これからも宜しく。
検査結果は由香にも由香のお父さんが電話で知らせてくれた。
病院からの帰り俺は由香のお父さんが運転する車に乗せてもらい由香の自宅がある橋本医院に向かった。
「良かったね浩二君」
「はいありがとうございます」
由香のお父さんからの何度目か分からないが同じ祝福を受けて俺も同じ言葉でお礼を交わす。
何度言われても嬉しい。
何しろ絶望しか無かった前回の記憶から希望につながる今回の結果なのだから。
「しかし浩二君、君が以前言っていた様に精子の数が今後減少する事があればいけないので精子の冷凍保存を薦めたいがどうだろう?」
由香のお父さんの言葉に俺は受かれているだけじゃいけないと思い知る。
やはり由香のお父さんは医師だ。常に患者に寄り添えるなんて素晴らしい。
俺は感動した。
「はい分かりました」
俺はしっかりと了解する。
「よし了解したね、早速手続きを兄さんにお願いしておくから。
冷凍精子があれば、もし今精子の数が減少しても由香とすぐに慌てて子作りする必要も無いだろ?」
「そ、そうですね」
由香のお父さんは満面の笑顔でそう言った。
目元はサングラスをしているので分からないがきっと目は笑ってないのだろう。
その後しばらく今後の検査スケジュールを聞かされる。
やがて車は由香の自宅横にある駐車場に入る。
駐車場に2人、いや3人の人影が。
由香のお母さんと由香、後は...兄貴?
車が止まると俺はドアを開けて外に出る。
「お父さん、浩二君お帰り!」
「由香待っててくれたんだ、ありがとう」
「あなたお帰りなさいご苦労様。お昼は?」
「ありがとう、浩二君と病院の食堂ですませた。すぐに診療に移るから。それじゃ浩二君また連絡するよ」
「浩二君ご苦労様、良かったわね。私も失礼するから後は由香宜しくね」
由香の両親は診察を再開するため忙しく医院に行ってしまった。本当に忙しい中来てもらったのが分かり有り難さで心が満たされる。
「浩二お帰り」
やはり駐車場で待っててくれたのは兄貴だった。学校から帰ってすぐに来たのだろうか、学生服の手には学校の鞄では無く紙袋を提げていた。
「ただいま兄さんも待っててくれたんだ、ありがとう」
「もちろんだよ、結果は由香ちゃんから聞いたよ。良かったって言って良いのかな?」
兄貴はやはり俺の精子の数が基準を下回っている事を気にしているようだ。
「兄さん結果は良かったんだよ。僕の夢の中で見た記憶の数倍の可能性が出てきたんだから」
さすがに精子の数とは言えない。
「そうか...そうだよね。それで僕は今日由香ちゃんにも浩二の事で協力をお願いしようと思って」
「協力?」
兄貴は紙袋を軽く持ち上げて笑った。
「うん。浩二の検査の結果を更に良くする為に色々調べたんだ。その協力だよ」
「お兄さん!是非協力させて下さい!」
由香が大きな声で兄貴に迫る。
(由香、落ち着いて)
「そ、それじゃ由香ちゃん少し時間良いかな?」
「はいお兄さんも浩二君も家に上がって下さい!」
興奮冷めやらぬ由香に促されて橋本家のリビングで俺達兄弟と由香の3人がテーブルセットに座る。
「よいしょっと」
兄貴が紙袋を逆さにするとノートやコピーされた紙が沢山出てきた。
「兄さんこれは?」
「うん浩二の精子量を増やす為の食事や改めなくてはいけない生活習慣等を医学書からコピーしたり書き出してファイルにしたのを閉じたものだよ」
(兄貴、由香の前で精子だなんて)
「お兄さんありがとうございました。
凄く要点だけを整理されていますね、とても見やすいです。
成る程、精子の量と運動量か...」
由香は兄貴の持ってきたファイルを眺めながら何度も『精子の』とか『精子が』と一人言を言い続けた。
「浩二」
「兄さん何?」
「由香ちゃんはお医者さんの娘さんだ、気にしすぎ」
「はい」
兄貴に言われてしまった。
「よし!浩二君」
兄貴のファイルを読んでいた由香は顔を上げて大きな声で俺を呼ぶ。
「はい」
「来週からお昼は私が作って持っていきます」
「え?」
「分かりましたね!」
「はい宜しくお願いします」
由香はふんっと鼻息荒く俺を見る。
俺は由香の決意にただお願いするのだった。
「浩二良かったね」
「うん」
「あとお兄さん!」
「はい!」
「お兄さんも自宅で食生活の改善指導宜しくお願いしますね?」
「はい!」
由香の気合いに兄貴もびっくりしたみたいだ。
その後俺達は由香と分かれて自宅に帰る。
「でも浩二良かったね」
「うん」
「これで浩二も幸せになってくれたら僕はこれ程嬉しい事はないよ」
兄貴は本当に嬉しそうに俺を見た。
余程今回の事で心配をかけたのだろう。
「兄さん心配をかけてごめんなさい」
俺は兄貴に頭を下げた。
「浩二心配はしたけど謝る必要はないよ。
早く子供が出来ると良いね」
「え?」
「いや違うよ、すぐに責任を取れって事じゃなくて、あの...浩二が早く由香ちゃんと確実に子供を作れたら良いなって...」
兄貴は顔を真っ赤にして固まった。
「兄さん」
「何?」
「あの時聞いてたの?」
「知らないよ!」
兄貴は真っ赤な顔のまま走り出した。
なんて純粋な兄だろう。本当に16歳か?
(みんなありがとう)
俺は恵まれた今回の人生に感謝するのだった。