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行くぜ兄貴!

3月に入りいよいよ順子姉さんの試験日が10日後に迫ってきた。

そんな日曜日の夜兄貴が思い詰めた顔で俺の部屋に来た。

椅子に座らず兄貴は俺に、


「僕が自転車で往復100kmを走るのは無謀かな?」


そう聞いた。


「兄さんが自転車で往復100km?」


俺は兄貴の言ってる事が理解出来ない。


「うん、自転車で100kmだよ」


(無理だよ無理!兄貴の体力は同年代の男子どころか女子よりも遥かに劣るじゃないか)


「浩二の様子じゃやっぱり無謀の挑戦なのか...」


力無く兄貴は俺のベットにうつ伏せで倒れ込んでしまった。

そんな所を見せられたら事情を聞かない訳にいかないじゃないか。


「兄さん何故片道50km離れた場所に行かなくては行けないの?」


俺の言葉に兄貴は顔をあげて俺を見た。

(聞いてくれるのか?ありがとう)

兄貴の顔はそう言ってる様だった。


「僕、天満宮に行きたいんだ」


「天満宮って学問の神様の?」


「そう菅原道真を祀ってる天満宮。ここから大体50kmぐらいの距離があるよね」


(成る程何故片道50km離れた場所に行きたいかは分かった)

次の質問に移ろう。


「それじゃ何故自転車なの電車で行けば2時間ぐらいで行けるんじゃない?」


俺の言葉に兄貴はベットから体を起こし真剣な顔になる。


「電車じゃ駄目なんだ。自分の力で行かなくては駄目なんだ」


「どうして?」


「浩二覚えてるかい?僕の中学受験の時に順ちゃんがお守りを届けてくれたこと」


(そんな事あったかな?あったような気がする。

兄貴が言うくらいならあったんだろう)先を促す。


「それで?」


「あの受験の時、僕は緊張のピークだった。

でもあのお守りを握ると不思議にも緊張は解けていつもの平常心に戻れたんだ」


「それって...」


兄貴の話は霊験は関係ないし、(別に近所の神社の学業成就のお守りで充分)と俺は思った。


「浩二分かってるよ言わなくても。

あれは不思議体験じゃなくて心理的な物だって。でも僕は救われたんだ、だから順ちゃんに恩返しで同じ事をしてあげたい、自己満足だと分かってるけど僕の思いも乗せたいからこそ天満宮まで行きたいんだ」


兄貴の言葉を聞いた俺は思った。

(こりゃ本気だな)


「...分かったよ兄さん」


「浩二?」


「僕も行くよ」


「いやそんな浩二を付き合わせる訳に..」「兄さん!」


兄貴は何か言おうしているが俺は遮る。


「兄さんが1人で往復100kmなんて無謀でしかないよ。

自転車でも大変な距離って兄さんも分かってるでしょ?

もし道中何かあったらどうするの?

いつか兄さんが僕に言ったよね『僕を一人にしないでよ』って。だから兄さんを一人で行かす訳には行かない」


兄貴は俺の言葉に驚いた様だった。

しばらく沈黙した兄貴はやがて立ち上がり俺の手を握って言った。


「浩二ありがとう。宜しくお願いします」


「兄さん頑張ろう」


俺は兄さんと握手をしながらそう言った。

翌日学校の学食で俺は佑樹を呼び2人で話をした。

由香に聞かれて心配されては堪らないからだ。

幸いな事に由香や花谷さんに何故か祐一も最新コスメに盛り上がっていたから容易に俺達は抜け出せた。


「なんだ浩二が俺に聞きたいって珍しいな」


佑樹は紙コップに入ったコーヒーを飲みながら俺を見ている。


「実はな兄さんが....」


俺は昨日の話を佑樹に聞かせる、佑樹は運動神経がいいだけじゃなくスポーツ科学(スポーツ医学)の事も良く知っているから頼りにしたのだ。


「成る程な...いつ行くんだ?」


「来週の日曜日だ」


少し驚いた目で俺を見る佑樹、やはり止めろと言われるんだろうか。


「...俺も行く」


「え?」


予想外な佑樹の言葉に俺は間抜けな返答をしてしまう。

佑樹は静かに力強く俺を見ながら話し始めた。


「はっきり言うぞ浩二の兄さんの体力じゃ絶対に無理だ。

まず1つ片道50kmって言っても山道だ高低差を考えたら70km以上に感じるかもしれない。

次にペース配分だ。地図を見なきゃ分からんが平地や勾配の所を抜ける際の体力を考えて走らないとすぐにバテるぞ」


「佑樹そんな事まで考えてたのか...」


「おい浩二まだあるぜ天満宮方面の山道には店も自販機も無い。だから最低限の飲み物や甘い物は必要だ。

それに自転車にもしパンク等のトラブルがあったらどうする。簡単な修理セットも必要だな。

後浩二、兄さんの自転車って?」


「確か普通のママチャリだけど?」


「乗りなれた自転車が1番だけど山道を抜けるには変速機はいるな。

よし今日クラブ終わったら俺の昔使ってた自転車を持っていってやるよ。少し型は古いが充分乗れるぜ」


俺は佑樹の熱い心に打たれて涙が出そうになる。


「ありがとう佑樹...」


「よせやい、まだ何にも始まってないぞ」


頭を下げる俺に佑樹は優しく言ってくれる。

しばらく頭を上げられない俺だった。


その日の夜佑樹は自転車を持って来てくれた。

俺と兄貴は家の玄関で佑樹を待っていたのだが自転車を見て驚いた。佑樹のお古と言ってたが綺麗に磨かれたフレーム、チェーンも新品に代えられていてギアには錆1つ無い。

新品に近い素晴らしいコンディションの自転車だった。


「お兄さんこの自転車を使って下さい」


佑樹は自転車を兄貴に差し出した。


「良いの?」


「ええこの自転車を使って明日から毎日最低30分は乗って体を馴染ませて下さい」


「ありがとう川口君」


兄貴は佑樹に頭を下げる。俺も一緒に下げる。


「止めてくれ、今日は山添兄弟に頭を下げられっぱなしだな。

それとお兄さん俺の事は佑樹と呼んで下さい」


佑樹は照れながら鼻先を指で掻いた。


「ありがとう佑樹」


兄貴は少し照れた笑顔で佑樹を見ながら名前を呼んだ。


「う!さすがは浩二の兄さんだななかなか効くぜ。後、浩二...今は笑顔は止めてくれ気を失っちまう」


俺も兄貴に釣られて笑おうとするが止められてしまった。


「それじゃお兄さんまた日曜日の朝来ます。

浩二また明日な!」


佑樹の姿が見えなくなるまで兄貴と並んで見送る俺達だった。


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