる。
知香の制服が少し乱れている姿を見た浩一君も固まる。
知香はいつも浩一君の前では大人しい撫子を演じていたからな。
みるみる涙目になる知香、泣き虫さんは由香譲りだね。
ここで知香に泣かれたら結婚式前の雰囲気が台無しだ。
浩一君に目で合図を送る。
「知香ちゃんご苦労様、おじさんとおばさんが緊張していたんで一生懸命緊張を解していたんだね」
「おお、そうだったのか、ありがとう知香。
お前はいつも優しいな」
浩一君の言葉に俺も続く。
些か三文芝居だが仕方ない。
「うん...」
恥ずかしそうに浩一君を見る知香。
「ありがとう呼びに来てくれて、今から行きます」
少しバツの悪そうに藍香が浩一君に言った。
そして俺と由香、知香に藍香と浩一君の5人会場前の扉の前に立つ。
「いいんですか、おじさん僕まで一緒で?」
「ああ、君は僕達の家族だ」
「そうよ律子さんの息子は私達の息子でもあるのよ」
俺と由香は優しく浩一君に言った。
「おじさん、おばさん...」
浩一君は涙を浮かべて俺と由香を見る。
「浩一君がお姉ちゃんと結婚すれば本当に息子になるしね」
藍香がまたいらない事を言う。
「お父さんは許しません」
「「お父さん!」」
「諦めなさい」
「はい...」
いつものやり取りを済ますと式場の扉が開いた。
俺達は出席者に頭を下げて入場する。
会場内にBGMが流れた。
曲のチョイスは娘達に任せた無難な最近の曲だ。
ちなみに俺のリクエストは全て却下された。
曲に乗って俺達5人はステージ中央に並ぶ。
司会が俺達が並び終えた事を見届けて開会を宣言した。
まずは俺と由香が考えた誓いの言葉を言う。
「皆様お忙しい中、私山添浩二と妻由香の結婚式に来ていただき本当にありがとうございます。
まさか一番先に入籍した私達夫婦が一番最後に式を挙げるとは思いませんでした」
「まったくよ」
「由香偉いわ」
「おい瑠璃子」
「和歌」
会場の一部から声が聞こえたが、みんな聞こえ無いふりをしてくれている。
俺は言葉を続ける。
「待たし過ぎて子供達はこんなに大きくなってしまいました」
娘達はチョコンと頭を下げる、アドリブなのに良く出来た娘達だ。
俺は更に言葉を続ける。
「30歳を過ぎた私達とは言え、まだまだ未熟な我々家族です。今後ともご助力と親しいお付き合いを宜しくお願い致します。
本日は本当にありがとうございました」
そう挨拶の言葉を締めて俺達家族は頭を下げた。
すると会場から優しい拍手が聞こえる。
予定していた言葉を後半変えてしまったが仕方ない、みんなの優しい拍手が俺達を包んでくれた。
そして俺達家族はまず親族に挨拶をする。
「じいちゃん、ばあちゃん今日はありがとう」
「おお、ありがとう」
「おめでとう浩ちゃん由香ちゃん。末永く幸せに暮らすんだよ」
「浩ちゃんだって」
「お母さんも由香ちゃんだよ」
「知香、藍香ちゃん」
何か後ろから聞こえるが浩一君に任せよう。
で、何で知香を呼び捨てなんだ?
「由香綺麗よ」
「本当にそうね」
「お母さん....」
俺達は双方の両親に挨拶をする。
母親から由香に優しい声がかけられ涙ぐむ。
「....」
一方の父親達は無言。
由香のお父さんは感無量の表情を浮かべ由香をじっと見つめてしきりに頷いていた。
俺の父はそんな由香のお父さんを見て少しおろおろしていた。
今年88歳になるじいちゃんは数年前から杖をつくようになった。
着物の袖から覗く腕や手はすっかり細くなっていたが別に病気ではなく、老化だけに防ぎようが無い。
誰が後何年生きられるかなんて分からない。
今日この日を元気にじいちゃんが迎えて貰った事に感謝する俺だった。
ちなみに喜兵衛さんは元気にしておられる。
今日は少し風邪気味との事で欠席しているので帰りに寄ろうと決めているが、記憶の中では110歳を越えて健在だったから大丈夫だろう。
「由香さん」
「順子さん...」
由香と順子さんは見つめ合ってなかなか言葉が出ないみたいだ。
順子さんも母となって益々美しさに磨きがかかった様だ。
黒留袖を着ている姿は妖艶ささえ感じる。
「はあー」
「順子おばさん綺麗~」
「...うん」
そんな順子さんを見て娘達は溜め息を洩らす。
浩一君は知香に睨まれているが。
「浩二」
「兄さん」
順子さんの横に4歳ぐらいの子供抱っこした兄貴が俺を見ている。
もちろん兄貴と順子さんの子供、光希ちゃんだ。
順子さんに似たのか体は大きく本当は2歳だがとてもそうは見えない。
相変わらず童顔の兄貴が光希ちゃんを抱っこする様子は歳の離れた兄妹にしか見えない...のはさすがに無理か。
「おめでとう」
「ありがとう兄さん、光希ちゃん可愛いね」
「そうだろう、世界一の可愛さだ」
兄貴はデレデレになっている。
余りの親バカに娘達も唖然としている。
次に俺達家族は一人の女性の前に立った。
律子だ。
もう少し続きます。