祝福されたい!
佑樹と花谷さんに釘を刺すと言っても正面から
『最近どうだ?ちゃんと節度ある交際をしているのかな?』
とは聞けないし。
それにまだキスをした、とも聞いてないしな。
俺は堂々巡りな思考に迷いこんでしまった。
高校生の男女交際の経験が今回の時間軸でしかないから実際どうなんだろう?
高校生のそういった性欲は侮り難いものがあるのは俺にも分かる。
しかし俺は由香に手を出さない、そこは理性で抑える。
やはり前回の人生の記憶が大きい。
折角の日曜日なのに俺は無為な1日を過ごしていた。
「少し出掛けるか」
結局由香は今日、川井さんと2人で新しく見つけたケーキ屋さんに行くと言っていた。
孝と俺も誘われたが、その後買い物に行くと聞いて孝と俺は遠慮したのだ。
家族に出掛けると言って家を出た俺は近所のレンタルビデオ店に入る。
特にお目当ての作品がある訳でないので店内をブラブラするだけだった。
この時代のレンタルビデオはレンタル料金が高く、最新作は1本1000円以上するのも珍しくなかったので簡単に借りる事は出来なかった。
VHSに混じってβのビデオテープがあるのにも時代を感じる。
「やっばり面白そうな作品は無いな」
俺は適当に手にしたパッケージを眺めながら呟く。
何より最新の話題作は前回の人生で殆ど見ていたから今さら高いお金を払う気にならなかった。
「帰ろう」
俺は諦めてレンタルビデオ店を出ようとした。
「あれ?」
店を出ようとした時、佑樹と花谷さんが店内に居る事に気づく。
2人は俺に気づかないみたいで楽しそうにビデオを選んでいた。
やはり2人は高校生に見えない。
しかも仲良く寄り添う姿はかなりの親密度を感じる。
俺は2人から見えないようにビデオの棚に体を隠して佑樹達を見ていた。
(何を借りるんだろう?)
棚の影から覗いている為、作品は分からなかった。
やがてお目当てのビデオが見つかった様で2人はカウンターで手続きを終えて店を出ていった。
2人を尾行するべきか悩む。
「止めとこう」
俺に尾行されているのがバレたら2人は警戒して何をしているか分からなくするだろう。
俺は2人の小さくなる背中を見送るのだった。
翌日、駅に向かういつもの通学路で由香と合流したのだが、由香の様子が明らかにおかしい。
「ごめんなさい今日は皆さんで行って下さいませんか?」
由香は兄貴と順子さん達に断りを入れた。
いつもと明らかに違う由香の様子に唯さん達も了解する。
「どうしたんだ由香?」
2人になってから由香に聞く。
由香は真剣な顔で俺に言った。
「昨日、川井さんと遊びに行った後、1人で家に帰る途中で和歌ちゃんと佑樹君を見かけたの」
「昨日佑樹達は1日過ごす約束をしていたから当然でしょ?」
「薬局で見たの...」
「薬局で?」
由香は真っ赤な顔になる。
「まさか....」
「そう、避妊具...」
由香の言葉に俺も頭が真っ白になる。
(え?避妊具?ゴムでしょ?コンドーさん?)
「ゆ、由香2人は買ったの?」
俺の質問に由香は真っ赤な顔で頭を振る。
「和歌ちゃんは離れた所で立ってて佑樹君が何度か商品の前に行くけど結局買わずに店を出ていったの。2人共恥ずかしそうに急ぎ足で行っちゃった」
「由香それは何時頃の話?」
「え、ええと3時頃だったと思う」
俺は由香の言葉のまさかな展開に言葉を失う。
(3時頃?俺が2人を見たのは確か昼過ぎだから由香が2人を見た時間の3時間前だな。
一旦ビデオを見てからの行動か。
結局買わなかったと言う事はまだ何も無いと見るべきか?)
こうなったら余り時間が無い。
暴走した性は止まらないだろうが最悪子供が出来る事態は避けねばならない。
俺は佑樹と腹を割って話す事を決めた。
その日の放課後佑樹達がクラブ活動を終えるまで俺と由香は学校で待っていた。
駅から自宅までの帰り道、途中で佑樹を呼び俺は2人だけで公園のベンチに座った。
今公園には誰もいない。
花谷さんは由香が離れて一緒にいる。
「何だ浩二急に今日はどうしたんだ?」
何があるのか分からず佑樹は不思議な顔だ。
今から話す内容を考えると気が重くなる。
「佑樹...昨日薬局で佑樹を見たんだ」
「え?」
明らかに佑樹の顔色が変わる。
やはり昨日由香が見たのは佑樹で間違いないのだろう。
佑樹は何も言わずに俺の顔を見る。
俺も佑樹の視線を逸らさず見つめた。
「そうか見られちまったか...」
佑樹は諦めた様に呟いた。
「いつからだ?」
俺は静かに佑樹に聞いた。
「勘違いするなよ俺と和歌はまだ何もしていない」
佑樹は俺の顔をみながら言った。
「今は、だろ?」
俺の言葉で佑樹に少し睨みつけられたが、構わず続ける。
「なあ佑樹、俺は何もするな何て言わない。
ただお前はまだ高校生だ。
その事を忘れるな、間違って子供が出来たらどうする?花谷さんの人生を狂わしちまうんだぞ」
俺はいつもの<僕>でなく<俺>に言い方が変わってるのが気づかなかった。
「そんな事分かってるよ」
「ならどうして?」
「.....」
佑樹は何も言わずに視線を俺から逸らし、下を見て固まってしまった。
「俺にも分かんねえんだ...
ただ一緒に和歌といたいだけなんだか止まらねえんだ!」
佑樹は突然立ち上がり大きな声で喘ぐ、どうして良いか分からないが何とか止めなくては行けない。
「落ち着け!さっき言ったろ、俺は反対している訳じゃ無い。お前がちゃんと花谷を考えているなら構わないと!」
佑樹の体を抑えながら叫ぶように諭す。
もう由香達にも筒抜けだがやむを得ない。
佑樹は少し落ち着いたのか座り直した、呼吸が荒く、まだ肩が激しく上下していた。
「...何で浩二は我慢出来るんだ?」
「俺が?」
「そうだよお前だって橋本を抱きたくなる時があるだろ?何で我慢出来るんだよ!」
佑樹の悲痛な声だ。おそらく俺に1番聞きたかった事だろう。
「...みんなから祝福されたいんだ」
「祝福?」
「そうだよ、そりゃ俺だって由香を抱きたくなる時はあるさ男だしな。
だがな、今由香を抱いてみんな祝福するか?
由香の家族や俺の家族、仲間達が喜んで祝福してくれるか?
俺は祝福されたい、後悔したくないんだ。由香が大切だから愛しているからこそなんだ!」
俺は自分でも上手く言えて無いのは分かってるが佑樹にぶつけるしかなかった。
「何だよそれ...」
佑樹は俺の顔を見て少し笑った。
「すまん上手く言えて無いな」
「いや浩二の言いたい事は分かったぜ」
佑樹は立ち上がり少し晴れやかな顔をした。
「そうだな俺も和歌を愛している。和歌の家族にも俺の家族にも祝福されたい。
よし分かったぜ!
和歌!俺はお前を大切にするからな!」
佑樹の声の先には涙を流す花谷さんと由香がいた。全て聞かれたようだ。
「私も愛してる!」
「和歌!」
2人は抱き合った。
俺も2人を見守りながら優しく由香を抱き寄せるのだった。