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後悔はしたくない。

いよいよ日曜日。

俺と兄貴は朝6時に出発するため5時に起床して体を入念にストレッチする。

天気は生憎の小雨のちらつく曇天だ。

家族には往復100kmを自転車で遠乗りなんて言うと大騒ぎになるので佑樹と軽く自転車ツーリングと誤魔化した。


「浩二準備はいい?」


兄貴は小さなナップサックを背負い俺に聞いた。

中には数枚の着替えと雨具とタオルが入っている。

俺のリュックも似たような物だった。

佑樹に『当日用意する物は?』と聞いたが

『大切な物は俺が用意する。荷物が被ると無駄に増えるだけだ浩二達が用意するのは自分の着替えとタオルぐらいだな』と言われたからだ。


因みに俺と兄貴の格好はジャージの上下だ、本格的な服装は必要ないから着替えだけは多い目に用意するように佑樹に言われた。


「おーい」


佑樹は約束の時間ぴったりにやって来た。

服装はピチピチのジャージにパツパツのハーフパンツにサングラス。

自転車は本格的なツーリング用バイクだ

28インチの車輪にサイドバック(自転車のタイヤ横に装備出来る鞄)を着けた本格的な装備だ。


「おはよう」


「今日は宜しく」


俺達兄弟は佑樹に頭を下げる。


「ああ宜しく。まあそんなに固くなるなよ」


佑樹は軽く会釈すると緊張を解すように砕けた口調で俺達に話し掛けた。


「生憎の天気だね」


「その方が良いときもあるさ、余り好天過ぎると暑くてすぐバテるからな。

とにかく安全第一だ、それじゃ出発!」


「「おー!」」


俺と兄貴が

自転車に跨がった事を確認した佑樹が出発を告げた。

先導はもちろん佑樹。

真ん中に兄貴で俺が後ろに着いての隊列だ。

全てを佑樹に任したので休憩やコースも佑樹の指示に従う事にした。


行きの所要時間を5~6時間と設定した佑樹は休憩ポイントを上手く押さえ兄貴がバテないようにペースを調節しながら走ってくれた。


「兄さん大丈夫?」


俺も途中何度か後ろから兄貴に声を掛ける。


兄貴は後ろを振り返らず右手を軽く上げる。

これは打ち合わせで振り返ると危ないから右手を上げれば大丈夫。左手なら大丈夫では無いと決めていたからだ。

それ以外にも佑樹がたまに振り返り兄貴の様子を確認してくれている。


山道を越えて天満宮のある町についたのは昼前だった。

天満宮近くで到着前、最後の休憩をする。


「この道を30分くらい走れば天満宮だぜ」


「ありがとう佑樹君。予定通りに行ってる?」


兄貴は顔一杯に掻いた汗をタオルで拭きながら佑樹に尋ねる。


「大丈夫だ、予定通りだぞ」


スポーツドリンクを飲みながら佑樹は教えてくれた。

俺と兄貴も佑樹の持って来てくれたスポーツドリンクを飲みながら順調と聞き安堵の表情で佑樹を見る。


「う~汗に輝く山添兄弟の笑顔は強烈だな...」


何やら佑樹が呟く、聞こえない事にする。

休憩後佑樹の予測通り天満宮に到着した。

時刻は11時40分、ここまでの所要時間は5時間40分だ。

俺達は自転車を天満宮近くの駐輪スペースに置き早速お参りをする。

もちろん願いは順子姉さんの合格。

しっかりお守りを買い兄貴は持って来た紐つきの小さな袋にお守りを入れて紐を首からさげ服の中に入れた。


「何してるの?」


俺は兄貴に聞いた。


「願いよ届けってね」


兄貴ははにかんだ笑顔で俺を見る、俺も釣られて笑顔になる。佑樹はサングラスをしながら俺達を見ていた。


「折角だから写真を撮るか?」


佑樹がいつの間にかカメラを構えていた。


「良いね、兄さん撮って貰おう」


「恥ずかしいな..」


少し尻込みする兄貴と肩を並べて笑顔で佑樹に写真を撮って貰う。

何故か佑樹はサングラスをしたままファインダーを覗きシャッターを押した。

見えにくくないのかな?


「佑樹と浩二も撮ってあげるよ」


兄貴が佑樹と代わって俺と佑樹が並んで兄貴がシャッターを押す。


「うん2人共良い笑顔だね」


兄貴も上手く撮れたと見えて良い笑顔だ。


「宜しかったら3人でお写真をお撮りしましょうか?」

天満宮の関係者と思われる女性が声を掛けてきた。


「あ、いや結構で..」「お願いします」


断ろうとする佑樹を遮り俺はお願いした。

遠慮深いな佑樹は。

俺と佑樹が肩を組みその間に兄貴が俺達の胸当りに入った。


「浩二、有一さんシャッターの瞬間まで笑わないで下さい」


佑樹が俺と兄貴に注意する。


「すみませんシャッターを押す瞬間目を閉じて下さい。お願いします」


佑樹はそう言いながら女性にカメラを託した。

女性は不思議そうにしながら頷いた。


「はいそれじゃ行きま~す。はいチーズ」


女性が目を閉じた瞬間俺と兄貴、佑樹の3人で最高の笑顔で写真に収まった。


女性の後ろにいた数人がよろめいたみたいだが佑樹が『大丈夫だ直撃しなければ大した事にはならないから』と良く分からない事を言っている。


そして天満宮を出た俺達は近くの食堂で軽い食事を食べ、帰る事にした。


「よし帰ります。帰宅予定は7時!」


「「おー!」」


佑樹のかけ声に俺と兄貴は応えて俺達3人は行きと同じ様に縦に並び来た道を戻る。


「どうしたの兄さん?」


出発から3時間を過ぎた辺りから兄貴のペースが落ちてきた。

佑樹もすぐに気がつき俺達は近くの公園で休憩を取る。


「大丈夫だよ」


兄貴は自転車から降りて疲れた笑顔でそう言った。

佑樹はそんな言葉を無視して兄貴の体をチェックする。

用意して来た体温計で兄貴の体温を計り、

次いで脈拍を測る。

そして兄貴に幾つか質問をしている。

そして佑樹は俺と兄貴に言った。


熱射病(熱中症)じゃないみたいだ、たぶん疲労だな。

脱水症状は無いが帰る時間の予定は狂ってしまう事になる。すまん。俺がペース配分を間違えた」


佑樹は俺と兄貴に頭を下げる。


「佑樹か悪いんじゃないよ。僕も兄さんを良く見れば良かったんだ」


「いや俺が順調に行ってたんで調子に乗っちま......」


「止めて2人共!」


黙って俺と佑樹のやり取りを見ていた兄貴か申し訳なさそうに止めた。


「僕の体力の無さが原因なんだよ。分かってるんだ...」


兄貴は悲しそうに俯いてしまった。


「兄さん...」


俺は何と声を掛けていいか立ち尽くす。


「浩二、何時に帰るって家に言ってきた?」


佑樹が俺に聞く。


「8時だよ」


佑樹は鞄から地図を取り出し何やら計算を始める。


「よし今からペースを半分に落とすぞ。

休憩のタイミングは予定の場所に加え有一さんの様子で追加する。

有一さん少しでも疲れたらすぐに俺か浩二に言って下さい」


こうして俺達は再出発する。佑樹の指示に俺と兄貴は従い帰り道を行く。


時刻は6時になり日没を迎え佑樹の指示で自転車のライトを点ける。


「よし当初の予定より少し遅れたぐらいだな」


前から佑樹の明るい声が聞こえる。

励ます意味も兼ねて敢えて大きな声で何度も独り言をを言った。


いよいよ後5kmで家に着く距離まで来た時佑樹が俺と兄貴に叫んだ。


「すまんが先に行くぞ、一旦浩二の家に説明して来る。また戻ってくるからな!

この道を真っ直ぐだからな迷うなよ!」


佑樹は凄まじい加速で自転車は見えなくなる。


「す、凄ごい」


兄貴は佑樹の本気の走りに言葉を失う。

時刻は午後7時53分だ、急がなくては。


「兄さん僕達も頑張ろう」


「うん!」


しばらく2人で暗い道を行く。


「ねえ浩二...」


「何兄さん?」


「1つ聞いても良いかな?」


兄貴は俺の横に並んで自転車を降りた。真剣な顔つきに俺は息を飲む。


「...良いよ」


意を決して俺も自転車を降りて兄貴と向き合う。


「..どうして浩二はいつも僕を応援してくれるの?」


(どう答えれば良いのだろう?)俺の秘密(未来から来た)は言いたくない。

あれは由香と俺だけの事にしたい。


「兄弟だからさ..」


「...それだけじやないよね?」


駄目か、兄貴の洞察力は誤魔化せない。


「後悔したくないから...」


「後悔?」


「そうだよ僕は後悔したくないから兄さんを応援するんだ。」


兄貴は俺の言葉の意味を考えている。


「まるで浩二は僕の未来を知ってるみたいだね。」


「....まさか...」


俺は兄貴の言葉で頭が真っ白になる。


「冗談だよ、既に未来を知ってるなら浩二はこんなにも全ての事に一生懸命僕を応援しないよね。僕も後悔はしたくない、浩二これからも応援宜しく」


兄貴はフッと笑うと俺に頭を下げた。  


「こちらこそ」


俺も兄貴に頭を下げる。お互い顔を見合わせると笑いが込み上げで来てしばらく兄貴と笑い合った。


「おーい!」


暗闇の中佑樹の乗った自転車が走ってくる。


「大丈夫だったか?」


「ありがとう、家は何か言ってた?」


俺は佑樹に聞いた。


「大丈夫だ、『早く帰って来いって』さ」


佑樹の言葉に兄貴と一緒にほっとする。

それから20分程してようやく家に着いた。


「それじゃまた明日な!有一さんもお疲れ様!」


佑樹は疲れを感じさせない走りで帰って行った。


俺と兄貴は帰宅後風呂に入ると晩御飯も食べずに泥の様に眠るのだった。



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