私達に任せなさい。
俺は由香と一旦病室を出た。
しばらくすると由香の伯父橋本隆一さんと1人の医師がやって来た。
隆一さんは俺と由香を見ると静かに言った。
「あの女性の状況を説明するから来たまえ」
「はい」
「お願いします」
俺達は別室に案内された。
大きなテーブルに4人囲む様に座りカルテを配られる。
「あの女性は妊娠4ヶ月位ですね。
女性の出血はそれほどありませんでした。
意識はもうしばらくしたら回復されるでしょう。現在点滴をしております。胎児も命に別状はないようです。心音も確認しました」
「そうですか」
「良かった」
俺達は医師の説明に律子の状況が酷いもので無く子供も無事である事を教えられ安堵の声をあげる。
「だが切迫流産の危機はまだ続いている。
今は少し安定はしたが余り楽観は出来ない状況を忘れてはいけないよ」
隆一さんは厳しい顔で俺達を見ながら説明を続けた。
「伯父様、助けてあげて下さい。お願いします」
由香は頭を下げてお願いする。
俺も由香と一緒に頭を下げた。
「もちろん全力で経過は見守るよ。
しかしあの女性は何者かね?
いきなり救急車でこの病院に搬送して来て。
私にも分かるように説明してくれ」
隆一さんの厳しい視線に俺と由香は頷く。
「伯父様...」
由香はもう1人の医師を見つめて呟く。
「君、あの患者の説明は以上かね?」
「はい。説明は以上になります」
「そうか、君は席を外してくれ。
これからは家族の話になるものでね」
「分かりました。失礼します」
もう1人の医師は席を立ち俺達は3人になる。
「さあこれでいいかな?」
「はい。あの女性は先日浩二君が説明した女性です」
「あの前回は未来で浩二君と結婚していて今回は別の人生を歩んでいるとか言ってた人かな?」
隆一さんは先日の俺の説明をよく覚えていてくれた。
「ええその通りです」
俺は女性を律子である事を認めた。
「しかし女性は何故ここに来たのかね?
確か女性には前回の記憶は無いと君から聞いたが」
「はい確かに私が先日お話した時私もそう思ってました。
しかし今回私と由香が女性の母親から聞いた話では2ヶ月前に記憶が戻っていたそうです」
「記憶が戻った?」
「ええ中絶手術の前日の夜に」
隆一さんは訝しい顔で俺の説明を聞いていた。
これは信じてない顔だ。
「隆一さん、私の話を全て信用して下さいとは言いません。
しかし1人の女性が助けを求めて命懸けで此処にやって来たのです。
どうか女性を...律子を助けてやって下さい!」
「お願いします」
俺と由香は隆一さんに頭をもう1度下げた。
その時部屋の扉がノックされた。
「はいどちら...」
隆一さんの返事が終わらぬうちに3人の男達が入ってきた。
「お父さん..」
「じいちゃん...」
「お父さん。」
3人を見た俺と隆一さんは言葉を失う、
橋本喜兵衛さんと俺のじいちゃんと由香の父さんだった。
由香は驚く様子も無かった。由香が呼んだのだろう。
「浩二」
「じいちゃん。」
「話は喜兵衛さんから聞いた。儂は未だに信じられんがお前は嘘のつけん奴じゃ。
だから儂はあの娘を助けたいなら協力するぞ」
じいちゃんは優しい顔で俺に言った。
続いて橋本喜兵衛さんが俺に聞く。
「浩二君。」
「はい」
「話は由香から聞いた。あの娘を助けたいなら力がいるぞ」
「ええ」
「私とお爺さんに任せなさい」
「お願いします」
俺は頭を下げる。
最後に由香のお父さんが由香に聞いた。
「由香あの娘は浩二君の奥さんだった人だがいいんだね」
「お父さん、律子さんは浩二君の奥さんでした。
でもそれは関係ありません。
私は律子さんを助けたい。
愛する人の子供を産ませてあげたいんです」
由香はしっかり助けたい事を伝えた。
「分かった」
由香のお父さんは由香の目を見てしっかり頷いた。
「やれやれこれからが大変だね」
由香の伯父さんは静かに溜め息をついて俺の方を見た。
「浩二君、実は君が来る前に少し由香から話を聞いたがあの娘のお腹の子供は吉田君だったね」
「はい」
「隆一も聞いておったか」
喜兵衛さんは伯父さんが事情を聞いていた事を知り驚いた表情を浮かべた。
「ええ。石山市の吉田家と言えば有名ですから」
「おおそうじゃな」
「私も協力しましょう」
由香の伯父さんまでも協力を申し出てくれた。
どのような交渉になるかは分からないが全てを任せる覚悟を固めた。
その時部屋の扉がふたたびノックされて先程の医師が顔を出して言った。
「女性の意識が回復されました」
「話は出来るのかね?」
「ええ。今は安定されてます」
「浩二君、由香行ってきなさい」
由香のお父さんに促され俺と由香はこの場を任せて病室に向かった。
ノックをして部屋に入る。
部屋は律子の他に誰もいなかった。
律子は俺と由香を見て固まる。
「あなた...」
「....」
由香は俺と律子に遠慮して後ろに控えた。
俺は律子をただ黙って見つめる。
「久し振りでいいのかな?」
俺の言葉に律子は少し笑う。
他に何と言っていいのか分からないのだ。
「ごめんなさいご迷惑をかけてしまって」
律子はうつ向き加減でそう言いながら髪を少しかきあげた。
(喋り方、あの仕草、間違いない。前回俺と人生を共にした律子だ)
俺の様子を由香は後ろで黙って見ているのを感じる。
俺はどうしていいのか分からない。
「浩二さん」
「何かな?」
「あなたはいつから記憶が?」
律子は静かに俺に尋ねた。どうやら俺にも未来の記憶がある事に気づいた様だ。
「5歳からだ」
俺は正直に答えた。
「そんなに前に?」
律子は俺の答えに少し驚いた。
「ああ。最初は驚いたよ。朝起きるなり子供に戻っていた訳だからな」
「そうでしょうね大変だったでしょ?」
「最初の頃はな」
「私の記憶が戻ったのは...」
「お義母さんから聞いたよ2ヶ月前だってな」
「お母さんに会ったの?」
「6年振りに会ったがそれでも前回結婚の挨拶に初めて行った時より若かったぞ」
「当たり前でしょ」
俺と律子の会話は正に長年連れ添った夫婦の会話そのものだった。
「すまなかった」
俺は律子に頭を下げる。
「何を謝ってるの?」
「君を探さなかった事だよ」
「仕方無いわ。会った所で私も5歳よ。
あなたの記憶も無かたっからきっと泣いてたわよ」
「しかし僕は6年前に偶然再会したのにその後君を避け続けた」
俺の言葉に律子は少し悲しそうな顔をした。
「それも仕方無いわ。あの時私は既に久君が大好きだったし...あなたも既に由香さんが好きだったんでしょう?」
律子の言葉に俺は何と言うべきか悩む。
「そ、そんな事は...」
「相変わらず嘘がつけない人ね」
俺の様子に律子は笑った。
「そうかな?」
「そうよ。由香さんもそう思うでしょ」
律子は俺の後ろにいる由香に声をかけた。
「そうですね。本当にそう思います」
俺は後ろを振り返る。
由香はにっこり微笑みながら答えた。
どうやら俺と律子の会話を聞いて落ち込んだりしていない様子だ。
「あなた」
「なんだい?」
律子が俺を見ながら話す。
「私由香さんと2人でお話したいの、席を外して貰っていいかしら?」
「え?」
後ろで由香が驚いた声をあげる。
「由香さんお願い」
律子は俺と由香を見て再度言った。
「分かった由香後を頼む。僕は外にいるから」
俺は2人を病室に残して部屋を出た。