検査に行きましょう。
「検査は5日後の水曜日朝9時だ、兄さんからこの封筒を託されたので受付で渡しなさい」
由香から連絡を受け俺は学校の帰り由香の家に寄った。そして由香のお父さんから封筒を手渡されたのだ。
「ありがとうございます」
「ありがとうお父さん」
俺と由香は頭を下げた。
「いや、私は兄さんから手紙を託されただけだよ。
それから検査前に1つ注意だが...」
由香のお父さんは少し言いにくそうだが俺はすぐに察する。
何しろ前回の時間軸では6年間の治療経験があるのだから。
「分かっています」
「おおそうかね、我慢だよ」
「はい!」
俺と由香のお父さんの会話が理解できない由香だがこれは説明する訳にはいかない。
こうして俺は5日間の禁欲生活に入った。
しかし意外に健全な高校生には辛い日々であった(特に後半)
そして迎えた検査の日。
俺は大学病院の受付で封筒を渡して検査室に入る前に簡単な問診を受けた。
本来未成年の俺だけでは検査は受けられないのだがそこは橋本教授の根回しで特例だった。
「凄いね君、本当に未成年かね?」
俺を担当した医師が驚いているが、こっちは前回さんざん調べて結構な知識だけは蓄えてしまっただけである。
(成果は無かったが)
問診が終わり俺は検査室に入る。
ここで検体を提出するために容器を持って検査室に1人で入って...な訳だが...割愛しよう。
「それではお待ち下さい」
俺は待合室に1人取り残される。
孤独な時間が過ぎる。
約3時間後に呼ばれると聞いた。
俺が前回受けた検査は1時間位で呼ばれたと思うが仕方がない。
時代が違うせいかもしれない。
長椅子に座り俺は待ち続けた。
俺が早く検査を希望した訳はもちろん早く治療に入りたいのもあるが前回の時間軸の不妊検査の時に治療開始時と数年後に治療を諦めた時で精子の量が違っていた事もある。
[ひょっとして若い今なら精子の量も問題ないかもしれない]
そんな甘い期待が俺を支配していた。
「山添さん」
「はい」
俺は看護師に名前を呼ばれ診察室に入った。
「座りなさい浩二君」
「橋本さ..先生」
そこには由香の伯父橋本隆一さんが診察室にいた。
もちろん担当医も一緒だが。
「失礼します」
俺は診察室の丸椅子に座り説明を待った。
「ふーむ...」
「やはりかな...」
2人の渋い顔で俺は観念する。
(冗談等言わない隆一さんだからな)
「それじゃ説明をするよ」
担当医師が俺に言う。
「やはり精子の数が少ないので造精機能障害に分類されるね」
俺の希望が打ち砕かれた瞬間だった。
「そうですか...」
その後の事は余り記憶に無い。
[やっぱり]と言う諦めの気持ちと[何故俺ばかりこんな目に]といった怒りの気持ちとがせめぎあっていた。
「浩二君!」
「はい!」
突然大きな声がしたかと思えば背中を叩かれ驚いた俺は我に返る。
「しっかりしたまえ」
「はい....」
気がつくと俺は待合室の長椅子に座り横に由香のお父さんと由香の伯父さんが俺の両脇に座っていた。
「おじさんどうして?」
「娘婿の事は気になるよ」
由香のお父さん静かに微笑みながらはそう言った。
(と言うことは検査結果は知っているのだろう)
俺は申し訳ない気持ちになる。
「浩二君、詳しくは兄さんから聞いたよ。
まだ良かったじゃないか」
俺は由香のお父さんの言ってる事が良く分からない。
「あの良かったって?僕、造精機能障害ですって...」
俺の言葉を聞いた伯父さんは大きな溜め息をつく。
「やっぱり最後まで聞いてなかったな。
確かに君は造精機能障害だな、だが精子の数は下限ぎりぎりでもう少し精子がいたのなら正常値だったんだよ」
「え?」
「それに精子の運動量も申し分無しだ」
「確かに精子の数は少ないが充分自然妊娠も見込めるぞ。良かったな浩二君」
由香のお父さんと伯父さんの言葉に俺は天に舞い上がりそうになる。
橋本兄弟こそ俺にとって天使に見えた。
「ありがとうございましたお父さん!伯父さん!」
俺は流れる涙が止まらず下を向いたままお礼を叫び続けた。
「但し後数回検査を受けて貰うので1ヶ月以上は禁欲生活だ」
そう言った伯父さんと由香のお父さんからの言葉は耳に入らなかった