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泣くな薬師さん。

その後孝と俺は模型屋に行き次回孝の家で模型を見る約束をした。


しかし俺の頭の中から薬師さんの事が離れなかった。

帰宅後俺はすぐ薬師さんの家に電話をした。

幸いにも薬師さんは帰宅していたので俺は明日いつもの喫茶店で会う約束をする。


翌日俺はカウンター横に座り薬師さんを待っていた。


「よっ浩二。昨日の今日で何の用だ?

久し振りに会ってまた俺に会いたくなったのか?」


約束時間を少し過ぎ現れた薬師さんは元気に店に入って来た。


「まあそんな所ですかね」


俺と薬師さんはいつもの席に座る。

注文を手早く済ませ俺は単刀直入に聞いた。


「薬師さん昨日煙草吸ってましたね」


「え?」


分かりやすいくらい薬師さんは動揺する。

なんて正直な人なんだ。


「煙草を否定しませんが、せめて20歳を過ぎてからにしませんか?」


俺は軽く諭すように言った。

この時代はテレビやラジオで煙草のCMをバンバンやってたし、大人のオシャレアイテムに煙草は不可欠な物だった。だから好奇心から薬師さんは手を出していると思ったからだ。


「...無理だ」


「薬師さん?」


「煙草が無いと俺の心は落ち着かないんだ」


真剣な薬師さんの表情と言葉に今度は俺が動揺する。


「いや。だって煙草を吸ってると服に臭いも付きますし。

後口臭もしますよ、ほら杏子さんも嫌がりますしね」


「杏子?」


薬師さんは俺が杏子さんと言った途端に睨

んだ。


「...何も聞いてないのか?」


「え?」


「俺達は別れたんだ...」


薬師さんが何を言ったのか俺は理解出来ない。

『嘘だ薬師さんと杏子さんが別れた?

いつ?何故?あんなに幸せそうだったのに?』

俺の頭は大混乱に陥る。


「その様子じゃ本当に知らなかったみたいだな」


薬師さんは俺を睨んでいた視線を緩めて下を向き動かなくなった。

マスターが注文していた飲み物を運んで来る。

俺は視線をマスターに向けるとマスターは顔を左右に振った。

マスターも知らなかったみたいだ。


「すまんな浩二...」


「薬師さん...」


「俺達を応援してくれたのにこんな結末を迎えてしまって」


淋しそうに呟く薬師さんに俺は何と言っていいか分からない。

しかし俺は知りたい。


[何故あれほど幸せそうだった2人が別れを選択したのか?]


「何があったんですか?」


「.....」


薬師さんは下を向いたまま何も話さない。

手が小刻みに震えてとても辛そうだ。

長い沈黙が続く。


「浩二君、薬師さん」


マスターが俺の傍にやって来た。


「はい」


「お二人共此方に」


マスターは俺と薬師さんを入口横の個室に案内する。

そこは周り全て壁に仕切られて完全に店内と隔離された部屋だった。

中にはテーブルと椅子が1セット用意されており俺も入るのは初めてだった。


「ここは喫煙ルームです」


マスターは静かに言った。


「ここなら話し声も外から聞こえません。

カーテンを閉めますね、私は中で何をされても分かりません。

ここは誰も入らない様にしておきます」


マスターはそう言うと俺達の飲み物をテーブルに並べて最後に灰皿をそっと置いて部屋を出て行った。


その後も沈黙は続いく。

やがて薬師さんは静かに言った。


「浩二1本吸っても良いか?」


煙草を止めさせる話が思わぬ方に行ってしまい俺にはどうしていいか分からなかった。

薬師さんは胸の内ポケットから煙草とライターを取り出し1本を口にくわえライターで火を着ける。


慣れた手つきだ。


薬師さんは肺に吸い込んだ煙を口から出す。口に溜めてふかすのではなく本当に吸っている。

部屋に煙充満する。

やがて1本吸い終わり灰皿に煙草を押し付けて火を消した。


「あれは半年前だ...」


薬師さんはポツリポツリと話し始めた。


「去年の12月のクリスマス、俺は杏子と約束していた。

待ち合わせはあいつが出演するクリスマスコンサート近くのレストラン。

あいつと過ごす初めてのクリスマス、俺は浮かれてプレゼントを用意して待っていた...」


そこで薬師さんは止まってしまう。辛い思いが脳裏に甦ってしまったのだろう。


「もう1本良いか?」


俺は頷く。

次の1本を吸いながら煙草を片手に薬師さんは話しを続けた。


「あいつは約束の1時間遅れでやって来た。

男に肩を抱かれてな...」


「肩を?」


「そうだ肩を抱かれてだ!そしてその場で言われたんだ。

『お別れしましょう』って。

こんな馬鹿な話があるか?

別れ話するならクリスマスなんか外せってんだ!」


嗚咽して泣き出す薬師さんを見ながら俺はどうしても腑に落ちない物を感じていた。


[杏子さんはそんな最低な事は絶対にしない(ひと)だ]と言う事に。


俺は薬師さんに質問する。


「杏子さんはその時どんな様子でした?」


「泣いてやがったよ、固まる俺を憐れんだんだろ。畜生...畜生...」


手にしたままの煙草から灰がテーブルに落ちた。

俺はおしぼりで素早く灰を拭き取る。


「そのクリスマスの前に杏子さんは何か言ってましたか?」


「3ヶ月位前から元気が無かったみたいだったがな、おおかた新しい恋人が出来たんで俺を振る事を考えていたんだろ」


「最後の質問です今杏子さんは?」


「知らねえよ!!」


俺の最後の質問に薬師さんは叫んだ。


「クソ!何が『好きな人が出来たから別れましょう』だ!何が『私を忘れて新しい人を見つけて下さい』だ!」


また大きな声で泣き出す薬師さん。

その様子を見ながら俺は確信する。


『杏子さんは嘘をついている』



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