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行ってきます。

いよいよ大阪に発つ日がやって来た。


最後に自分の部屋を改めて見る。

必要な荷物は既に運び出しており、今部屋にあるのは殆ど空になった本棚とクローゼット、それにベッドといった大型家具だけである。

それらの家具は新しく購入して既に大阪のマンションに搬入されている。


ボストンバッグを抱えて部屋を出る。

バッグの中身は新幹線で読もうと思っているお気に入りの文庫本数冊と携帯型音楽プレイヤーとカセットテープ数本。

そして転生した日から書き貯めたノート数冊。

[兄貴の小学校生活改善計画]と書かれた例のノートである。

途中から同じタイトルを書くのを止めて

只[俺の新しい人生日記]とだけ書いてある。

処分する事も考えたがなぜか棄てる気にならず持って行く事にした。


「ありがとう俺の部屋」


そう呟いて部屋の扉を閉めた。

既に家族は玄関前に集まって俺を待っていた。

じいちゃんとばあちゃん、父さんと母さんとはここでお別れである。


由香のお父さんが運転する車で新幹線の駅まで送って貰う予定だ。

昨日から朝までにお別れの挨拶を済ました俺達家族は今は特に話す事もなく静に自動車を待っている。

時折鼻を啜る音が聞こえるが俺は振り返らない。

見たら恐らく涙が出る。

やがて由香の家の自動車が見えて来た。


「お待たせいたしました」


「今日は宜しくお願いします」


由香の家族と家の家族が挨拶をしている。

俺は自分のボストンバッグを車のトランクに入れる。

トランクには旅行ケースが既に入っていた、由香の物だろう。


由香は車から降りて来た。


「おはよう」


「おはよう由香」


「昨日は眠れた?」


「いや全然」


「私も」


俺と由香は寝不足で腫れた目を見て笑いあった。

由香は俺の家族の前に行く。


「皆様にもお大変世話になりました。

浩二君と行ってきます。ありがとうございました」


由香はそう言って頭を下げた。


「由香ちゃん!」


俺の母が由香に抱きついた。


「浩二を宜しくね、あなたは橋本家の娘さんだけど家の娘でもあるのよ。

だから、だから...」


お母さん(....)...」


後は言葉にならない。

父は母の体をそっと由香から離した。


「さあ行ってきなさい」


「ありがとう。行ってきます」


俺と由香は俺の家族に頭を下げて車に乗り込み窓を開けてじいちゃんとばあちゃんを呼ぶ。


「なんじゃ浩二?」


「なんですか浩ちゃん」


「最高の家族に囲まれて僕は幸せだよ。じいちゃん、ばあちゃん体に気を付けてね。

ありがとう、それじゃ行ってきます」


「浩ちゃん...」


ばあちゃんは我慢できずにじいちゃんの体にすがりついて泣き出す。

じいちゃんはばあちゃんを優しく労りながら俺を見ながら言った。


「おう、儂も幸せ者じゃ。ありがとよ...気を付けて行ってこい」


そう言って俺の頭を優しく撫でてくれた。

大きな優しいじいちゃんの手

頭を撫でてくれたのは何年振りだろう?

俺の目から涙が溢れた。


やがて車は出発する。

俺と由香は車内から後ろを振り返り、みんなの姿が見えなくなるまで手を振った。

車の中は静かで俺と由香は手を握りながら見つめあった。


自動車は新幹線の駅に着いた。

駅前の駐車場に車を入れて駅改札を通る。

次に新幹線の改札も通り由香の家族も入場券で一緒に入った。

新幹線の時間まで少しあるので待ち合い室に向かう。


「浩二君、由香、最後に見送りをする為にもう2人来ているよ」


由香のお父さんが言った。


(誰だろう?)

佑樹と花谷さんは俺達より数日前に出発したし、孝や川井さんは昨日お別れをしたから思いつく人がいなかった。

由香も頭を振りながら俺を見た。

どうやら由香も分からないらしい。 

分からないまま待ち合い室に入った。


「浩二さん!由香ちゃん!」


「律子...」


「律子さん...」


そこには律子がいた......


......可愛い男の子を連れて。


「大きくなったな」


俺は律子の連れてきた男の子に近づくと驚いて律子の足にしがみついてしまった。


「嫌われちゃったかな?」


「びっくりしたのよ」


俺と由香は2人並んで男の子を見ている。

律子は優しく男の子を抱き上げた。


「今月2歳で今人見知りなの、ほら浩一君ご挨拶なさい」


律子は優しく男の子に言った。


「...こーちは」


男の子は俺と由香に挨拶をしてくれた。


「はいこんにちは」


由香はにっこり笑って挨拶を返すと男の子はにっこり笑い返して由香に手を振った。

俺も由香を真似て挨拶をする。


「こんにちは」


男の子は真っ赤な顔をして律子の胸に顔を埋めてしまった。


「やっぱりダメか...」


俺が落ち込むと由香が、


「仕方ないよ浩二君笑顔を見たらね」


そう言って笑った。

律子も釣られて笑うと男の子も一緒に笑った。

その後出発までの間待ち合い室で俺と由香、律子と浩一君の4人で話す。

由香の家族は遠慮して駅の喫茶店に行った。

今律子と由香は男の子を挟んで話している。

俺は律子が橋本家を後にしてからを思い出していた。


律子の家族は吉田家の影響が強い地元を離れ俺達が住む街に近い場所に引っ越した。

律子の父親は警察官を辞めて橋本喜兵衛さんの紹介で会社勤めを始め、律子の母も律子の父親と同じ会社にパートで働いている。

高校生の妊娠出産となると好奇の目に晒されるというのもあるので引っ越しは速やかに行われた。


そして律子は一昨年の3月に無事男の赤ちゃんを出産した。それが今ここにいる浩一君。

律子の籍は伊藤家のままで吉田家の認知は断ったので私生児だから伊藤浩一君な訳だ。

ちなみになぜ浩一と名付けたか律子に聞いたら『本当は浩二と名付けたかった』と言われ俺は絶句した。

由香が『あら良いわよ』と言って更に絶句した。



律子は今子育てをしながら大検を受ける為勉強をしている。

来年、浩一君が保育園に入るのに合わせて大学入試を考えていると聞いた。

もちろん子供がいるので前回律子が行った関西の大学では無く地元の大学希望だ。

幸せそうに自分の子供を抱っこしている律子を見ながらこれで良かったのかもしれないと思った。


今律子はとても幸せに暮らしている。

あのまま吉田家に嫁いでいたら大変な事になっていただろう。


「いよいよ大阪に出発かあ」


「ええ律子さんも落ち着いたら来てくださいね」


「そうね浩一を連れて昔浩二さんと行ったお店に久し振りに行きたいわ」


由香と律子はそんな会話をしている。

(だが律子よ、俺達が行ったのは昔ではなくて未来だ。しかも店はまだ開業していないぞ)

そんな事を考えていた。


「あー可愛い!私も早く赤ちゃんが欲しい!」


由香が浩一君に頬擦りをする。浩一君は嫌がる素振りも見せないで笑った。

由香との子供か、

(すぐには無理だけど20代の内には欲しいな)

由香の笑顔を見ながら俺は思った。


「浩二さん何を考えているの?」


律子が俺の顔を覗く様に聞いた。


「僕も由香との子供が欲しいなって」


「え!良いの?」


(しまった、また思った事をすぐに口にしてしまった!)


「いやすぐじゃないぞ、卒業してからだから」


俺は慌てて訂正すると、


「そうだぞ浩二君、しばらくは我慢だぞ」


後ろから由香のお父さんの声が、聞かれてしまったようだ。


「はい」


俺は元気なく返事をした。


「あら私はすぐでも良いわよ」


「本当お母さん!」


「ええ、ちゃんと大学を出てくれるのなら2年や3年卒業が遅れても構わないわよ」


由香のお母さんがとんでもない事を言う。由香の顔が本気だ、俺は由香達から目を逸らして律子を見る。

律子は浩一君を抱っこしながら由香に右手の拳を握って何かジェスチャーをした。

口パクで何か言ってる。


『ゆ、か、が、ん、ば、れ』


見なかった事にしよう。


「さあそろそろ時間だみんなホームに行くぞ」


由香のお父さんの言葉に俺と由香、律子は立ち上がる。


ホームに新幹線が入って来た。

浩一君は初めて見る新幹線に大興奮だ。

律子は先に俺と由香に挨拶をする。早くしないと浩一君が暴れそうだからだ。


「由香ちゃん体に気を付けてね」


「ありがとう律子さん」


2人は抱き合って別れを惜しんだ。


「それじゃあな」


「ええ、あなたも元気で」


「久し振りに聞いたな。律子の『あなた』って」


「大丈夫。由香ちゃんに許可は貰ったから」


「そうか、それならいいよ。ありがとう行ってきます」


俺と由香は律子に微笑んだ。

律子も俺と由香を見て満足気に笑った。


「今日はありがとうございました」


そう言って律子は俺と由香、由香の両親に頭を下げて新幹線の方に消えて行った。

ヨチヨチ走る浩一君を追い掛けて。


「それでは行って参ります。皆様お世話になりました、本当にありがとうございます」


「気を付けて行ってきたまえ、由香を頼んだよ」


「はい!」


俺は由香のお父さんに頭を下げてお礼を言った。

由香はお母さんと何か小声で言っている。

由香の顔が真っ赤になった。

何を言ったのだろう?


いよいよ新幹線の出発時間が迫り俺と由香は新幹線に乗り扉の前で手を振る。

由香は涙を流しながら一生懸命手を振った。


やがて新幹線発車のベルが止み、扉が閉まって新幹線は動き出した。

俺と由香は座席に座り由香を宥めた。

落ち着いた頃由香に聞いた。


「お母さんは最後に何を言ったの?」


「...お母さんにバレてた」


「バレる?」


「うん浩二君と同棲するつもりだって事」


「まさか?」


驚きの由香のお母さんの発言。

俺も口をあんぐり開けて固まる。


「お父さんも知ってるって」


「ええ!」


お父さんまで知っているとは俺は次の帰省が怖くなる。


「浩二君まだあるよ...」


「まだあるの?」


「うん私の借りた部屋に搬入されたベッドが......」


由香の顔が真っ赤になって固まる。


「まさか?」


「......うんダブルベッドだって......」


俺と由香は真っ赤な顔で悶絶した。


次回最終回です。


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