餅つき大会
年の瀬を迎え山添家の伝統、年末の餅搗きが今年も行われる。
正確にはじいちゃんが始めた伝統で山添家ではないのだが、じいちゃんが『引き継ぐなら名前なぞどうでもええ』と言ったから山添家伝統の餅つきなのだ。
単なる餅つきと侮るなかれ。
山添家の餅つきは2斗、つまり20升も搗くのだ。
家の前には臼が2つに杵6つ、その横には水の入ったバケツが6つ置かれていた。
「さあ今年もやるよ!」
珍しく気合いの入った表情のばあちゃん。
「そうね母さん」
これまた珍しくおばあちゃんを母さんと呼ぶ俺の母。
「浩二、一緒に餅米を運んでくれ!」
「はいよ!」
佑樹の声に俺は玄関へ走る。
前日から水に浸けた餅米はかなり重い。
2人で呼吸を合わせて1斗の餅米が入った綺麗なポリバケツを2つ運ぶ。
佑樹は小1から参加の貴重な戦力。
「おばさんコンロと蒸し器はここに置きますよ」
「ありがとう和歌ちゃん」
日本手拭いを姉さん被りした花谷さんも佑樹と一緒に参加のベテラン組だ。
「...凄い抜群のチームワークね」
片栗粉を手に固まって様子を見ているのは初参加の由香。
例年家族旅行に行くが今年は餅つきに参加したいと言う事で初の参加となった。
「有一君ガスのホースを渡すよ」
「ありがとう順ちゃん」
台所のガスの元栓から繋いだ延長ホースを玄関まで持ってきた順子姉さん。
そのホースを慣れた手つきでコンロの接続部分に繋いげて確認する兄貴。
これも毎年の光景。
「良いよ!」
兄貴の合図で順子姉さんはガスの元栓を開ける。
長いライターで予め火をコンロのバーナー部に近づけている。
やがて火が点くと兄貴はガス漏れがないかチェックして安全を確認する。
母がコンロに蒸し器をセットして細かいメッシュ生地に包まれた餅米を積み上げて行った。
「川口君、浩二最後に長テーブルを頼む」
父さんの声に家の奥から折り畳まれた長テーブルを素早く3つ組み立てて横に並べる。
「ほい、ほいっと」
花谷さんが組んだ長テーブルの上にアルミで出来たバット(大きな底の浅い四角の蓋の無い箱)
を並べて行く。
「由香、餅とり粉を」
「は、はい!」
手際よく作業するみんなに押されて呆然としていた由香だが花谷さんの声にハッとする。
1つずつ丁寧にバットの中に片栗粉を拡げ馴染ませた。
最初の餅米が蒸し上がる。
「さあ浩二始めるぜ!」
「おう!」
ばあちゃんが蒸し上がった餅米を臼に入れる。
杵を持った俺と佑樹はまず臼に入った餅米を杵で押し潰す。
大体押し潰すと俺は杵を水の張ったバケツに戻し、臼の前に杵を持った佑樹とバケツの傍に花谷さんが座り準備完了。
「行くぞ和歌!」
「いいわよ!」
「そりゃ!」
「はい!」
抜群の呼吸で餅を搗をいていく佑樹達。
「凄い...」
みるみる餅が出来ていく光景に由香は言葉を失っている。
あっという間に最初の1升分の餅がつき上がった。
「ほい、いっちょ上がり!」
つき上がった熱々の餅を花谷さんが手早くバットに置くと母さんとばあちゃん慣れた手つきで片栗粉を掛けて整形していく。
由香も慌てて餅を触った。
「熱っ!」
熱い餅に思わず声をあげた。
「大丈夫かい?」
「慣れないと熱いからね気を付けて」
母さんとばあちゃんに心配されている。
搗きたての餅は熱い、平気で持つ花谷さんは剣道で手が丈夫だからだ。
「大丈夫です」
由香も必死で手伝うけど、火傷しないでね。
じいちゃんは嬉しそうな顔でみんなの作業を見ていた。
『良かった...』
前回の時間軸では病気で伝統の餅つきは去年で最後だったのに今年も無事に出来た事を嬉しく思っていた。
「次は和歌だぞ」
「任せなさい!」
佑樹達は臼と杵の係りを交代する。
「由香花谷さんを見てなよ」
由香に声を掛けた。
「どうして?」
不思議そうに由香は花谷さんを見る。
「は!!」
気合いの入った花谷さんの声と同時に杵は餅米の入った臼に振り落とされた。
余りに速い杵のスピードに観ていた人達も息を呑む。
「す、凄いわ...」
竹刀の素振りの様に軽々と杵を扱う花谷さん。
その速い動きに合わせて餅を返す佑樹。
前回の時間軸の時にテレビで見た高速餅つきみたいに表面を触るだけじゃない本当の餅つきだ。
しかも餅米が飛び散らない、理想的な餅搗きに集まった近所の人達から歓声があがる。
「また、あの姉ちゃん速くなったな...」
「お姉ちゃん頑張れ~!」
子供達からも声が掛かる。
その声に花谷さんはにっこり笑いながら更にスピードが上がった。
「や!」
「ほい!」
花谷さんの高速餅搗きでたちまち餅が出来上がる。
「浩二も由香ちゃんと餅搗きやってみなよ」
兄貴が笑顔で言った。
臼と杵はもう1つあるが佑樹達のおかげで最近は余り出番がないのだ。
「由香やろうか」
「うん!」
俺達も準備をして早速始める。
由香も花谷さんを真似て姉さん被りをする。
可愛い。
「それ!」
「は、はい!」
慣れてないから上手く呼吸が合わない。
「大丈夫。由香に合わせて搗くから」
「う、うん」
俺達はゆっくり確実に餅を仕上げる。
「出来た!」
つき上がった餅を見て由香は嬉しそう。
「はい次は兄さんだよ。」
俺は杵を兄貴に渡す。
「よーし行くぞ順ちゃん」
「良いわよ」
兄貴と順子姉さんが始める。
「えい!」
「はい!」
小柄な兄貴と体を大きな順子姉さんの餅搗きに周りの人達から声が掛かる。
「有一君頑張れ!」
「お姉ちゃん上手く合わしてやれよ!」
途中で兄貴と順子姉さんは杵を交代する。
「行くよ有一君」
「いいよ!」
「えい!」
順子姉さんが杵を振るとその豊満な胸がブルンと一緒に揺れた!
「「「オオオー!!」」」
男達の歓声が上がる。
「ほほう...」
「おじいさん?」
「いや...ばあさん、すまんのう」
じいちゃんも珍しくばあちゃんに冷たい視線を浴びていた。
兄貴は順子姉さんの前でしゃがんでいたのでまともに胸の動きが見えてしまったようで顔が真っ赤になった。
数回搗くと、すぐに杵を俺と交代した。
「行くよ兄さん!」
「良いよ浩二!」
「えい!」
「はい!」
兄貴と餅つきをすると楽しい。
兄貴も楽しそうだ。
俺と兄貴は笑いながら餅搗きを楽しんだ。
「はい出来たよ」
兄貴が餅をバットに持っていく。
「おや?」
辺りが静かだ。
由香や順子姉さんと周りの人達も顔を真っ赤にして唖然としていた。
「...じ、順子さん毎年こうなんですか?」
「...え、ええでも今年はいつも以上ね、由香ちゃんがいるからかしら...」
何か言ってるけど気にしないでおこう。
その後も佑樹と花谷さんの大活躍もあって餅搗きは無事に終わった。
その後はみんなで後片付け。
(佑樹と花谷さんはつきたての餅を食べながら)
兄貴と順子姉さんはそのまま兄貴の部屋で勉強を始め、佑樹と花谷さんはお土産にたくさんのお餅を持って帰った。
「ありがとう由香」
「こちらこそありがとう」
お土産にお餅を袋に入れ、由香を家まで送る為に一緒に歩く。
「楽しかった、さすがは山添家の伝統ね」
「結構大変だけどね」
「ううん、私達も山添家の伝統守ろうね」
「え?」
「ふふ、そう言う事よ」
由香は楽しそうに笑った。
(来年も良い年になりそうだ)
そう思った。