思い出の味
翌週の日曜日俺達は川井さんの家に集まった。
「さあそれじゃ川井純子の料理教室を始めます」
パチパチと俺達は拍手をする。
「お母さんカッコつけすぎ」
「瑠璃子、形から入るものなのよ」
「私には言わないくせに!」
「まあまあおばさんも瑠璃子も落ち着いて、みんな準備は良いかな?」
孝の仕切りで再度始まる。
「はい!」
「OKです」
「言いよ」
「バッチリよ」
俺達は2つの鍋の前に並んで立っている。
1つの鍋に俺と由香。そしてもう1つには花谷さんと祐一が立っている。
鍋にはあらかじめ昆布が水に浸かっていた。
「楽しみだな、どんな味だろ?」
佑樹は椅子に座りテーブルに肘を着いて待っている。
「はい、佑樹」
孝が何かを置く。
「なんだこれ?」
「鰹節だよ」
「それは分かるけどこの木の箱は?」
「削り器だよ」
「削るとこからかよ?」
佑樹は驚く、俺も同じ気持ちだ。
(随分本格的だな)
「あら佑樹削りたての鰹節は美味しいわよ?」
「そうね、炊きたてのご飯もあるから残りの鰹節に醤油を垂らして食べる?格別よ」
佑樹のやる気を起こさせる言葉が続く。
「さあ削るか!任せとけ!」
「僕も削るよ」
孝も自分の前に佑樹と同じような物を置く。
俺は孝に聞いてみた。
「孝それは?鰹節とは違うみたいだけど」
「鯖節だよ」
「鯖も入るんですか?」
由香も驚いたようだ。
「そうよ本当は煮干しも入れたりするけど加減を間違えたらエグミが出るから今日は簡単にね」
川井さんの当然と言った言葉だ。
「これで簡単?」
「本当、てっきり顆粒のおだし使うかと思った」
由香と花谷さんも困惑ぎみだ。
「顆粒のおだしでも出来るけどやっぱり本当のうどんの出汁を作って欲しいね」
「頑張るぞ!」
川井さんのお母さん言葉に佑樹の気合いの言葉が続く。
「佑樹は早く削る!」
「はい」
花谷さんの叱咤に佑樹は一生懸命に削り続ける。
「おばさんこれで良いですか?」
佑樹の自信に満ちた声。
「あらもう1本削っちゃたの?凄いわね」
「おばさん僕も終わりました」
佑樹に続いて孝も鯖節を削り終える。
「ありがとう、それじゃ削り節を分けるわね」
川井さんのお母さんは鍋の前置いたトレーに必要分を計って置いていく。
「はい佑樹君余り分ね」
「はいご飯」
川井さん母娘から余った削り節と熱々ご飯が手渡される。
いつのまにか醤油まて置いてある、
「いただきます」
たまらずご飯を掻き込む佑樹。
「ウッマーたまんねえや!」
「佑樹私の分も残して置きなさいよ!」
我慢しきれず花谷さんが佑樹に釘をさす。
「分かってるよ。早くうどんの出汁を飲みてえや」
そんな2人のやり取りを見てる間に鍋が沸騰してきた。
「はい昆布を取り出して」
ここから削り節を入れ。濾したり、みりんや薄口醤油を入れる、タイミングや火加減を川井さんのお母さんに教わる。
その間に川井さんはうどんを湯がいてくれた。
「さあ出来たわよ。熱いうちに食べましょ」
「「「「いただきます!」」」」
俺達の前には出来立てのうどんが並んでいる。
川井さんのお母さんの合図で一斉に食べ始める。
「美味しい!」
「美味しいわね!」
「美味しいね!」
みんな歓喜の声が上がる。
俺は美味しくて懐かしい味に言葉が出ない。
(最後に関西風のうどんを食べたのはいつだろう?)
(食べに行ったのかな?)
(嫁に作って貰ったのかな?)
自分では作り方を知らなかったからどちらかだろう。
久し振りに昔を思い出してしまった。
「...じ君、..浩二君」
気がつくと由香が不安そうな顔で俺を見ている。
何度か呼び掛けたみたいだ。
「大丈夫?」
「お口に合わなかったかしら?」
みんな口々に不安な顔をする。
「違うよあんまり美味しかったからボーとしただけだから」
俺はみんなの不安を打ち消すようにニッコリ笑った。
「そ、そ、それは良かったわ、おばさんも嬉しい!」
川井さんのお母さんは真っ赤な顔で喜んでくれた。
その後みんな出来立てのうどん出汁でお腹一杯うどんを堪能した。
祐一は俺にうどんをフーフーしてきたり。
(なぜか由香は怒らない。なんで?)
佑樹と花谷さんはうどん玉4つお代わりして更にご飯までお代わりして川井さん母娘と孝達を驚かせ(呆れさせた)
そして帰る時間となった。
「今日はありがとうございました」
「いえいえ喜んでもらえておばさん嬉しいわ」
まだ少し顔が赤い川井さんのお母さん。
「お土産まですみませんでした」
俺の手には削り節が握られている。
「今日の余り物だけど沢山出汁が出来るわよ。お兄さんにあげてね」
川井さんも元気なお母さんに嬉しそうだ。
「それじゃ失礼します」
俺達は電車に乗り途中で祐一と分れて電車を降りて駅を出る。
駅から家までの帰り道の途中で佑樹と花谷さんと分かれて由香と2人きりになる。
「...ねえ」
しばらく歩いていると由香が俺を呼ぶ。
「何?」
「さっき川井さんの家でうどんを食べた時に浩二君は何を考えていたの?」
由香が心配そうに聞く。
由香は全て分かってしまうのだろう。
だから俺は全てを正直に話す。
「...懐かしい味だったからさ」
「未来で食べたの?」
俺は静かに頷く。
「そっか....」
しばらく無言で見つめあう。やがて由香は口を開く。
「...いつ誰と浩二君が食べたかは聞きません。
でも浩二君は私と食べた今日の味を決して忘れないで下さい。
そしてこれからは私が作る味を思い出にして下さい」
そう言うと由香は俺に頭を下げた。
顔を上げた由香は涙を少し浮かべていた。
「由香...」
俺は堪らす由香を抱き締めた。
「浩二君...」
しばらく2人で抱き合った11月の夜でした。