慟哭。
俺は由香に謝ってから由香の家を出た。
由香も謝っていたようだが俺の記憶が曖昧だ。
何とか自分の家に帰り着いた俺は自分の部屋に入りもう一度頭を整理した。
(前回の時間軸、律子に関する記憶の中で俺が忘れている事が無いか?)
俺は本棚の奥に隠していたノートを取り出す。
あの巻き戻った時に全ての情報等を書いていたあのノートだ。
伊藤律子の項目のページを開いて俺は必死に読んだ。
ノートに書かれていたのは俺が今覚えている情報ばかりで俺が忘れている事は書かれてはなかった。
(まただ!もしかしたら俺はこの時代に巻き戻った時に忘れてしまった事があるのかも知れない。)
俺は藁にもすがる気持ちで前回の時間軸の記憶を思い出そうとする。
(前回の人生で俺と律子の間に子供が出来なかった。その事で俺と律子は病院に検査に行ったりしなかったのか?)
人は嫌な記憶には蓋をして忘れようとすると聞いた事がある。
子供の出来なかった原因は俺か律子どちらかだったはずだ。
俺と律子の性格からして何も検査せずに過ごしたと考えられない。
まして律子は非常な子供好きだった。
前回俺と付き合ってる時から『子供は何人欲しいね』といつも言っていた。
だからどちらかに不妊原因があったのだろう。
それはとても悲しい検査結果で、だから俺は記憶に蓋をしたのだろう。
(きっとそうだ)
俺は少しでも自分だけが原因と言う結論から逃げようとしていた。
その後夕食を兄貴と一緒に食べた。
少し元気が無いのを兄貴は心配していたが
俺は努めて明るく笑顔で返す。
風呂に入りその日は早く寝る事にした。
(明日少しでも早く起きて由香の家に行こう。
そして今日の事を改めて謝るんだ)
俺はそう決めて眠りに着いた。
ふと気づくと俺は暗闇で誰かをを抱いていた。
『何だこれは!』
俺は絶叫するが声は出ないし体は勝手に動いている。
『え?』
俺の困惑を他所に俺の体は暗闇の中で女性の服を脱がし始めて...
『ひゃ!』
俺の頭は大混乱だ。
おっさんから戻って10年、すっかり健全な高校1年生15歳には刺激が強すぎる。
(ひょっとしてこれは夢か?)
そう考えると妙に納得した。
俺の願望でこんな夢をみたんだろう。
と言う事はこの女性は...
(由香かな?)
俺は勝手に動く自分の目から流れる映像に興味津々だ。
やがてスタンドの電気が女性の顔を少し照らした。
(...律子?)
それは前回の人生で一緒に過ごした律子の若い頃の姿だった。
思い出した...
ここは俺が独身時代に住んでいた部屋で、この日は俺の24歳の誕生日。
(この日俺と律子は初めて結ばれたんだ...)
次の瞬間俺の記憶が途切れた。
俺の前に律子がいる。
(随分深刻な顔をしているな?)
『すまん律子』
(え?俺の声か。
勝手に俺が喋っている。変な感覚だな。
何したんだ俺?随分深刻だぞ)
『仕方無いわよね』
(お?律子の声か、懐かしいな。
さっきから少し時間が経ってるな、何歳位だろう?)
『律子、俺と別れてくれ』
(な、何を言い出すんだ俺!見ろ律子も驚いてるぞ)
『嫌よ』
『だが俺といたら子供が...』
『それは仕方ないよ』
『いやしかし...』
『私はあなたと結婚したの。一生一緒にいると誓った。その誓いは今も変わらない』
『律子...』
『私にも原因が少しはあるのかも知れない。
それにまだ治療の道はあるんでしょ?』
『ああ、あるにはあるが時間と金が...それに不妊治療には男性より女性の負担が』
『私は大丈夫。
まだ30歳半ばよ?頑張りましょ!』
『造精機能障害か、何で俺がこんな物に...』
.........思い出した。
ここは俺が前回住んでいた家だ。
そして俺と律子は病院に検査に行っていたんだ。
結果は律子は異常なし。俺は乏精子症、造精機能障害と診断されたんだ。
それで俺は律子に離婚を迫った。
まだ律子の年齢ならすぐに再婚すれば子供が作れると思ったからだ。
しかし律子は拒否した。
『俺との子供が欲しい』と。
俺と律子は不妊治療を頑張った。しかし授かる事は無かった。
40歳を迎えようとした時に俺は律子に言ったんだ。
『ありがとう。もう止めよう』って。
もう体力的にも金銭的にも限界だった俺達はこうして自分達の子供を諦めた。
その前に見た夢、律子との初夜の記憶を思い出す。
...律子は乙女だった。
つまり律子の妊娠中絶の過去は無い。
そして今の会話。
(つまり俺が原因の不妊だった...)
俺は飛び起きて絶叫した。
家族が驚いて飛んできた。
「ごめん悪い夢を見たんだ」
俺はそう言って謝った。
...そう悪い夢だったんだ。
もし本当なら俺は今回も自分の子供が抱けない。
由香との子供が....