カラオケ。
佑樹の騒動が一旦収まった。
しかし俺はまだ安心をしたわけでは無い。
高校生の熱いパワーは何処に向かうか分からないからだ。何か新しい佑樹や花谷さんが楽しめて青春を謳歌出来る物はないか?
俺は駅から学校に向かう道すがら由香と相談してみる。
「やっぱり運動するしかないのかな?」
やはり由香はモヤモヤは運動で昇華出来ると思っているが俺に言わせりゃそんな訳ない!
(運動でモヤモヤが無くなるならスポーツ選手等ハードトレーニングを積むアスリートに子供がいなくなるだろ)って思う。
(単に疲れてその日は寝るだけの事で、普段から体を虐めてるので逆に休日は性欲が高まる事になるのでは?)
俺はそう考えていた。
「佑樹達は普段から凄いトレーニングをしてるよ。あれ以上の運動をするのはどうかな?」
俺はやんわりと由香の意見に疑問を呈する。
「そっか...それじゃ何が良いかな?
楽しい事かあ、美味しい物を食べたり、お喋りしたり、歌ったり..」
(ん、由香最後に何と言いました?)
「由香歌うって?」
「浩二君歌うの好きでしょ?私達も一緒よ。
お気に入りの歌を録音してラジカセで再生しながら一緒に歌うの。和歌ちゃんも歌上手いんだよ」
(そうかまだカラオケは一般的な物じゃないんだ。)
国道沿いにコンテナを改造したカラオケボックスが並ぶのは1980年代後半からだったと記憶している。
大学の頃出始めたカラオケボックスに嵌まって100円玉を積み上げて友人達と夜通し歌ったのは懐かしい記憶だ。
「ねえ由香さんや」
「何ですかな浩二君」
「カラオケをしたくないですか?」
「カラオケ?」
「そうカラオケだよ」
「カラオケってスナックや宴会でお父さん達が歌う物って印象しかないわ」
やはりこの時代の女子がカラオケに持つ感覚はそうなのか。
俺は現実を思い知る。
俺はカラオケの評価と仲間を求めて昼休みに周りの男達に聞いてみた。
「孝、カラオケをしたくないか?」
「カラオケって慰安旅行とかで歌ってる横でコンパニオンと男達がチークダンスを踊ってるあれか?」
俺は余りにもな昭和男の意見に唖然とする。
「孝お前はいくつなんだ?」
「15歳だ」
「どうしてカラオケと聞くとそうなる?」
何でそんなイメージが出るのか聞いてみる。
「親のやっている会社の慰安旅行に一緒に行くんだがその印象が残っているんだ」
成る程、孝の枯れた雰囲気は大人に揉まれて身についたのか。俺は今更ながら納得した。
「祐一、カラオケをしたくないか?」
「良いね浩二君とカラオケ。一緒にデュエットしたいな。
<アマン>や<浪花恋しぐれ>とか浩二君と一緒に歌うの。僕の肩を抱いてさ...ね?」
祐一に聞いた俺が馬鹿だった。
「佑樹カラオケは興味ないか?」
俺はなかば諦めながら聞いてみた。
「カラオケか、親父が割りと好きだぜ」
「そうなのか?」
佑樹の意外な言葉に俺は驚いた。
あの洋楽好きな佑樹の父親がカラオケ好きとは意外な感じがした。
「お父さんが1人で歌うのか?」
「んな訳あるか!親父の知り合いや会社の仲間を呼んで家でたまにカラオケパーティーするんだよ」
佑樹は1人カラオケを即否定した。
カラオケボックスすら無い時代だから当たり前か。
「それじゃカラオケセットが家にあるのか?」
孝が佑樹に聞いた。
(意外と興味があったのか)
こちらにも驚く。
「おお、あるぜ。8トラックのカラオケやテープのカラオケもあるぜ」
それは凄い。
「それだけあれば色々な曲があるんだろうな」
「まあ1000曲位はあるだろう」
「凄い!」
佑樹の言葉に祐一は興奮する。何でだ?
「でも殆どが歌謡曲だぜ?」
「それでも良い!デュエットソングもあるよね?」
「あ、あるんじゃねえか?あんまり興味がねえから知らねえんだが」
「佑樹」
「何だよ孝急に改まって」
「次はいつクラブは休みだ?」
「へ?」
「いつクラブが休みだと聞いている!」
「そうだ、いつ休みだ!」
孝と祐一の押しに佑樹がたじろいている。
「さ、再来週の日曜日だ」
「よし、僕はその日開けておく。頼むぞ佑樹」
「僕も僕も!」
「ちょっと待て俺は何も了解してないぞ。
和歌、そうだよその日は和歌と遊ぶんだよな?」
佑樹は花谷さんに助けを求めた。
「ごめんなさい佑樹、今度の休みは由香と瑠璃子の3人でケーキ屋さんに行く約束しちゃった」
「そう言う事、浩二君男同士で楽しんで来てね」
「孝君、余り変な歌はダメだからね」
「え?」
まさかな花谷さん達の行動に佑樹は追い詰められた。
「諦めろ佑樹」
俺は佑樹の肩に手をやる。
「いや待てだいたい浩二が...」
まだ往生際が悪い佑樹に俺はそっと囁く。
「佑樹、カラオケはきっと楽しいぞ。
上手く出来れば次からは花谷さんも誘って楽しい時間が過ごせるぞ。俺や由香が一緒なら一層楽しいだろうな...
まずは男同士で...やらないか」
俺の言葉に佑樹は了解してくれた。
そんな訳で迎えた翌々日曜日。
俺は孝と祐一を佑樹の家に案内する為駅で2人を待っていた。
「お待たせ!」
まずは祐一がやって来る。
祐一は今日も可愛いニットパンツに黒いカーディガンを羽織っていた。
来るなり祐一は俺の腕を取る。
「何だ祐一」
「ふふ、べーつに」
最近は抵抗する気も失せてるので好きにさせている。実害もないし。
「よっ!」
そこに孝も表れる。
こちらは学校同様落ち着いた雰囲気を崩さないって少し落ち着き過ぎてないか?
紺のニットパンツにブルーのカッターシャツ。お前は昭和の休みのお父さんか?
「随分今日は落ち着いた格好だな」
「ああカラオケと言えば大人の社交ツールだからな」
やはり孝は昭和の思考だ。
「わ、孝君似合ってる。お父さんみたい!」
祐一はもう片方の腕で孝の腕を取る。
孝も何かを悟ったような目で俺を見つめるのだった。
俺達3人は佑樹の家に着く。
「おーい!」
俺はいつもの様に呼び鈴を使わず佑樹を呼ぶ。
しばらくすると玄関のドアが開いた。
「よ、さあ上がってくれ」
「おじゃまします」
俺達は佑樹の家に上がり奥の佑樹のお父さんのオーディオルームに入る。
中々大きな部屋で20畳はある。
しかも完全防音が施されており、多少の音量なら外に音漏れの心配は無いのだ。
「凄いこれがカラオケセットか」
孝は部屋に入るなりカラオケセットに目が行った。カラオケセットは普段仕舞われているのか俺は初めて見る。
なかなか豪華なカラオケセットだ。
「好きに使って大丈夫か?」
俺は少し心配になって佑樹に聞く。
「ああ、ちゃんと親父の許可は貰ってるから大丈夫だ」
「やった!」
「でかした佑樹!」
祐一と孝は大喜びでカラオケセットに飛び付いた。
「凄いこれ全部あるの?」
「ああその歌詞カード一覧表にある曲は揃ってるぜ」
成る程流石は1000曲量が凄い。
その後俺達男4人は心行くまでカラオケを楽しんだ。
孝は少し変わった選択だった。
何だよ[瓢箪ブギ]や[街のサンドイッチマン]って?
元おっさんの俺でも初めて聞いたぞ?
祐一はデュエットソングばかり選択した。
俺や孝、佑樹の3人は祐一の相手を勤めさせられた。
上目使いで歌う祐一。
妖しい耀き。最近小悪魔が加速している気もするな。
俺はあの方の歌やこの時代に流行っていた歌を歌う。
俺がおっさんの時に歌うと若い子に嫌がられた懐メロばかりだが今は高らかに歌えるのが嬉しい。
佑樹は歌のカセットテープを探す係を中心にやってくれた。
大変そうだが俺達が楽しそうに歌う姿を見て満足そうだった。
翌日俺達男4人はカラオケで大盛り上がりした話をしたら女子3人はたちまち食いつく、やはり女の子も歌いたかったのだ。
こうして佑樹の家でのカラオケパーティは定番化していったのだ。
ちなみに佑樹のカラオケセットの曲目の中にラジオ体操の歌は無かった。残念。