幸せそうで良かったです。
浩二と由香が電車で駅に向かっている頃十河順子は駅から家路に向かっていた。
今日有一は学校から病院に行ったので1人で帰る予定だった。
浩二の件で有一も検査をした方が良いと志穂や美穂から言われた為である。
有一は『気にしない』と言ったが万が一があると言われた順子は有一に検査を勧めた。
「あれ?」
順子は駅前で1人の迷っている女性を見つけた。
顔色が優れない様子の女性に順子は声をかけた。
「どうされました?」
「あ、いえ駅前が随分変わっていたもので...」
女性の言葉に順子は首を捻る。駅前は昔から変化が無いからだ。
「はあ...変わりましたか...」
「いえ別にそんな意味ではありません。
ただ夢の記憶の中の話なのです。」
順子の様子を見た女性は慌てた様に言った。
「失礼します」
急いで順子から離れようとしている女性だが気分が優れないのかしゃがみこんで動けなくなってしまう。
順子は急いで女性に駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
「ええ...」
「救急車を呼びますか?」
「止めて下さい!」
救急車と言った途端大きな声で拒否をした女性に順子は何か訳があると察する。
しかし具合の悪そうな女性をそのままにも出来ない順子は休ませてあげようと思った。
「それではそこの喫茶店に行きませんか?」
「喫茶店ですか?」
「ええすぐ近くにあります。そこで少し休まれては?」
順子は優しく微笑み女性の警戒をほぐす。
しばらく考えていた女性は順子の微笑みに気持ちを少し許したようだ。
「宜しくお願いします」
女性はそう言って頭を下げ、2人は近くの喫茶店に着いた。
順子は喫茶店の扉を開けた。
「いらっしゃいませ」
喫茶店の扉を開けるといつものマスターが優しい笑顔で迎えてくれた。
「こんにちはマスター」
「おや?今日は新しいお客様ですね?」
マスターは順子が新しいお客を連れている事に気づく。
「こんにちは」
その女性も小さな声で返事をする。やや疲れている様子を見たマスターは1番奥のゆっくり出来るテーブルに2人を案内した。
「私はミルクを」
「私はレモンスカッシュを下さい」
注文を終えた順子は女性をそれとなく見る。
私服を着て話す言葉は大人びているが見た目は年齢的に自分と同年代位と思われた。
まだ少し緊張の解けない女性に順子は簡単な自己紹介をする。有一がよく初対面の人にやるようにやってみる。
「落ち着かれました?
私は十河順子です。高校2年よ」
大柄な順子にいきなり『高校2年よ』と言われたら大概の人はびっくりする。
タイミングも有一みたいに上手くないが順子の一生懸命さは女性に伝わった様だった。
「私は..」
言い澱む女性に順子は優しく声をかける。
「良いのよ言わなくても。何か事情があるみたいだし」
「...いと..いえ、山添律子です」
優しい微笑みを浮かべる順子を見た女性は決意した様に名前を言った。
「山添?」
順子は女性が言った名前に驚いた様子で聞き返す。
「山添って山添有一君や浩二君の親戚の方ですか?」
順子の言葉に女性は大きく目を開き固まってしまった。
「どうされました?」
余りに女性が驚いた様子に順子も固まってしまいそうになる。
「い、いえ別に」
明らかに動揺している女性は運ばれて来たレモンスカッシュを少し口に入れ大きく深呼吸をする。
そして静かに順子に聞き始めた。
「あの浩二さんをご存じなんですか?」
「はい私の恋び、いえ私の知り合いの弟さんです。」
慌てて言い直す順子の様子に女性は少し顔を綻ばせる。
「有一さんとお付き合いされてるのですね」
女性は順子に尋ねた。
「ハイ...」
順子は顔を真っ赤にして返事をする。
「お幸せそうで良かったです」
女性はにっこりと微笑んだ。
その笑顔はある人を順子に思い出させた。
「浩二君によく似た笑顔ですね」
順子の言葉に女性はまた少し驚く。
しかし今度は先程の様に固まらず順子に聞く。
「浩二さんはどうされてますか?」
順子は浩二の親戚の方だと思い浩二の事を説明する。
「浩二君は私と有一君の仲を取り持ってくれたんです。
浩二君は私達の恩人なんですよ」
「そうなんですか」
順子の言葉に女性はとても嬉しそうに笑った。
その笑顔はやはり浩二に似ていた。
しかし愛しさも感じる笑顔に順子は少し気になった。
順子は少し由香の事を言ってみた。
「浩二君も由香さんって可愛い彼女もいて幸せな日々を過ごされているんですよ」
順子の言葉に女性は笑顔を崩さず逆にほっとした様子だ。
「浩二さんも幸せなんですね」
女性の言葉は順子が心配するような感じでない事が分かる。
「ええ。浩二君や有一君のお陰でみんな幸せです」
2人の女性は楽しい時間を過ごした。
「そろそろ行かないと」
女性は時計を見ると立ち上がる。
「山添さんのお家に行かれるのならお送りします」
順子も立ち上がるが。
「ありがとうございます。でも私は帰らないと...」
女性は順子の申し出を断り会計を済ませて店を出ようとした時喫茶店の扉が開いた。
そこにいたのは汗を一杯に掻いた由香だった。
「律子さん...」
女性はいきなり名前を呼ばれ固まってしまった。