みんなの夢を実らせたくて! 中編
控え室の扉を開けると正に幼稚園か保育園の様な光景が広がっていた。
子供の数は10人を超えている。
「あなたお疲れ様」
由香が俺に気づいてやって来た。
髪のセットが少し乱れているな、直す程でもないと思うが大丈夫かな?
「大変だったみたいだな」
「最初はね、けど凄い助っ人が2人も来てくれて助かったの」
「助っ人?」
「律子さん浩二さんが来たわよ」
「あなた、お久し振りです」
「久し振りだね、さすがは現役保母さんだ。
助かるよありがとう」
「さすがにこれだけの数は大変だけどね、浩一が小さい子どもに絵本読んでくれて助かるわ」
律子の視線の先を見てみると浩一君が小さい子ども達に絵本を読んでいる。
律子の職場に普段からちょいちょい顔を出しているので子供達を扱うその様子はベテランの保父さんみたいだ。
「ありがとう浩一君」
「あ、おじさんお久しぶりです」
今10歳になる浩一君は小学5年生だ。
すっかり立派になって俺も嬉しくなる。
顔付きもしっかりして、何処となく父親の久に似ていた。
久は地方の高校に転入して、そのまま地方の大学に入学した。
5年くらい前に1度浩一君と律子に面会の要請が吉田家から橋本家を通じてあったが、律子が断ってしまい未だ浩一君は吉田家の人間に会った事が無い。
『成人に成れば浩一の好きにさせる』と律子は言っていた。
そういえば2年前に1度だけ久から律子に手紙が来たと言っていた。
内容はお詫びでは無く自身の結婚とその言い訳だったと律子は笑っていた。
あいつは生涯大人になれないみたいだ。
律子は7年前に大検を取った後、浩一君の保育園入園に合わせて大学受験の勉強を再開した。
翌年地元の大学に在る教育学部の幼児教育コースに入学した。
前回の人生の時にどちらの大学にしようか迷ったから、両方の大学に行く事が出来たと律子は喜んでいた。
その後大学を卒業した律子は今地元の幼稚園で働いている。
とても良い先生だと俺達の子供達が教えてくれた.....
「はい、浩一さん新しい絵本。」
「ありがとう知香ちゃん。」
俺と由香より先に準備が出来て親族控え室を飛び出していた我が娘達。
浩一君に絵本を持って行き頭を撫でて貰って喜んでいるのが我が娘、山添知香7歳だ。
「お姉ちゃんずるい私が浩一君に先に絵本を持っていきたかった!」
「へへ、お母さんがいつも言ってるよね、運命は早い者勝ちだって」
「そうだけど.....」
「まあまあ知香ちゃん。
ありがとう藍香ちゃん、次その絵本読んであげるね」
「うん!」
出遅れて少しベソを掻いて浩一君に慰められているいるのも我が娘、次女の山添藍香6歳である。
大阪で学生生活を始めた俺と由香は晴れて(?)同棲公認の許しを受けて一緒に住む事になり最初の数ヶ月は俺も耐えた。
『お母さんだけじゃなくてお父さんの公認まであるのよ、お願い』
由香の言葉に俺は敢えなく[卒業迄は由香を妊娠をさせない誓い]を破ってしまった。
(前回の人生の際に受けた苦悩は何だったの?)
そう叫びたい程あっさり由香は妊娠した。
俺は由香から妊娠の報告を受けた時、由香と抱き合って泣いた。
妊娠14週を越えて早期流産の可能性が低くなってから双方の家族に報告をした。
『やれば出来るよね、おめでとう』
俺の両親、主に母の反応はそれだけだった。
(じいちゃんとばあちゃんは物凄く喜んでくれた。)
『いくら何でも早すぎる』
由香のお父さんが言った第一声だ。
由香のお母さんは
『これでも遅い位よ』と怖い事を言ったそうだ。
『でかした由香!』
橋本喜兵衛さんは妊娠の報告を受けて一言叫んだと橋本隆一さんから聞いた。
その後由香は地元に戻り1年間学業はお休みとなった。
俺は大阪と地元を出来るだけ往復する生活を強いられた。『出来るだけ顔を見せなさい』と喜兵衛さんが新幹線の切符を送って来たからだ。
その甲斐あって由香の大きくなるお腹の様子をしっかり確認出来た。
子供が生まれた時、調度春休みで俺は帰省中だった。
前回から夢にまで見た我が子の誕生に俺は我を忘れて辺り構わず周りの人全てに抱きついてしまい病院を軽くパニックにしてしまった。
その時に律子にも抱き着いてしまい律子は何とも言えない顔で泣いているのを見て、俺は我に返る事が出来た。
律子や由香は許してくれたが律子には悪い事をしたと今も思う。
どうせなら次の子供をすぐに作りなさいと双方の家族に言われて半年のインターバル(?)を置いて次の子作りを頑張るなり、すぐ由香は妊娠した。
これまた『前回の苦労は?』と言いたくなる程あっさりだった。
結局由香は大学を2年留年したがこれは仕方がない。
2年後大阪に由香は戻ったのだが子育てと家事のサポートの為に由香のお母さんと俺の母が交代で来た。
律子も何回か浩一君を連れて大阪に来た。
(浩一君がいるとはいえ律子と同じ屋根の下過ごすのは複雑な気持ちがした。)
結局由香は8年掛け今年大学を卒業した。
俺は2年前に大学を卒業したが続けて2年間大学病院で研修医として過ごした。
今年から大阪を離れて地元の大学病院で同じ研修医をしている。
俺は最低でも後2年はここの大学病院で過ごすつもりだ。
由香も俺と同じ大学病院で研修医をすると言っていた。
一方子供達は去年知香の小学校入学に合わせて一足先に俺達の地元、取り敢えず由香の実家に戻した。
俺と由香がいなかった1年間は由香の両親とたまに俺の両親が子供達の面倒を見てくれたが、1番子供達の面倒を見てくれたのが浩一君だった。
律子と浩一君はある事をきっかけに俺達の地元、由香の実家近くに引っ越して来た。
その1年間の間に知香と藍香は浩一君にすっかり懐いてしまった。
それまでも仲良し兄妹みたいではあったが。
(藍香め、家では絵本を読んであげようと俺が言っても、子供扱いしないでって怒る癖に浩一君にあんなに甘えて...)
「知香ぜーたい浩一君のお嫁さんになる!」
「仕方ない藍香が応援してあげる!」
「ぐお!」
無邪気な娘の言葉に俺は浩一君に言っておかねばなるまい、(お父さんは許しません!)と。
「浩一君」
「お父さんあっち行って!」
「そうよ、今浩一君と知香お姉ちゃんが大事なお話してるの!」
「はい...」
「諦めなさい」
「そうよ」
由香と律子が項垂れて座る俺の両肩に手を置いた。
「大丈夫、浩一は知香ちゃんが産まれた時からいるからお兄ちゃん的存在なのよ」
「そうよ、だから思春期になれば恋愛と違うと気づくわよ」
由香と律子はそう言って慰めくれたが俺の心は晴れなかった。
「由香お待たせ、そろそろ式場に集まる時間よ」
庭を散策していた和歌子さんが控え室に戻って来て自分の子供達を引き取ると同時に式の集合を教えてくれた。
佑子ちゃんは佑樹がみているのだろう。
「あれ律子と浩一君、いつ来たの?」
和歌子さんは律子を見るなり言った。
律子が地元に引っ越して以来和歌子さんは律子とママ友となり今や親友になっていた。
「さっきよ、それまで由香さん1人で大変だったんだから」
「そうなの?」
「ええ」
「志穂と美穂は?」
「私が来たら順子を冷やかすって行っちゃった」
「自分の子供達を放っといてあの2人は全く.....」
和歌子はそう言いながら2人の自分の子供を抱っこする。
律子と由香は志穂さんと美穂さんの子供をそれぞれ2人づつ抱っこした。
志穂さんと美穂さんの子供はそれぞれ双子なのだった。
「それじゃ式場に行くわよ」
和歌子は教師の引率者の様に子供達(浩一君と知香と藍香)に号令を掛ける。
後に俺と由香、律子が続いた。
俺は藍香にそっと呟いた。
「お姉ちゃんの恋の応援は駄目だぞ。」