あなた。
「あなたは...」
「由香ちゃんお知り合いなの?」
順子は由香に尋ねた。
「ええ律子さんお久し振りです」
「....」
律子は由香を見ている。
先程順子が由香と言ったこの女性が浩二の恋人なのだろう。
しかし律子には見覚えがなかった。
「覚えてませんよね。6年前に1度だけ見ただけですもの」
「6年前?」
由香の言葉に律子は記憶を辿る。やがて1つの記憶に辿り着く。
それは久もよく言っていた小学校4年生の遠足でオリエンテーリングの時に会った女の子だ。
「あなたはあの時の...」
「思い出したんですね」
律子と由香の会話についていけない順子は何が起こっているのか分からない様子だ。
「由香ちゃん一体どういう事なの?」
「ごめんなさい順子さん、今は説明している時間がありません。
律子さん早く行きましょう、浩二君が待ってます」
由香の浩二と言う言葉に律子は激しく動揺する。
(何故私の事をそんなに由香さんと浩二さんは知っているの?)
「ごめんなさい、もう私はあの人に会えません」
そう言うと律子は喫茶店を飛び出した。
「律子さん走っては駄目!」
由香は律子の後を追って駆け出す。
律子は妊娠しているのにもかかわらず全力で駆け出すが数十メートル程走った所で倒れてしまった。
「律子さん!」
「由香ちゃん一体どうなってるの!」
順子が叫ぶが由香は答えずに律子の元に駆け寄る。
由香は倒れた律子の体を起こすと律子のスカートから血が滲んで来た。
由香は順子に叫んだ。
「救急車を早く!」
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[律子サイド]
あれどうしたんだろう?
確か私は久君と一緒に逃げて...
そうだ私は久君の子供が出来て、久君の家に反対されたんだ。
『高校生の分際で何を考えているんだ』って。
それで中絶を命令されて...
思い出したんだ...あの夜、中絶手術を受ける前の晩に。前生の事を。
それは今回の人生と途中からまるで違っていた。
私は前生では吉田久さんとは小学4年で別れていて高校生の今もこうして付き合っていなかった。
ましてや子供が出来る行為は私の前生では結婚相手の山添浩二さんが初めてで彼以外は無かった。
この先未来の人生もきっと前生で歩んだ記憶と今回の未来はまるで違うのだろう。
私は改めて前生での大切な人を思い出す。
私か前生で一緒に人生歩んだ相手
山添浩二の妻として生きた24年間の結婚生活。
私は浩二さんにすぐ会いたかったが私の体には新しい命が宿っていた。
吉田久さんの子供が。
もう浩二さんに会えないと思った。
だから私は思い込む事にした。
前生は[夢]だと。
それは無理矢理だと分かっていた。
私はせめて赤ちゃんだけは守ろうと前回の記憶を頼りに中絶の書類を偽造した。
久さんの実家は体面を気にする家だからこの問題に早く蓋をしたかったので私の行動すぐにバレる事は無かった。
このまま中絶出来ない時期まで隠すつもりだった。
でも学校で倒れた私は妊娠が周囲にバレて久君に全てを告白した。
久君は私と一緒に実家から逃げてくれた。
でも逃げ切れなくって、お金も底を尽きそうになった私は久君を置いて逃げた。
何故浩二さんを頼ろうとしたのかは分からない。
私の事なんか覚えてないだろうに。
浩二さんに会いたかったんだ。
私は最後に浩二さんに会いたかったんだ!
疲れ切った私は前生の記憶を頼りに浩二さんの実家に行こうとしてたら道に迷って綺麗な女性に助けられて。
まさかその女性がお義兄さんの彼女なんてね。
浩二さんが縁結びしたって言ってたわね。
浩二さんお義兄さんの事を凄く心配していたからかしら?
浩二さんも彼女と幸せにしてると聞いて本当に嬉しかった。
もう浩二さんには会えなくてもこれで思い残す事は無いと思った。
すると浩二さんの彼女が現れて私を浩二さんに会わせてくれようとしているのを知って怖くなった。
何故浩二さんや彼女が私の事を詳しく知っているの?
祐一君から私の事を聞いただけのはずなのに。
怖くなった私は妊娠しているのを忘れて走って...
そうか私倒れたんだ。
もう私死ぬのかな?
久君ごめんなさい。
せめてあなたの子供だけは守りたかった。
浩二さんごめんなさい。
やっぱりもう1度だけ会いたかった。
『あなた...』
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「あなた...」
病院のベットで眠る律子はそう言いながら涙を溢した。
その様子を俺と由香は静かに見ている。
俺は祐一と分かれて駅からの事を思い返す。
由香は律子が見つかった時に律子と赤ちゃんを守る準備をする為橋本家の本家に行くと言っていた。
俺は律子が来るのを自宅で待っていた。
結局律子は俺の家に現れなかった。
順子さんからの電話で倒れた律子を由香が救急車で病院に運んでいると聞いて今俺はここに来て由香と合流して、
眠っている律子に会った。