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あいつは子供過ぎた。

学校が終わりみんな補習の為教室に残るが俺と由香、祐一は孝に言って帰る事にした。

今日聞いた久の事を律子に告げる。


本来律子に話す事じゃないのは分かっているが、今週律子と久は吉田家に行って顔を会わせる。

その時久は恐らく律子を罵倒するのは明らかだ。

せめて前以て律子に知らせるべきだろう。


俺達は一緒に電車に乗り律子の匿われている橋本家の本家に向かった。


「どう伝えるべきかしら」


由香はポツリと呟いた。


「僕が言うよ」


「祐一が?」


「うん。りっちゃんには残酷な話しになるけど僕が伝えなきゃいけないと思うんだ」


祐一は泣き腫らした目で俺達に言った。

その目には迷いは無い。


「分かった。俺達も一緒に行くから頼むぞ」


「祐ちゃんお願い」


俺達は祐一に久の話を律子に告げる事を頼んだ。


「ここが由香ちゃんの実家...」


初めて見る由香の実家の大きさに祐一は絶句する。

俺も初めて来た時はそうなったよな。

俺は唖然とする祐一を見ながら思い出していた。


「この部屋よ」


由香はある部屋の前に立ち俺達を待たせ扉をノックした。


「はい」


中から律子の声がする。

祐一は唾を飲み緊張した顔で俺達を見た。


「律子さん由香です開けて良いかしら?」


「由香ちゃん?今行きます」


律子の足音が近づき部屋の扉が開いた。


「祐ちゃん...」


扉を開けるとそこにいた祐一の姿に律子は声を失う。


「りっちゃん体は大丈夫?」


「祐ちゃんどうしてここに?」


「僕達が呼んだんだ。どうしても久の事で話をしておかなければならない事が出来てしまった」


「久君の事?」


「ええ、祐ちゃんは浩二君と律子さんの秘密を知っているの」


「え?」


律子は祐一が秘密を知っている事に驚いた表情を見せた。


「さあみんな入って。律子さんはベッドで横になって下さい」


みんな部屋に入り扉を閉めた。


「祐ちゃん久君はどうなったの?

酷い事されてない?」


律子は祐一の肩を掴み久の事を聞く。


「うん。久はあの後旅館で見つかったって聞いたけど実は自分から実家に電話をしたんだ」


「自分から?」


「『律子に見捨てられた。あいつは俺を捨てて逃げた』って。

子供の事も『俺は堕ろす様に言った、騙された』って」


「そんな...」


祐一の言葉に律子は肩を掴んでいた手を放す。


「ちゃんと私は書き置きをしたわ。

このままでは2人共捕まるから別行動にしましょう、落ち着いたら連絡をするから信じてって」


律子は俺達の知らなかった事を言った。

やはりちゃんと律子は久に告げていたのだ。


「うん。僕もりっちゃんの書き置きの話は聞いたよ。でも久は...」


「祐ちゃん?」


「久は...」


祐一はそこで黙りこんでしまった。やはり言えないみたいだ。


「教えて祐ちゃん!久君は何て言ったの?」


律子はベットから出て祐一に迫る。

由香が律子の体を軽く押さえた。


「落ち着いて律子さん、興奮し過ぎると体に触るわよ」


「......」


律子は黙ってベッドに戻る。

顔色が悪い、やはり言わない方が良かったのかも知れない。


「久..あいつは『俺がここまで言ったのに律子が堕ろすのを嫌がるのは俺じゃない奴の子供を妊娠しているからだ』って...そう言った」


余りにも悲しい祐一の言葉。

自分が信じていた人が自分を信じていなかった訳なのだから。

律子は虚ろな目をしたまま静かに話しだした。


「久く..あの人は私を疑っていたのね。

祐ちゃん、ごめんなさい。

薄々は気づいていたの。

私の記憶が戻った最初の切っ掛けはあの人の中絶をしてくれと言われた時なの」


「りっちゃん...」


「私の妊娠が分かった時、あの人は最初は喜んだわ。

『俺が育てるから絶対に産んでくれ』って。

でも実家に知られると直ぐに私に言ったの、

『堕ろしてくれ』って。

私が嫌がると

『俺達が不幸になる。お前の人生だって大変な事になるぞ』って」


「何て事を...」


律子の衝撃的な話に由香の顔色が変わる。

怒り。由香は怒っている。


「その言葉から私の頭の中で何かが開く気がしていた。

そしてあの人の実家が用意した産婦人科に行く前の日に私に言ったの。

『次は上手くやろうな』...笑顔でね。

その時思った何故私は赤ちゃんを失わなければならないのって。

その日の夜よ、私の記憶が戻ったのは」


「りっちゃん...」


「その時まで私何も知らない16歳の女の子だったから全て鵜呑みで信じていたの。

でも記憶が戻って分かったの、あの人は子供なんだ、嫌な事があると逃げちゃう人なんだって。

でも私はあの人が好きで何とか支えになろうと頑張った。

子供だって今を切り抜ければきっと何とかなるって」


「あいつは変わって無かったな」


「浩二君...」


俺は律子の傍に行き頭を下げた。


「すまない律子。あいつは変わって無かったよ。

小学校の5年の時にあいつの実家からお前と別れろと命じられてあいつは逃げただろ?

あの時祐一から話を聞いてあいつを助けた。

ガキっぽい所はあるが人間は悪くないと思ったんだ。

だが間違いだった。

人間がどうとかじゃない、あいつは子供過ぎた。

まだ大人になるべき、父親になるべき人間じゃなかったんだ」


「あなた...」


「浩二君」


自分の判断ミスで今回の事に繋がってしまったとハッキリ自覚する。

律子の不幸に繋がってしまった事に。


「そんなの分からないわよ」


「由香?」


「そんな人がどんな人になるか何て分かるもんですか!」


「そうよあなたは悪くない。体を迫られた時にちゃんと私が避妊をしていれば良かったのよ。

それくらいの知識はあったのに」


「そうだよ浩二君は悪くないよ。

僕があいつ(吉田久)をしっかり見てれば良かったんだ。

幸せそうにしているからつい見逃していたんだ。

あいつの頭はまだ子供のままで、責任とか考える事が出来ないままだったんだ」


由香や律子、そして祐一は俺を庇う。

しかし高校生の考えでそう思うのだろう。

だが俺は中身は大人だ。

佑樹の時に分かっていたはずなんだ、高校生の性への好奇心を。

せめて釘を刺すべきだった。

部屋は重い空気が包まれる。


「でも私は産むわよ」


沈黙を破り律子は言った。


「りっちゃん」


「律子さん」


「絶対に産むわ。

たとえあの人が何と言おうとも。この子は守って見せる」


律子はお腹を優しく撫でた。

その顔はもう決断した1人の()の顔だった。


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