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お世話になりました。

卒業式の後先生やクラスの仲間達とゆっくり別れを惜しみ教室に最後まで残ったのは俺と由香、孝と川井さんの4人だけになった。


「浩二、それじゃ元気で」


「ああ、またな孝」


俺と孝はお別れの握手をするが込み上げて来る物が抑えられない俺と孝は途中から泣きながらの握手になった。


「おい孝泣く奴があるか」


「浩二こそ珍しいな..」


男2人が泣きながら別れを惜しむのは不思議な感じだが様々な思い出が頭に浮かび涙が止まらない。

家が離れている孝とはこれで会う事は殆ど無くなる。

毎日会っていた級友と卒業したらそう言う物だと俺は経験で分かっているだけに大人の対応が出来ないのだった。

 

由香と川井さんは号泣して2人共抱き合い由香は更に嗚咽していた。


「ち、ちょっと由香ちゃん」


「ご、ごめんなさい。る、瑠璃ちゃん」


川井さんは少し困り顔で由香の頭を撫でていた。


しばらくして俺達4人は校門を出る。

校門横では卒業式に出席していた川井さんのお母さんが待っており川井さんと孝は川井さんのお母さんが運転する車で帰る予定なのだ。


「お2人共卒業おめでとう」


川井さんのお母さんはそう言って俺と由香に頭を下げた。


「「ありがとうございます」」


「由香さん瑠璃子とこれからも仲良くしてやってね、後こちらに帰って来たら必ずおばさんの所にまた来てね。」


「はい」


川井さんのお母さんは由香の手を握りながら言った。


「浩二さん」


「はい」


「本当に今までありがとう。あなたは私達家族の恩人よ」


次に俺の前で川井さんのお母さんは言った。

(そういえば中学1年の頃に色々有ったな)

俺はそんな事を思い出していた。


「いえそんな...」


「最後に1ついいかしら?」


川井さんのお母さんは先程と変わり少し澄ました顔をした。


「ええ、何でしょう?」


俺はよく分からないが了承する。


「わっ!」


いきなり川井さんのお母さんは俺に抱き着いて来た。


「ちょっとお母さん!」


慌てた川井さんがお母さんを離そうとするがしっかり抱き締められてなかなか離れない。

孝は唖然として固まっている。


「少しだけ少しだけだから!」


川井さんのお母さんはしばらく俺を抱き締めると満足した顔で離れた。


「ごめんなさい」


非常に申し訳ない顔をした川井さんに少し同情する。


「いえ...」


俺は怒る訳にもいかないので困惑のまま孝と川井さん母娘の3人と別れた。


「あ~お母さんもう死んでも良いわ」


川井さんのお母さんが何か言っている。

川井さんに怒られながらお母さんは去っていった。


「浩二君お疲れ様」


由香は先程の様子を見ていたが全く怒っている様子は無かった。


「由香怒らないの?」


「仕方無いわよ。瑠璃ちゃんのお母さんにとって浩二君は憧れの人だったから」


「え?」


意外な由香の言葉に驚く。


「女には分かるのよ」


由香はそうは言いながら少し苦笑いをした。

俺達は学校を後にする。

2人並んで校門を出て振り返って校舎を見る。


「「ありがとうございました」」


俺達は声を合わせて校舎に頭を下げた。

ちなみに祐一は髪形が可愛い過ぎて沢山の生徒に追いかけ回され先に帰った。


『また連絡するからね!』


それだけを言って。

俺と由香は電車に乗ってようやく人心地した。


「まっすぐ帰る?」


由香がぽつりと俺に聞いた。


「どうしようかな?」


「喫茶店に行かない?」


「そうだな、しばらく行けなくなるしな」


俺と由香は駅前の喫茶店に寄る事にした。

喫茶店の扉を開ける。

時間は昼2時前、店内には客はいなかった。

 

「マスターこんにちは」


「こんにちは」


「いらっしゃいませ」


マスターはいつもの笑顔で迎えてくれた。


「さあこちらに」


マスターに案内されていつもの席に座った。


「ご注文は?」


「僕はホットで」


「私はダージリンをミルクでお願いします」


「かしこまりました。

今日は特に気持ちを入れてお作り致します」


マスターは普段は言わない事を言うので俺と由香は呆気に取られる。

マスターの顔はいつもの笑顔でだったが少し目尻が...

何でも無い。見なかった事にする。


しばらくするとコーヒーと紅茶が運ばれて来た。


「おいしいです、いつもありがとう」


「本当に。ありがとうございました」


俺達はマスターに今までの感謝を込めて礼を言った。


「ありがとうございます。

1年前に有一様と順子様、志穂様と美穂様が東京に行かれる前日に来られましてこちらのテーブルでカフェオレを飲まれました事を思い出しました」


「そうだったんですか」


「知らなかったわ」


俺達はマスターから初めて聞く話に驚く。


「今日は佑樹様と和歌子様はご一緒では無いようですね」


「ええ。2人はクラブ主催の謝恩会に参加の為まだ学校にいます」


「そうですかまたお発ちになる前に是非当店にいらっしゃる事をお待ちしている事をお伝え願えますでしょうか?」


「わかりました」


マスターのお願いに俺と由香はもちろん了解する。


「兄さん達が出発の前日に来たとは知らなかったな」


「ええ」


「元気にしてるかな?」


「きっと元気にしてるわよ」


俺達は東京に行った兄貴達を思った。

去年無事に東大を受かった4人は東京でマンションを借りて暮らしている。

最初は兄貴と順子さんは別々のマンションに住んでいたが部屋の整理が苦手な兄貴のマンションに部屋の整理をしに順子さんが来ているうちに2人は一緒に暮らす様になり今は1つの部屋に一緒に暮らしている。


ちなみに隣の部屋には志穂さんと美穂さんが暮らしているそうだ。

橋本家の親族が経営しているマンションでセキュリティは完璧だと今年帰省した兄貴は言っていた。

でもしょっちゅう志穂さんと美穂さんが兄貴の手料理を食べに来ると苦笑いしていた。


「いいなあ順子さん」


由香がぽつりと言った。


「何が?」


「大好きな浩二君のお兄さんと同棲出来て」


「そうだね」


俺達は大阪の同じマンションで別の部屋に暮らす事が決まっている。


(それなら僕達もおじさんに黙って一緒に暮らしちゃおっか?)


俺は心でそう思いながら由香を見た。


「良いわよ」


「え?」


「一緒に暮らしちゃお」


「何で分かったの?」


「内緒」


由香はそう言って笑う。


「サービスのお代わりです」


マスターが俺達にコーヒーと紅茶を持ってきてくれた。


「いいんですか?」


「ええ」


恐縮する俺達にマスターはにっこり笑った。


「薬師様と白石様にも差し上げたサービスですから」


マスターはまた俺達が知らない事を言った。


「え?」


「薬師さんや杏子さんも来たんですか?」


「ええ今年の正月明けの5日に」


そう言ってマスターは空になった俺と由香のカップを下げてカウンターに戻って行った。


杏子さんは去年海外のコンクールで見事金賞を取り年末年始日本で過ごした事は薬師さんから聞いていた。

杏子さんは後3年海外で過ごしたら日本でのプロ活動に移るそうだ。


薬師さんはそんな杏子さんを日本で待ちながら地元の大学に通っている。

杏子さんが日本で活動する時にはプロポーズをするんだと言ってアルバイトに精を出している。


「薬師さんも杏子さんと上手くやっているのね」


由香は安心した様に言った。


「ああ色々大変な長距離恋愛だけど2人の絆は固かったね」


「本当良かったわ。一時はどうなるかと思ったもん」


「全くだ」


そう言って俺達は笑った。

話は坂倉さんに行く。


「唯さんどうしてるのかしら?」


「いや僕も聞いてないな」


俺達は坂倉さんが希望する教授のゼミを受ける為に京大を受験して受かった事までしか聞いて無かった。


「お元気にされてましたよ」


マスターは後ろからお皿を持って現れた。

皿にはケーキが乗っていた。


「どうぞ、これもサービスです」


「え?いいんですか?」


そう言いながらいつの間にか由香はフォークを握っていた。


「ええどうぞ」


「ありがとうございます」


由香は美味しそうにケーキを食べる。

俺はマスターに坂倉さんの事を聞いた。


「いつ頃坂倉さんに会ったんですか?」


「そうですね最後にお会いしたのはやはり今年の初めですかね。

京都に帰られる迄に数回お見えになられました。

すっかり大人のお嬢様に成られてましたよ」


マスターは嬉しそうに言った。

大人の坂倉さんは想像出来ないが元気な事を聞いてほっとする。

それにしてもマスターは何でも知っている。

俺はマスターの人柄にみんなが安心してここに集まる事を今更ながら知った。


やがて由香はケーキを食べ終わり俺達も帰る時が来た。


「ありがとうございました」


「マスターもお元気で」

 

俺と由香は最初のコーヒーと紅茶の代金だけを支払った。

それ以上はマスターが受け取らない事を知っているからだ。


「こ、こちらこそありがとうございました」


マスターは言葉を詰まらせて俺達に頭を下げた。

由香はもう泣いている。


俺は右手を差し出す。

マスターも右手を差し出した。


「ありがとうマスター、今までお世話になりました」


「こちらこそ大変楽しい時間をありがとうございました」


俺とマスターはしっかりと握手をした。


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