お守りと祈り。
佑樹と浩二のお陰で100kmを越える自転車のツーリングを無事に終えた有一。
佑樹が休憩毎にマッサージをしてくれたり、湿布を貼ってくれたお陰で酷い筋肉痛になる事も無く、翌日の夕方、少し足をピョコピョコさせながら、順子の家にお守りを届けに行った。
「はい順ちゃんお守り」
有一は首に下げた小袋を取り出し、中からお守りを出して順子に渡した。
「ありがとう有一君」
両手で大事にお守りを受け取り、見詰める順子。
ふとお守りにされた刺繍に目が行く。
「え、天満宮って隣の県の?」
「うん、まあね」
恥ずかしそうに有一は下を向き照れくさそうな笑顔を浮かべた。
順子の頭の中で天満宮、有一の歩き方、その2つが結び付く。
『まさかここから天満宮までは電車でも2時間はかかるはずだ』
順子は頭の中で否定しようとする、しかし有一の少し疲れた姿を見るとやはりと思ってしまう。
「...まさか有一君、電車を使わずに行ったの?」
有一は順子の目を見ながら頷いた。
「そんな無茶をして...」
順子の目に涙が滲む。
有一は順子の手を優しく握りながら呟く。
「大丈夫だよ、浩二や佑樹君が一緒に自転車で行ってくれたんだ。
少し疲れたけど、僕の思いが詰まったお守りだから順ちゃんをきっと合格へ導いてくれるよ」
有一の言葉に胸が熱くなる。
「有一君、そのお守りが入っていた袋も下さい」
「これ僕がお守りを入れて、自転車を運転してたから汗が染み付いて汚ないよ」
「汚なくなんかない!」
「順ちゃん?」
強い決意に満ちた目と順子の突然な大きな声で有一が驚く。
「有一君の気持ちが詰まったお守りと、その袋を私も肌に着けておきたいの」
「...順ちゃん」
有一は首から下げていた小袋を外して順子に渡した。
小袋は有一の手作りで、綺麗に縫われていた。
順子は小袋の紐を自分の首に掛け、お守りを中に入れる。
有一の気持ちを確かに受け取り、順子合格への最終決意を固めた。
万が一落ちる事があれば、有一と釣り合わない。
有一とは結ばれなくなる、覚悟をする順子だった。
翌週、浩二と由香の姿が神社にあった。
いよいよ順子の試験が始まる。
試験は火、水曜日の2日間で発表は週末の金曜日。
『やるべき事は全てやったんだから順ちゃんを信じる』
そう浩二に有一が言った。
浩二には有一が健気に思えてならない。
たかが受験されど受験。
有一にとっても、長い長い発表までの4日間となるのだろう。
お守りを渡したら、有一は順子と連絡は取らないと言った。
試験に集中してもらう為だが、有一の性格上かなりキツいだろう。
順子が受けた最後の模試判定はAだが、安心は出来ない。
周りの受験生のレベルが高過ぎるので模試はあくまで模試。
有一が1人、近所の神社にお参りに行くと坂倉唯と橋本志穂、美穂の三人に偶然会った。
『『あら有様、偶然ですわね』』
『全くだ、たまたま私達は神社に来ただけで、順子の為ではない。』
少し焦った三人は有一に言った。
みんな順子姉さんを応援してくれている、有一は順子を心配する三人の気持ちが嬉しかった。
浩二も由香と順子の合格を祈願して近所の神社に毎日お参りしている。
合格発表の日まで毎日ずっと。
浩二は自分がこの時代に戻って来た意味を考えていた。
有一の未来を変えるために頑張ってきた浩二。
自身の運命も変わったが、その事には後悔は決して無い。
まだまだ人生は続く、同時に浩二の周りに居る人達の人生も続くだろう。
運命を変えて来た浩二にとって今回の出来事は大きな意味を持つ事になるのは間違いない。
もちろん順子が合格したからといって、有一と将来結ばれるかは分からない。
たが、その公算が高まるのは間違いない。
「受かるよね」
由香は浩二を見ながら呟く。
「大丈夫だよ」
そう言うしかない浩二。
自分の力ではどうにもならない、もどかしさ。
こればかりはどうにもならない。
奮発し浩二は賽銭箱に1000円札を入れた。
「奮発し過ぎ」
少し震える手で賽銭箱にお金を入れる浩二を見て少し笑った。
「そうだな」
賽銭箱の中を滑り落ちて行くお金を見ながら、そう思う。
そんな日々が過ぎ、いよいよ順子の試験発表を迎えた。