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さよなら。

吉田家との約束の日が来た。

律子は橋本家が用意した車に乗り込む。

自動車の中は橋本喜兵衛に、橋本隆一、そして運転手の人4人が同乗した。


平日にも関わらず大学を休んで同行してくれて家に匿う事までしてくれた隆一に律子は何度も礼を言ったが隆一は


「山添家に対する貸しだよ」


それだけしか言わなかった。


律子は助手席に座った。

後部座席では橋本親子が何やら打ち合わせをしている。

律子は吉田家に関する全てを話したので話しに加わる事は無い。

自動車が吉田家に着くまで1時間程かかる。

律子は助手席で匿われていた間の事を思い出していた。


由香は毎日律子の元に来て沢山お話しをした。

浩二の事が殆どだった。

浩二の事を話す由香の幸せそうな顔に律子は本当に由香が浩二の事を愛しているのだと分かり嬉しく思う反面淋しさを覚えた事。


その一方久の事をまだ少し想っている自分がいる事。


私はこの先どうなるのか?

はっきり分かっているのは浩二とはもう結ばれる事は無いという現実だけだった。


やがて車は吉田家に着いた。

立派な吉田家の門を車は静かに潜り駐車場に入る。

玄関で吉田家の使用人に到着を告げて応接間に通された。


「律子!」


中に入ると律子の両親が駆け寄って来た。


「お母さん!お父さん!」


律子は両親と抱き合って再会を果たした。


「大丈夫だった?」


「うん大丈夫だよ。橋本家の皆さんにとっても良くして下さったの」


「そうか良かった。ありがとうございます」


律子の両親は橋本喜兵衛、隆一親子に頭を下げた。

喜兵衛は涙を流して礼を言う律子の両親に優しい目をして頷いた。

隆一は律子達の再会を冷ややかな目で見ている吉田家を見ていた。


「さて茶番劇はこれくらいにして話を始めましょう」


応接間の椅子に座ったまま話すこの男が吉田家の当主で久の父親だろう。

尊大な態度であったが喜兵衛と隆一は気にする素振りを見せずに吉田家の面々に頭を下げた。


吉田家側は当主と思われる男と女性に高校生位の男が一人座っていた。


「本日はお忙しいなかお時間をいただき...」


「待ちなさい、まずあなた方はどなたですか?

これは吉田家と伊藤家の話だ。

部外者は遠慮してくれ」


隆一の挨拶を遮り不機嫌そうに男は言った。

隆一は一瞬むっとする。


「これはこれは自己紹介の挨拶が遅れましたな、

私は橋本喜兵衛でその息子の橋本隆一です。

伊藤律子さんの後見人とでも言いましょうか」


横にいた喜兵衛は隆一を制して代わりに言った。


「後見人?」


喜兵衛の言葉に男は不機嫌な態度のまま聞く。


「その後見人とやらが一体何だと言うのか?

これは吉田家一族の問題だ。余計な口を挟まないでもらいたい」


「そうですわ。貴方達は一族の話に何をしに来たのですか?」


男に続いて横にいた女も言った。

橋本喜兵衛はしばらく黙っていたが次の瞬間空気が変わった。


「お前達は目上に対する礼を知らんのか?

私は名乗ったぞ、『橋本喜兵衛』とな岸里の橋本を知らんのか?」


橋本喜兵衛の言葉に男はしばらく考えた後にハッとする。


「まさか橋本喜兵衛と言いますと...」


「ようやく気づきましたか。

先日連絡した時にちゃんと名乗ったでしょう?」


隆一も不機嫌なまま続く。


「あなた一体どうしたの?」


事情が飲み込めない女が男に聞いた。


「お前は静かにしなさい。

自己紹介が遅れました。私は吉田家当主の吉田正孝でこちらは妻の加代子と申します。

ご無礼の段お許しを」


吉田家当主の男は立ち上がり慌てて名乗った。

橋本喜兵衛は不機嫌な態度のまま無言で男の横に座っている男子を見ている。


「これは遅れました家の愚息吉田久です。

早く挨拶をしなさい」


父親の剣幕に驚きながら久は立ち上がり挨拶をする。


「...吉田久です」


「ふむ。私達は座って宜しいのかな?」


「申し訳ありません。お座り下さい」


橋本喜兵衛の問いに吉田正孝は慌てて橋本家に座って貰う。


「さて話の続きですが、私は大した事は言いません。ただこの娘さんの子供を産ませてやって欲しいという事だけです」


「それは出来ませんわ」


橋本喜兵衛の言葉に正孝の妻加代子が口を出した。


「ほう何故かな?」


「久から聞きましたの、あの娘の子は久の子では無いと」


「バカな!久君本気で言っているのか!?」


加代子の言葉に律子の家族は立ち上がる。

律子は何も言わず悲しそうな顔で久を見ていた。


「何故そう思うのかな?」


隆一は久に優しく聞いた。


「...だって、俺が堕ろせって言っても嘘つくし。

最近俺を見る目が以前と違っておかしかったし...」


「息子の言う通りだ。息子が堕ろす様に言ったのに拒否した上、書類を偽装して妊娠を続けている事が周りにばれると助ける為に一緒に逃げてくれた息子を見捨てて一人逃げたような娘のお腹の子供の父親が家の息子とはとても思えないね」


久の言葉を聞いた隆一は溜め息を1つして久に言った。


「君達は馬鹿か!」


「何だと!」


隆一の言葉に吉田正孝は立ち上がり怒る。

しかし隆一は怯まない。


「この娘はそのバカ息子以外に付き合っている人がいなかった事はあなたも知っているだろう!?

産婦人科に行ったら中絶手術より先ずは診察を受けるだろ?その時に着床した日を教えてくれるだろうが!

分かるか着床した日!このバカ息子がこの娘とセックスした日だ。バカに身覚えがあって何が他人の子だ?

それで堕ろせだなんて言う奴を...この娘がそんなバカを見る目が以前と変わって当たり前だ!」


隆一の怒りの声に橋本喜兵衛も驚く。


「珍しいの」


「すみません。この娘からを事情を聞いている内につい」


隆一は律子から吉田家の話を聞くうちに律子への仕打ちが如何に[理不尽で吉田家の自分本位の考えか]と怒りを覚えた。

更に律子の態度がとても16歳と思えない程落ち着いておりお腹の子供を愛しむ様子に吉田家に対する怒りに拍車をかけていた。


「貴様ら良いのか?」


隆一の言葉に吉田正孝の態度が豹変した。


「良いとは?」


凄む吉田正孝に対して橋本家側は余裕の態度を崩さない。


「こちらの家を舐めないで貰おうか。

此方には荒事を得意とする連中とも懇意にしているという事だよ」


「ほう?」


「今度は脅迫ですか?」


全く怯える気配の無い橋本家の態度に吉田正孝は電話の受話器を取りどこかに連絡をしようとする。


「そんな面倒はしなくてもいいぞ」


橋本喜兵衛は吉田正孝に告げる。


「何だと?」


「もう来る頃かの」


橋本喜兵衛は腕時計を見ながら言った。

その時応接間の扉が開く。


「お待たせいたしましたかの?」


「いやいや良い頃合いです」


そこにいたのは和装に身を包んだ浩二の祖父といかにもその道(ヤクザ)な男達だった。


「何故此処に?」


少し怯えながら吉田正孝は後に現れたその道な人に尋ねると男達は言った。


「吉田さん。あんたが何をするかは知らん。

俺達は何も聞いてねえから関係ない」


「そうだ、1つ言っておく。この方達にチョッカイを出さない事だ。これは忠告だぜ」


「え?」


「話は以上だ。俺達は帰って良いか?」


「すまんのう、一緒に帰ろうかの?」


浩二の祖父は男達にそう言うと。


「止めてくれ俺達の心臓が持たねえ」


そう言って男達は先を争う様に部屋を出て行った。


「あんた達は一体?」


完全に怯えた表情の吉田家の3人。いや伊藤家の両親も怯えている。


「「ただの後見人だ」」


眼光鋭く橋本喜兵衛と浩二の祖父は声を揃えた。


「それではこの娘さんの子供を出産に同意されますか?」


隆一は再度吉田家に詰め寄る。


「分かりました」


吉田正孝は力なく頷いた。


「ちょっと待って下さい!それでもこの娘が久の子供を身籠っている証明はされていません!」


吉田正孝の妻加代子は隆一に尚も抗議をする。


「分かりました。それなら出産後に親子関係を証明する事を約束しましょう」


「そんな事出来るもんですか!」


「出来ますよDNA鑑定でね」


「DNA鑑定?」


聞き慣れない隆一の言葉に聞き返す吉田家。


「ええ昨年発表された遺伝子による鑑定です。

近い将来世間の常識になるでしょう。

これは完全な証拠になります。

何度でも何年かけても鑑定されて結構です。

精度が年々上がるでしょうから」


「....」


完全に加代子は黙ってしまった。己の不利を悟ったのだろう。


「さあ帰りますかな?」


話が終わった事を橋本喜兵衛は告げて立ち上がる。


「そうですなタクシーを待たせておりますので伊藤家の皆様はそちらに」  


浩二の祖父は伊藤家の3人を部屋から出そうとする。


「待ってくれ!」


部屋を出ようとした律子を呼び止める久の声がした。


「なあ律子...」


久は律子を見て呟く。


「俺の子供なのか?」


久の言葉に律子は静かに頷いた。


「そっか...」


「久君」


律子は今日初めて久の名を呼んだ。


「何?」


「思い出をありがとう。あなたが大好きでした」


そう言うと静かに部屋を出ていった。


部屋を出て車に乗り込む時久の泣きじゃくる大声が聞こえて来たが誰も振り返らなかった。

車の中で律子はもう一度呟く。


「さよなら」


律子の目から静かに涙が溢れた。



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