大晦日です。前編
12月31日言わずと知れた大晦日。
朝から俺は年賀状を前に苦戦していた。
メールやラインの無かったこの時代は年賀状全盛期だった。
「後20枚か....」
10日前から書き始めた年賀状だがなかなか筆が進まず気がついたら今日になっていた。
元旦に着かなきゃ不味いので離れた場所に住んでいる知り合いや友人達は数日前までに書いてポストに投函し安心したのがいけなかった。
残り20枚は全て近所に住む友人達だった。
「手書きは辛いな...」
パソコンとプリンターがあれば適当に印刷してコメントを少し書くだけで済むのだが
生憎1983年にはそんな物は無い。
黄色い箱形のハガキ印刷機はあったが じいちゃんが『年賀ハガキは手書きじゃ!』の声で購入は諦めた。
(しかし150枚って中学生の年賀状にしては多すぎないか?)
俺は痛む手を振りながらぼやく。
小学校時代の友人から100枚に中学の友人から40枚最後に親戚に10枚って小学校時代の数が多すぎる!
(向こうが出すのを止めたら俺も止められるのだから1度『無理して出さなくていいよ』と書いてみるかな?)
そんな事をかんがえたりしたが、楽しみにしている奴もいるはずと思いとどまる。
由香は予め年賀状を早く購入して準備してるって言ってたな。計画性はさすが由香だ。
佑樹は最初に枚数を決めてそれ以上はキリがないから書かないって言ってたな。
それが赦されるのが佑樹なんだろう。
花谷さんは年賀状を書いてない相手から来た場合相手が近所なら年賀状をすぐ書いて相手の家に自転車で持って行くって言ってたな。
体力自慢な花谷さんらしい。
「少し休憩するか」
取り敢えず書けた年賀状を手に立ち上がる。
ポストに投函してから残りは書こう。
俺は着替えて外出する事を母に言う。
「少し出掛けるよ」
「すぐ帰るの?」
「うん。お昼ご飯食べたらすぐ帰ってくるよ」
「分かった、用事があっても夕方前には必ず帰って来なさい」
「了解。」
母とばあちゃんは朝からお節を作っている。
まだ宅配のお節を注文するなど考えられない時代だから母達の苦労は大変だった。
1983年の大晦日は店が殆ど閉まってして年末を強く感じる。
俺はポストに年賀状を投函して昼御飯を食べようと商店街に行ってみる。
やはり商店街の食堂も閉まっており俺は途方にくれる。
(駅前の牛丼屋さんかハンバーガー店に行くしかないか)
この2つは30年以上経ってもある全国チェーンだから問題なくやっているだろう。
(駅前の店舗は後5年以内に駅前の再開発に係って無くなるのだが)
俺は駅前に足を向けた。
「浩二君!」
後ろから声が掛かり俺は振り返る。
「由香?」
「良かった、今浩二君の家に行ったら出掛けたっておばさんから聞いて。まだこの辺りにいると思ったんで探してたの」
由香は汗を少し掻いて嬉しそうな顔をしていた。
「ありがとう。でも由香旅行に行ってたんじゃなかった?」
「今年は大晦日に帰るって言ったよ」
うん、忘れてた。例年の由香の家族旅行は正月2日ぐらいまでの長いものだから今年もそうだと思い込んでいた。
「ごめん忘れてた」
「やっぱり」
俺は素直に忘れてた事を謝る。由香に嘘や誤魔化しは厳禁だ。
「浩二君は今何をしていたの?」
「昼御飯を食べようとしていたんだけど店が閉まっているから駅前で何か食べようと思っていた所だよ」
俺の言葉に嬉しそうに由香は笑う。
「良かった!まだ食べてなかったんだ。」
「良かった?」
「うん。お土産で買った食材でお昼ご飯作ったの食べに来て貰おうと思って。」
グー
「あら今のはお腹の音?」
由香は素晴らしい事を言ってくれる。
腹ペコの俺の胃袋も歓喜の声をだす。
「ごめん」
「ふふ早く行こう」
手を引かれ由香の家に行く。
「ただいま」
「おじゃまします」
玄関の扉を開けるといい匂いがする。
期待が高まり益々腹ペコの虫が騒ぎ出す。
「いらっしゃい」
テーブルには由香のお母さんがいた。
「こんにちはお誘いありがとうございます」
「良いのよ浩二君はもう家の家族同然でしょ?」
由香のお母さんの言葉に顔が熱くなる。
由香も赤い顔で嬉しそうだ。
「おじさんは?」
「お父さんはお土産を知り合いに渡しに出掛けたよ。夕方に戻るって。
姉さんも友達にお土産を渡しに出掛けたわ。」
「そうなんだ」
由香の家も今日帰って来たばかりで大変なのに由香の家族に少し悪い気がする。
「そんなに恐縮した顔をしないで、さあ一杯食べてね」
由香のお母さんはテーブルに料理を運んで来た。
テーブルに置かれた料理は鰹の叩き他のお魚の刺身、少し変わったお寿司等がが大きな皿に盛られていた。
「高知の皿鉢料理って言うのよ」
「皿鉢料理ですか?」
(高知に行ってたのか)
前回の時間軸でも聞いた事しかなかった料理に俺は興味をそそられる。
「さあ召し上がれ」
「頂きます。」
親箸を使いまずは鰹の叩きに箸を伸ばして自分の取り皿に取る。
「はいこれを薬味にしてね」
由香が別の小皿に入った薬味を差し出す。
葱やニンニクの薄切りが入っている。
わさびは入ってないみたいだ。
俺は叩きの上にニンニクと葱を乗せる。
「そしてこれを掛けるのよ」
何か分からない小瓶を渡される。
「これは?」
「特製のポン酢だって」
「へえー。」
俺は特製ポン酢を叩きに掛けて早速頂く。
「うまい!」
「良かった!」
ニンニクに鰹の叩きにが合うのは前回で知っていたが今回の人生では初めて食べる。
俺はどんどん食べていく。
由香も一緒に食べる。
「美味しい!」
「由香は本場で食べたんでしょ。良かったね」
俺は美味しそうに食べる由香に聞く。
「うん。でも浩二君と食べるともっと美味しくなっちゃう!」
嬉しそうな笑顔で俺を見る。
「はいはいご馳走様」
由香のお母さんにからかわれてしまった。
ニンニクは美味しいが口臭が怖いので一口で止めてその他の薬味で食べていく。
(しかし酒に合いそうな料理だな。さすがは酒の好きが多い高知の料理だな)
俺は酒を飲みたい衝動を抑えるのが大変だった。
お腹一杯に料理を頂きすっかりお腹が落ち着いた。
「ご馳走様でした」
「喜んで貰えて良かったわ」
由香のお母さんも嬉しそうだ。
「浩二君この後予定は?」
由香が聞く。
「特に無いけど?」
「この後ゆっくりしてから年越し蕎麦を食べて一緒に年を越さない?」
「え?」
顔を真っ赤にした由香の言葉に驚く。
「大丈夫よ御家族の許可は取ってあるから。
本当は夕方お誘いに行く予定だったけど由香が早く浩二君に会いたいって言うから」
由香のお母さんはニコニコしながら言う。
「もうお母さん言わないでよ!」
恥ずかしそうな由香だった。