ある夏休み 明信と杏子編
ある夏休み
今日は薬師明信と白石杏子の1日を見てみよう。
「珍しいな杏子からお誘いなんて」
「そうかしら?」
平日の昼下がり2人はいつもの喫茶店で落ち合った。
「今日はどうしたんだ?」
「うん、ちょっとね」
明信の問いに珍しくはぐらかす。
いつもの杏子なら『何かないといけないの?』
と返すところである。
「なあ杏子、何かあっただろろ?」
いきなり明信の問いに驚く。
「どうしてそう思うの?」
動揺を隠して杏子は聞いた。
「何年お前を見てきたと思ってんだ?
俺は全てお見通しだぜ」
いつになく真剣な眼差し、杏子は不覚にも少しドキッとする。
「その言い方まるで明信の彼女みたいね」
頬が赤い、少し照れが出たらしい。
「どうしたの?いつもなら一気に捲し立てるように喋るのに今日は無言ね」
黙って杏子を見る明信に少し不安になる。
「弱っている杏子を口説く程俺は卑怯じゃないぞ」
「そう、ありがとう」
「どういたしまして」
にっこり笑う明信につられて杏子も少し笑う。
「...ねえ薬師君」
「なんだ珍しく苗字呼びか?」
「たまにはね、最近ちょっと色々あって気が滅入っていたの」
「そうなのか、で解決したのか?」
「うん。浩二達のおかげでね」
「浩二達?」
少し気になる様子の素振りだ。
「気を悪くしたらごめんなさい」
「いや構わないよ、俺が出たらややこしくなっていたんだろう?」
ちょっと強がる明信。それが手に取るように分かる杏子だった。
「もしよ?」
「ん?」
「もし私が今の中学に行ってなかったら薬師君も私と同じ中学に行ってたのかな?」
呟くように話す。
「だろうな。でも過去には戻れない。
それに俺は今の学校には仲間がいる。
少しバカな所もある奴等だけど、今の人生を選択したから出会えた奴等だ。
杏子だって今の中学に行く事で出会えた仲間や見えて来た目標があるだろ?」
とにかくいつもと違う明信だった。杏子は少し違和感を感じる。
「ねえ、浩二から何か私の事聞いたでしょ?」
ズバッと聞かれ明らかに動揺する。
彼も浩二くらい嘘が下手な男だった。誤魔かしても無駄と悟る。
「少しだけな」
「やっぱり」
「でも詳しくは聞いてないぞ」
「そうなの?」
明信の返答は意外だった。
「ああ、俺が聞いたのは『杏子から電話があればお前が支えてやれ』ってそれだけだ」
明信の答えを聞きながら嘘をついてないかじっと表情を窺う。嘘をついてる様子はない。杏子はフッと笑った。
「ありがとう、薬師君に助けられたわ」
「そうか?俺の力かな?俺はまた浩二達に助けられただけかも知れないぞ」
明信は自嘲気味に話した。
「そんな事ない、今の私を助けたのは間違いなく薬師君よ」
「そりゃ光栄だな」
いつものように砕けて話す明信。
そこに注文した飲み物が運ばれて来た。
飲み物はクリームソーダだ。
注文の時に気付かなかった杏子だった。
「あれ今日はホットコーヒーは飲まないの?」
「背伸びをするのは止めたんだ。それに今熱い飲み物は怖い」
「怖い?」
「そうだ浩二に騙されて大変な目にあった」
「なんで?」
「言いたくない。それだけ大変な目にあったんだ」
こんにゃくの話など出来る訳がない。そう思う明信だった。
「ふーん、でも浩二ってたまに悪ふざけするよね」
敢えて聞かない杏子、明信の様子から碌でもないと事だろうと分かったからだが。
「全くだ、だから俺も今回は浩二を騙してやった」
「騙す?」
「ああ、玉子の数を8個と嘘を教えてやった」
「玉子?」
杏子は意味が分からず首を傾げる。
「詳しくは...あれだが最近俺達はバルボアごっこで盛り上がってな」
「バルボアごっこ?」
「そうだ、あいつはバルボアに憧れててな」
ますます意味の分からない話をする。
「俺の事をミッキーって言いやがるんだ。
俺はアポロの方がいいのに」
更に不満そうに明信は続けた。
「まあよく分からないけどあんた達は楽しくやってるみたいね」
「そうか?」
明るい表情の杏子を見て明信は嬉しそうに笑った。
その後も楽しく会話を楽しむ2人だった。
その頃の山添家。
「薬師め、騙したな!8個じゃなくて5個じゃないか!」
レンタルビデオで確認し明信に騙された事に気づく浩二だった。