薬師君と杏子さんの1ヶ月後。
薬師さんから立ち直ったから久し振りにが喫茶店に来てくれと俺と佑樹が呼ばれたのはあれから1ヶ月が経ち7月の期末試験が終わった頃だった。
「本当に浩二と佑樹には世話になった」
席に着くなり薬師さんは俺達に頭を下げた。
「もういいですよ」
「そうだよ俺とアッキーの仲じゃないですか」
佑樹からアッキーと呼ばれ照れ臭そうな薬師さん、その顔は昔の子供だった頃の面影は徐々に薄れやはり大人になったと感じさせた。
「もう煙草は吸ってませんね?」
「ああ、あれから何とか我慢してるよ。
でも街中煙草だらけだったんだな、今更ながら気がついたよ」
その言葉に今更ながら煙草全盛の時代だったんだと痛感する。
自販機でも街の煙草屋でも簡単に購入できたし、お使いで煙草を買いに行くのもよくある光景だった。
「でも薬師さん、誰が煙草を薦めたんです?薬師さんの家族で誰か吸ってました?」
佑樹の質問は俺も知りたかった事だ。
(誰が煙草を教えたんだ?)
「...自分からだよ」
薬師さんは頭を掻きながらそう言った。
しかし早口で捲したてる様子は
『自分は嘘を言ってます。』と言ってるようなものだった、
何て嘘をつけない人なんだ。
俺と同じ、それ以上かもしれない。
「嘘、バレバレっすよ」
「何で分かるんだ佑樹?」
「僕でも分かりましたよ」
「浩二にまで?浩二は以前に俺の嘘に気がついてなかったはずなのに?」
「あれは振られたって薬師さんが言ったんですよ。実際薬師さん自分が振られたって思い込んでましたもん」
「そうだったかな?」
目線を逸らして誤魔化すがその仕草で嘘がつけない人と更に分かる。
「で誰なんです?」
佑樹の追究は再開された。体が大きく圧のある姿勢で薬師さんに迫る。薬師さんは取り調べを受ける容疑者の様に項垂れながら自供(?)した。
「...みつるだよ」
「みつる?」
「みつるって浩二知ってるか?」
また聞いたな[みつる]、か。何故だ?薬師さんの知り合いで[みつる]なる男を考えると俺の記憶の蓋が閉じてしまう。
「知らん」
「やっぱりか」
薬師さんはそうだろうなって顔だ。
「みつるって奴が薬師さんに煙草を薦めたんですね?」
佑樹は体を起こして指をパキバキ鳴らし始めた。お前は世紀末救世主か?
「み。みつるだけを責めないでくれ。
あいつは俺に気分転換として煙草を教えただけで途中から俺の吸いすぎを注意していたんだから」
「俺は親切心を装って結果を考えずに要らない事言って近づく奴は嫌いなんです」
佑樹は吐き捨てるように言った。俺も佑樹と同じ意見だ。
「根っからの悪人じゃないんだ。
中学1年から5年の付き合いだ分かってくれ」
薬師さんが尚もそいつを庇う。俺も気分が悪いから話題を変えた。
「まあ佑樹もう止めようぜ薬師さんが立ち直る事が出来たんだから」
「ああ、まあそうだな」
その後佑樹と薬師さん、俺の3人で和やかな時間が過ぎた。
杏子さんは年末に海外の大きなコンクールがある、出場して好成績を残せばもしかすると来年度中に1回位は日本に帰れるかも知れないと聞いた。
後、国際電話は余りに料金が高いので自分の声をテープにに録音して、それを小荷物を定期的に送っている杏子さんのお母さんの荷物に便乗させて貰っている事を本当に嬉しそうに聞いた。
「手紙は書いてるんですか?」
佑樹も嬉しそうに薬師さんに聞く。
「勿論だ、この1ヶ月に15通は出したぞ!」
さらっと薬師さんは凄い事を言ってる。
「「1ヶ月に15通?」」
俺と佑樹の声が被る。
(つまり2日に1通か、海外の郵便事情はあまり詳しくないが投函さした順番に着かないだろうから纏めて10日位に1回5通以上は薬師さんの手紙が杏子さんの元に届いてるんだろうな...)
呆れながらも嬉しそうに笑う杏子さんの顔が俺と佑樹の頭に浮かんだ。
「それで杏子さんからの手紙はどれくらい来ました?」
「2通だ!」
胸を張り高らかに薬師さんはVサインで2を表現した。
しかし月に2通は普通だろう。
薬師さんもそこは気にしていなかった。
むしろ大事なお金を切手に使わしている事に申し訳なさそうだった。
「最後に嫌な質問かも知れませんが...」
俺は薬師さんに気になっていた事を聞く。
杏子さんの肩を抱いていた男は何者かだ。
「ああ、そいつか、杏子の同級生の姉弟だってよ」
余りにあっさり薬師さんは言ったので俺と佑樹は少し肩透かしだ。
「薬師さん嫉妬しないんですか?」
「何に?」
「杏子さんの肩を抱いていた事に..」
「そりゃあの時はショックで息をするのも苦しくなる位に嫉妬したよ。
でも誤解と分かれば許せたよ。
でもあの時は本当にショックで頭がおかしくなりそうだったよ...杏子の肩を抱いていただけでもショックだった...」
薬師さんは遠い目をして固まってしまった。
「薬師さん?」
「いや大丈夫だ、男の嫉妬はつまらんからな。
だから俺は嫉妬はしないんだ!」
そう言ってる薬師さんは明らかに嘘を言っていた。
俺も由香が誰かに肩を抱かれて何て考えるだけでも嫉妬する。
佑樹も同じ考えだろう。
俺と佑樹は薬師さんの幸せを願うばかりだった。