杏子さんの手紙。
翌日俺は由香に薬師さんの話をした。
「まさか杏子さんが...そんな事絶対にあり得ないよ!」
話終えると由香は叫んだ。
「僕もそう確信してる」
「それじゃ何故?」
「それは分からない。ただ言えるのは薬師さんに言えない事があったんだろう」
「言えない事?」
「例えば...そうだな誰かに脅されて無理矢理って事とか」
「それは無いわね」
由香はその可能性をキッパリ否定する。
「以前杏子さんは危ない所を浩二君に助けられてるでしょ、だから脅されたなら絶対に浩二君に言うはずよ」
2年前の事を由香はよく覚えている。
俺は次に薬師さんから聞いた話しを由香にする。
「杏子さんは以前から海外留学の話が来ていたんだ。
一旦決まると最短で2年、最長では6年の長期留学になると薬師さんから聞いた」
「え!」
「だから薬師さんが1人残されるのを可哀想に思ってそんな芝居を...」
「そんな馬鹿な話があるもんか!」
「...由香」
俺は怒りに震える由香を見た。こんな由香は初めて見た。
「例えそうだとしても薬師さんの気持ちを考えたらそんな最低な事は絶対に出来ない!しちゃ駄目だよ!!」
由香の顔には怒りと悲しみに満ちていた。
俺はそんな由香を見ながら杏子さんにこう言いたかった。
『杏子さん、あなたは薬師さんがどれ程傷つく事になるか分かっていたんですか?』
と。
学校に着いても由香の怒りは消え無かった。
「おはよう浩二」
「孝おはよう」
「おはよう由香ちゃん」
「....おはよう」
いつもの朝の挨拶でも由香の怒りは引かず目には涙が溜まったままで由香は素っ気なく教室に入って行った。
「おい浩二」
「なんだよ孝?」
「橋本さんに何したんだ?」
「そうよ由香に何したの!?」
「そうだそうだ何したんだよ!」
孝達の追求が煩い。俺は簡単に事情を説明した。
「あの後そんな事になったのか」
「悲しすぎる話ね」
「それは由香ちゃんも怒るよ」
孝達は由香の怒りの訳を知り納得する。
「そう言う事だ。この話の続きは昼に佑樹達を交えてしよう」
俺はそう言ってこの話を一旦終わらした。
そして昼休みの学食。
「なんだよ杏子さん酷すぎるぜ!」
「本当見損なったわ!」
やはり佑樹や花谷さんも怒り心頭だった。
「浩二今日の帰りに行くぞ!」
「どこに行くんだ佑樹?」
「決まってるだろ杏子さんの家だ!」
「佑樹。少し落ち着け」
「そうよ佑樹君」
興奮冷めやらぬ佑樹に孝と川井さんは宥める。
一方由香は顎に手を当て先程から何かを考えていた。
「由香、何を考えているの?」
「和歌ちゃん、杏子さんまだ日本にいると思う?」
由香の言葉に俺達は固まる。
言われてみれば薬師さんと杏子さんが別れて半年だ。
もし留学が別れの原因なら杏子さんが日本にいる可能性は低くなる。
「とにかく浩二、俺は杏子さんの家に行くぞ」
「分かったよ」
帰りに杏子さんの家に寄る事になった。
佑樹と花谷さん、俺と由香の4人で杏子さんの家に着く。
「あら浩二君、まあ大きくなったね!」
杏子さんのお母さんと会うのは何年振りだろう?少なくとも5年以上は会ってない。
「ええ、お久し振りです。あの杏子さんは?」
「あら嫌だ、あの子浩二君にも言わずに行っちゃったの?」
杏子さんのお母さんの言葉に俺達の緊張が走る。
「杏子さんはいつ?どちらに?」
「もう半年前かな、今年になってすぐにオーストリアのウィーンに行っちゃった」
俺が杏子さんのお母さんに聞くと淋しそう答えた。
やはり由香の予想は当たっていた。
「あの、杏子さんから薬師さんの事は聞いてませんでしたか?」
由香の質問に杏子さんのお母さんの顔が少し強張った。
「...皆さんその様子じゃ杏子と薬師君の事は知っているみたいね」
「「ええ」」
俺達4人は頷く。
「海外留学の特待生に決まってから杏子は悩み続けた。
そしてあの別れを選択したの。
そこまでして杏子が振り切ろうとしているのを見ていると薬師君も娘の事を諦めて忘れて貰った方が良いのかな?って思ったの」
「そんな!」
「おかしいわ!」
由香と花谷さんが杏子さんのお母さんの言葉に叫ぶ。
俺は由香の横に立ち杏子さんのお母さんに話す。杏子さんのやってしまった事が薬師さんをどれだけ傷つけ今なお彼を苦しめてるかを。
「お母さん、杏子さんも考えての事と思います。
しかし結果は薬師さんの心に余りにも大きな傷を残しただけです。
杏子さんを忘れるどころか彼の今後に酷い人間不信を招きかねません。
どうしてこんな悪手を杏子さんはしたんでしょうか?」
「まさか...」
俺の言葉に絶句する杏子さんのお母さん。
続けて佑樹が花谷さんの体を押さえて一歩前に出る。
「お母さん、薬師さ...アッキーは杏子さんを忘れていませんよ。
そんな別れ方をしたら余計に引き摺ります。
俺には痛い程分かるんですよ。
アッキーと俺は同じ位一途で同じ位に熱い男なんです」
佑樹が杏子さんのお母さんの前で言い切った。
(なぜアッキーと言い直したんだ佑樹?)
「そうなの?」
俺と佑樹の言葉に杏子さんのお母さんは俺達を見る、俺達は真剣な顔で頷く。
「...分かりました。少し待っててください」
杏子さんのお母さんは階段を登りしばらくしたら手紙の束を持ってきた。
「これは?」
「...この半年で杏子から来た手紙の一部です」
「見ても良いんですか?」
俺の言葉に杏子さんのお母さんは頷いた。
手紙の内容は、
[薬師さんにやってしまった事への後悔]
[今薬師さんがどうしているのか知りたいがもう聞けない事の辛さ]
[薬師さんに新しい彼女が出来たかも知れないんじゃないか?そう考えてしまうだけで涙が止まらなくなる]
[私を忘れてと言ったが私を忘れて欲しくない]
杏子さんの本当の気持ちが書かれていた。
手紙は全て薬師さんに関する物で恐らく杏子さんは近況の手紙と分けて書いたのだろう。
日付が最近になるに従い内容はますます薬師さんに会いたいと言った物になって来ていた。
[手紙を薬師さんに書きたい]
[電話をしたい]
[真実を話したい]
滲んだインクと悲痛な内容に俺達は言葉を失う。
「杏子さん辛いでしょうね...」
由香は手紙を読みながら涙を溢した。